083.イカスミパスタのVRショッピング
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「ちょいと行列に並んでるお客さんをよーく観察してみるでやんす。とくに視線をね」
「うん、視線……ですか?」
ザラメは言われるがまま目を凝らしてじっと行列を見つめ、自分で考えはじめる。
その観察の視界に、ばっちり行列を整理する黒騎士もとい深緑の新入りがいるわけで、はたからみると面白いことに露骨に「ぬっ!」とうろたえて黒騎士は他人のフリをした。
ひやひやとバレやしないか焦っているのがあなたの視点からは察せられる。
「んー、視線……。あれ、もしかして」
「ぎくっ」
言葉に出してぎくっ、と言ってしまった黒騎士。ベタだ。
そしてザラメは自ら見つけた大発見に大声をあげた。
「みんな情報端末を持ってない!? なんで!?」
――行列に並んでうつむいて情報ツールをいじる。
情報化社会ではごく当然のように見受けられる“暇つぶし”の手段を、異世界ファンタジーを舞台とするVRMMO世界のドラマギの一般市民は持ち合わせていないのだ。
行列客の視線は絶えず、どこかに何かないものかと朝市の商いに目を向けていたり、あるいは前後に並んでいるだれかと気軽に会話しているのだ。
「え? は? うそ? 偶然ただ行列に並んだ客同士でなかよく会話してる……? そんなことして気持ち悪くないんですか? 見知らぬ他人ですよ……?」
「そこにそんだけ驚くとは逆においらびっくりでやんすよ」
「ああ、でもほら、セフィーさんはちゃんと黙って誰とも喋らず並んでます!」
「それは単にコミュしょ……貞淑なだけでやんす」
ザラメはとにかく大げさに驚いていた。
無理もない。昨今、そもそも行列問題は電子整理券や予約管理、抽選販売などで解消されつつあるわけで、一列に並んで長時間待機させつづけるという無駄は省かれつつある。
もし待ち時間があれば情報端末をチェックするのが基本も基本、例えばこうして観測者としてザラメ達を眺めているあなたも、通勤の移動時間や行列、待合室などで合間時間を埋めているかもしれないわけだ。
――ところがこのVR異世界に、高度に発達したインターネットはない。
プレイヤーであっても、小妖精はすぐそばに浮遊しているのであって、小さな画面越しにネットの情報を調べたり、動画や音楽、ゲームを遊ぶことはできない。
「これが……異世界」
「いや昔はこれが普通だったらしいでやんすよ?」
「そりゃ江戸時代や幕末とかはそうでしょうけど」
「にゃははは、そりゃー大昔すぎでやんす! ザラメお嬢は面白いでやんすね」
「ぐぬぬぬぬ!」
「ともあれ、見てておくんなせえ! 幸運ってのはつまりこういうことでやんす」
烏賊墨蓮太は商品見本を手にすると行列のそばに近づいてゆき、ニマニマと笑って狙い所を見極めると、行列の後方で退屈そうに雑談する主婦達のNPCに目をつけた。
「おやお嬢さん! せっかくの綺麗なお召し物にほつれがあるでやんす! よければひとつ、こちらの魔法の糸をお試しあれ。よければ針もお貸しいたしやすよ」
「あらホント。それじゃあひとつお言葉に甘えて」
烏賊墨蓮太の口上はまさに立て板に水といった調子だが、ザラメはまず見知らぬ御婦人にいきなり話しかけることに「うわぁ……」と軽く引いている様子だった。今どきの小学生だとそもそも見知らぬ相手とは会話しないのが基本だから仕方がないか。
さらにザラメは「え、自分でお裁縫するんです? 外で?」とまた驚く。どうやら自分でちくちく衣服を手縫いで補修するのが信じられないことらしい。
「あらまぁ! なんて素敵な糸なのかしら! とても丈夫で細くてやわらかいわ」
「どうですお嬢さん! 作ったのは帝都一の天才錬金術師シロップ・トリスマギストス、その妹君のこれまた天才ザラメ・トリスマギストス嬢でやんす! 出来をお疑いならひとつそちらのお嬢さん、お手持ちの護身用ナイフでこの糸を断ち切ってみるでやんす。するとほいほい! この通り! でもハサミを使えばスパスパ切れて便利も便利!」
