008.死者蘇生の秘法をさがして
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現実世界での動向について、ザラメがわかったこと。
簡潔にいえば、未曾有の電脳災害に対してまるで社会行政の対処は追いついておらず、混乱の渦中にあるということ。
往年の大災害を彷彿とさせる混乱ぶりといえる。
しかしながら大半の一般人にとってはいつもと変わらない日常が続いてもいるらしい。
被災者――未帰還者は推定一万二千人以上とのこと。
被災者は国民人口全体に対してざっくり約10000人に1人の割合となる、らしい。
よって、被災当事者や関係者にとっては一大事でありつつ、ニュースで見かける他人事でしかない部外者の方が大勢ということになる。
スーパーもコンビニも平常運転ながら行政機関や医療、またネット上を主軸にする各企業サービスは対応に奔走しているといった次第だ。
「……じゃあ、家族とのやりとりはできないんですね」
▽「らしいね。観測者のルールに規定がある。観測者と冒険者のやりとりは監視・検閲されているようだ。被災者家族が観測者に協力してもらって連絡を試みたところ警告の後、続行したらアカウントが削除されたらしい」
ザラメは朝食の片付け作業をしつつ、状況把握に徹していた。
観測者のもたらす外界の情報はとても気になるものばかり。
いわゆる無人島漂流のような状況下では外部との連絡手段は断たれるわけで、それを思えば、すぐに救助されないとしても情報源があることはとてもありがたいことだ。
「強制ログアウトされたプレイヤーは無事、でしたよね。じゃあ当然、澪さんと士郎くんも無事……ですよね」
▽「あたしの友達もプレイ中に弾き出されちゃったらしくて。赤黒いバグみたいな気持ち悪いのに襲われて強制ログアウトさせられたから不安になって医者に観てもらったけど、なんともなかったんだって」
▽「配信者がバグに襲われた動画めっちゃ再生数ある」
▽「ガチ怖い」
▽「大丈夫? 思い出して気分悪くなったりしてない?」
「いえ、つづけてください」
▽「つらい時はいつでも言ってね」
▽「そのミオさんとシローくんは無事のはずだよ。そこは安心して」
「……はい」
ザラメは淡々と調理器具と余った食料アイテムをランドセルに格納する。
携行所持アイテムボックスは便利なことに可能な範囲でアイテムを保全管理してくれる。
フルーツは冷蔵庫で適温管理された状態に等しく、ラップがけせずとも食べかけの料理がひっくりかえって台無しになることもない。
【旅荷の過保護】
というもので設定上は冒険者にのみ与えられる神々なり精霊なりの加護だ。
他にもいくつか【◯◯の過保護】という名称の、ゲーム上都合のよいものを設定に落とし込んでいる要素がある。
【旅荷の過保護】によって守られたアイテムの数々は錬金術師ザラメの生命線でもある。
セキュリティ機能もあり、原則的には本人にのみアイテムの管理権限がある。
よって、盗まれる心配は皆無になるが、ザラメは何一つとして死亡したシオリンの格納されたアイテムに触れることもできないのがこの状況下では少々よろしくない。
ミオとシローも消失時にアイテムを落とさなかった為、パーティで分散して所有していた共有物についてはいくらかあきらめるしかないだろう。
四人用テントがその代表例だ。
もしザラメにフラスコの中で眠るという特異な種族性質がなければ、テントなしには安眠できないペナルティが生じて体調不良を起こしていたかもしれない。
とかく、所持アイテムはとても少なく。心許ない状態だ。
「……あの」
ザラメは手の震えを抑えつつ、必要なことを聞く。
その返答次第では、さらなる絶望が待っているとしても、それをいとわぬ覚悟をして。
「“死者を生き返らせる方法”はあるのでしょうか?」
▽「死者を……」
▽「ごめん、わからないな」
明確な返事はすぐには得られず、戸惑いの言葉が観測者たちから返ってくる。
しかし観測者の一人がこう返答した。
▽「ある」
小妖精の、ささやくように聴こえる妖精契約語はどんな語調かまではわからない。
自動音声読み上げソフトのような言葉遣いで。
とある観測者は告げる。
▽「死者蘇生の方法はある」
ザラメは震えた。
心が震えた。
(詩織を……助けられる!)
