082.ライバル店は黒騎士さん!?
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観測者であるあなたの想定通り、やはり純黒の重騎士はこっそり朝市に潜んでいた。
黒騎士は観測状態を非公開にして、ドワーフ夫妻ともども物陰に隠れてずっとザラメたちの店支度を見守っている。
観測が非公開ということは本来その姿を見つけられる道理はないが、観測者のコントロールできる小妖精は、観測対象から一定範囲内であれば、自由に移動できる。
よって目星をつけ、じっくりと探せば、いつでもザラメの救援に駆けつけられる状態で待機している黒騎士を見つけることはカンタンなかくれんぼみたいなものだった。
第二帝都パインフラッドの朝市は、神殿の門前の大通りに定期的に特設される。大通りを監視するのに最適なのは、すぐ近くの建物の屋根上だと黒騎士は考えたようだ。
シオリンを収納した黒塗りの大型楽器ケースを黒騎士は背負っている。
体格のちいさなシオリンの死体であれば、大型の楽器ケースに収まるようだ。
「……秘密にしてくれ。頼む」
『 』
「どんくさぎつねめ、どれだけ俺を心配させれば気が済むんだ? 野外でフルメンバーの定型クエストをこなすより大勢の集まるこのイベントの方が危険だというのに」
『 』
「……いや、わかっている。危険だからといって何もさせないのは本末転倒だ。せめて修行イベント中のネモフィラ達が合流するまで待つ。……あいつが仲間を六人だと偽装するだなんて、七面倒くさい作戦を言い出さなきゃ……いや、いい」
ザラメは隠し札として黒騎士達のことを思いつき、シロップ・トリスマギストスにいざという時に対処する――という作戦をノリと勢いではじめてしまった。
地下通路作りと矛盾しないために同意したが、おかげでザラメのそばから離れざるをえなくなってしまったことは残念がっていた。
そのかたわらにはエビテン奥さんとドンカッツの旦那さんが控えている。
「黒騎士さんたら、めずらしい鉱石よりもザラメちゃんの安否を気にしてるのよ」
「からかってやるなよオマエ。わしだってあの誘拐事件の後じゃあ目が離せんわい」
「けれど、可愛い子には旅をさせよ、というものねぇ」
夫妻はさりげなく[lv4]→[lv5]に成長して、おまけに装備も補強されている。
ドンカッツとエビテンは黒騎士の余剰装備を貰い受け、ステータスも見直されており、ゲームに不慣れな初心者らしい装備や育成のミスがほとんどなくなっている。
黒騎士のおかげもあるし、あなたがザラメにそうしたように観測者の立場から適切なアドバイスをしてもらったのだろう。
ユキチ隊の優秀な面々に比べるとまだまだ心許ないが、単なる観光客のおじさんおばさんでは終わらないよう努力しているようだ。
「黒騎士の兄さんや、わしらはちぃと別行動してええかの。朝市のこの賑わいぶりを見ると料理の腕を試してみたくなってのう」
「あら面白そうじゃない! 何なら黒騎士さん、こんな屋根の上じゃなくてすぐ近くにお店を出してしまえば堂々と見張れるんじゃないかしら? うふふふふ」
「そーじゃそーじゃ! それがええ!」
「な……っ!」
『 』
「……確かに、ドラマギは仕様上、同じ経験の反復より未知の体験を評価する。望み薄だが、俺のレベルアップ要因にもなりうるというのは否定しがたいか……仕方ない」
黒騎士はあなたの説得に渋々と折れて、準備する。
ディスプレイネームやステータスを非表示に再設定して、いつもの金属鎧を1ランク下がるAランクの予備品にしてパーソナルカラーの着彩を黒から深緑にする。
あっという間に緑色の量産品装備の顔が見えないモブ兵士の出来上がりだ。
「おお、こりゃ地味だのう」
「ええそうねぇ。もっと赤くして立派な角でもつけたら格好いいんじゃないかしら」
「おい目立たせてどうする!!」
そんなこんなで急遽開店、深緑色のドワーフ料理屋さん。
エビテンが手際よく変装を施してバレないよう偽装し、ドンカッツがいつも持ち歩いている調理器具と食材を活用してあっという間に朝市の風景に溶け込んでしまった。
おそるべきことに異様に場馴れしていて開店準備の間はむしろ黒騎士が出遅れていた。
「ぬ。あとはなにをすればいいんだ……?」