わっと歓声を上げ、手品ショーのように烏賊墨蓮太は魔法の糸を実演販売する。
その話術や身振り手振りは、本人の才覚もあるがじつは商人の技能lvによる補正も大きく、それだけNPC相手への説得力はゲームシステム的に補強されている。
そして何より、明確に【品質;★★★★☆】以上の魔法の糸が数種類たくさんあるというのはアイテムそのものに高い魅力があり、安物を騙し売りするのとは訳が違った。
「でもお高いんでしょう?」
値段。
これが最大の問題だ。NPCの財力には限度がある。良いものなら高くても売れる、というのはそれぞれの懐事情によるわけで、ここがもっとも難しい。
烏賊墨蓮太はちらっとザラメに目配せして、自分にまかせてくれるかと問いかける。
ザラメは実演販売にあっけにとられるも、それに気づいて「ヨシ!」と現場に任せた。
すると烏賊墨蓮太はこう宣伝した。
「ほいほい! お値段はたったの600DMでやりんす! ただし、数に限りがあるので、今回はお一人様2品とさせていただくこと、ご容赦あれ」
素材原価150DMの魔法糸を600DMで売るのは、はたして適正価格なのか。
そして約1800個もの在庫がある魔法糸を、ひとりたった2個しか売らないとは。
観測者であるあなたは、蓮太の販売戦略がどう響くのか、先が気になってしまう。
ザラメが二時間かけて作るさまを、あなたはちゃんと知っているのだから――。
「たった2個!? もちろん買うわ!」
「ほい! まいどありでやんす!」
最初の購入者は当然のように、ほつれを直して実演に付き合ったご婦人だった。
するとすぐに「お兄さん、こっちも! 買うよ買う買う!」と挙手がひとつ、ふたつ、みっつと挙がる。そこからはひっきりなしに「買い」の声がつづいた。
魔法の糸の在庫は1800個あるはずだ。
別に焦らずとも――と思えるが、すぐにあなたはカンタンなからくりに気づく。
烏賊墨蓮太は“在庫は1800個ある”ということを伏せて“数に限りがある”と言ってのけ、そして手売りしに行列に近づいた時には200個分だけを所持していた。
つまり見かけ上は“在庫は200個しかない高級品が、お一人様2点”ということになる。
価格設定はおそらく「標準品より高いが、これならお買い得」というラインらしく、誰も彼もが挙手するわけではない点は、それなりにためらい、悩むくらいの高価格のようだ。
それでも“買わない方が損なのでは?”と焦れば、飛ぶように売れるのも納得だ。
「わ! わ! わぁ……!」
ザラメが白狐のしっぽをパタパタさせ、目をしいたけ、もとい星型に輝かせて興奮する。
魔法の糸200個を600DMで完売させれば12万DMの売上になる。仮に烏賊墨蓮太に2万DMほど渡しても、なお10万DMという大金が得られる計算だ。
それより何より、自分の手作りした商品がポンポンとよろこんで買われていくのは作った甲斐があったというものだろう。
「見ましたユキチくん!? 今あのお母さんお子さんづれだから家族で10個と! あ、お家に夫とおばあちゃんとおじいちゃんがいるから16個とか言ってる!? 不在者も購入数にカウントしていいんだ……」
「NPCにも図太いおばちゃんっているんだねぇ……」
「あはははは! あっはっははははっ! 勝った! これは勝ちましたよユキチくん!」
「……でも200個限定を売り切ったら、残り1600個の在庫どうするのかな」
「うぐ、誠実な商売をしたいのでウソをつく形になるのはちょっと……」
出店ブースそのものは閑古鳥が鳴いたまま、行列で蓮太が積極的に売るのをながめているザラメとユキチには根本的に商魂というか気迫に欠けるものがある。
観測者のあなたの目からみても、とくに引っ込み思案でなんでも消極・慎重派なユキチはもはやカカシも同然であるし、ザラメは見知らぬ人に声をかけられない。
セフィーもコミュ障ぼっち属性と考えた場合、この三人で店を切り盛りするのは絶望的だったことが今にしてよくわかる。
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