「木箱を椅子にして並べとくれ。ザラメちゃんの見守りを忘れんようにの」
「これくらい朝飯前だからわたしらにおまかせよ黒騎士ちゃん」
「おい名前」
「あらま、ごめんなさいね! みど騎士ちゃんでいいかしら!」
「いや名前」
「バカヤローそれじゃまんまだろう! 新入りとでも呼べばええんじゃよ!」
「……な!?」
「じゃあ新入りちゃん、今朝はよろしくね」
「……七面倒くさすぎる」
純黒の重騎士あらためみど騎士あらため新入りは鉄仮面の奥でどんな表情をしたことか。
とかく、こうして開店した屋台料理屋さんは早くも賑わいを見せていた。
技能:職工師。
これは多岐にわたる“職人”を統合した四大生産職の一番代表となるものだ。
異世界ファンタジーの定番では鍛冶職人であったり、今まさにドンカッツがこなしている料理人もこの技能によって演じることができる。
【職工師】はできることが幅広く、主に器用のステータスが高いほど有利になる為、ドワーフの職工師という組み合わせは定番中の定番となっている。
ドンカッツはまさにこの「戦士lv5,職工師lv5」という鉄板チョイスで他の技能は切り捨てている為、わかりやすくドワーフらしい。シンプルな構築は初心者におすすめだ。
「さぁさぁいらっしゃい! おいしいエビフライピタサンドはいかが?」
一方のエビテン奥さんは「神官lv5.商人lv3,その他」でまだ方向性を決めかねているが、いわゆるサブ商人で職工師の夫を支えるシナジーを狙っている。
――早い話、黒騎士はいてもいなくても店は切り盛りできるわけだ。
サクサク衣の揚げたてエビフライに新鮮野菜とオーロラソースをふんわり食感のピタパンに挟んだエビフライピタサンドを筆頭に、安くてうまくて手軽な屋台料理を提供する。
観測者であるあなたには残念ながら香ばしい匂いや立ち上るほかほかの水蒸気の熱さまでは感じられないが、それでも経験則からこれでまずい訳がないと確信できた。
きっと口の中でサクッとした歯ごたえのあとに、エビのぷりっとした弾力のある食感と甘みを、トマトとオーロラソースの酸味が引き立てて、ともすれば油のきつい揚げ物をうまく葉物野菜が爽やかに調和してくれていることだろう。
……いけない、これは目の毒だ。
「はあい押さない押さない! 並んでお待ちくださいねー」
そのようなわけで早くも開店早々にドワーフ夫妻の屋台料理屋は大賑わい。
――しかし忘れてはいけない。
本題は、ザラメの出店を監視するということにあると。
そして正式な朝市の開始時刻になり、ザラメと烏賊墨蓮太のアイテム屋は――。
閑古鳥が鳴いていた。
見るも無惨なほどに、何十人と行列のできたピタサンド屋とは雲泥の差だ。
「なんですあのはた迷惑な屋台は……! ふかーっ! ふかーっ!」
ザラメがこっちを恨めしげににらんでいる。
黒騎士こと新入りは「……知るか」とぼそっとつぶやき、知らんぷりをする。
大繁盛を夢描いていたザラメはくやしげに地団駄を踏んでいる始末だ。
「ぐぬぬぬぬ! くやしい、くやしいです! NPCの庶民はまだしも冒険者のプレイヤーまで吸い込まれていってるじゃないですか!!」
「おおお、落ち着いてザラメちゃん!」となだめるユキチ。
「……買ってこようか? 食べたいんだろう、ザラメも」と言い出すセフィー。
「敵情視察を許可します! おねがいしますセフィーさん!」
客足が皆無のザラメはあっさり誘惑に負けて、セフィーにおつかいを頼んでしまった。
このてんで売れない有り様に、しかし雇われ商人――烏賊墨蓮太はニヤついていた。
「こいつはツイてやすねぇ、ザラメお嬢」
黒パーカーにギザ歯の怪しげな少年といういでたちの蓮太がにやけ笑いするさまは、さながら不思議の国のアリスに登場するチェシャ猫を彷彿とさせた。
どこか、他人と異なることを考えている――。そういう得体の知れなさがある。
そうした烏賊墨蓮太の底知れなさをよくわかっていないのか、ザラメは「いやどこがですか!?」とまるっきりこどもっぽいツッコミを返す。
ザラメにはまだ、すぐ近くの飲食店が行列を作っている利点がわからないようだ。
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