ただ闇雲に生き残ることを考えねばとどうにか耐えるだけの被災生活に、たったひとつ、暗雲を切り裂くように光明が差したのだ。
しかし恐ろしくもあった。
もし、それが何の根拠もない、その場しのぎの気休めの言葉だったらどうしようか。
観測者はあくまで無作為に選ばれた縁もゆかりも無い一般人にすぎない。
ちゃんと冷静に、希望の光にすがりつく前に一歩引いて判断するべきだろう。
「おしえて!!」
それを理性でわかったとて、ザラメは己の感情はもう止められなかった。
「絶対に、シオリンのことをあきらめない! 絶対に、ふたりで帰るんです! どんなに危険でも! わたしまで死んじゃうかもしれなくても! ふたりいっしょじゃなきゃイヤなんです! だからおねがいしますっ!!」
感情を爆発させた。
ザラメは必死に訴えて、目端に涙を浮かべてシオリンの亡骸を見つめた。
滲む視界。
滲む死体。
大切な親友を蘇らせたいと心から願っても。
この天才錬金術師ザラメ・トリスマギストスという仮想世界での自分は、願えば叶うような特別な魔法なんて持ち合わせていないのだから。
それがこの竜と魔法の世界に隠されているのならば、自ら見つけるしかないのだ。
▽「いいかい、すこし、落ち着いて。大事な話をするからね」
「はい、はい……」
▽「死者蘇生の方法はね、結論としては“いくらでもある”んだ」
「……え?」
▽「この『Draco Magia Online』は剣と魔法のファンタジーだ。異変前も異変後もそこは同じ。生と死の法則も現実と同じのはずがない。現実世界で死んでさえいなければ、仮想世界で生き返ることはできるはずだ」
▽「……あ、そっか、死んでるのはゲームの中だけだもんな」
▽「今もニュースやってるけど“未帰還者”の中に“死者”は現時点でいないんだって」
▽「君の親友はまだ生きている。現実ではね」
▽「じゃあ早いとこ死者蘇生の手段ってのを教えてやれよ!」
▽「そうそう!」
▽「すまない。僕にわかるのは“方法はある”ということだけなんだ。彼女の死亡状態は、ゲーム仕様に本来あるものじゃない。異変の以前は、そもそもこのゲームに深刻な死亡状態なんてなかった。HPがゼロになっても“戦闘不能”になるだけで“死亡”には至らないという仕様だったんだ」
▽「じゃあ、死者蘇生の方法なんてまだ誰も知らないってことか……!?」
▽「なにそれ、絶望的じゃん! 本当にあるって確証がどこにあるの?」
観測者らの言葉を、ザラメは一生懸命に理解しようとした。
シオリン・タビノは死んでいる。
白姫宮 詩織は生きている。
シンプルな話だ。
目覚めても悪夢は終わっていなかった。
けれど、まだこれは悪夢でしかない。現実であって現実ではないのだ。
「……信じます。確証なんて不要です。もし本当に存在しなくたって、それでもいいよ」
ザラメは決意した。
観測者らは一時黙して、少女の決断と旅立ちを静かに見守ってくれた。
――朝日が昇る。
ザラメの被災生活二日目のはじまり。
あるいは、死者蘇生の魔法探しの旅の一日目のはじまりだ。
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観測中 ドラコマギアオンライン序章はここまで。
親友シオリンを蘇らせるため、ザラメは一縷の望みを胸に大冒険を決意するのでした。
タイムリミットは二週間後!
はたして無事に死者蘇生の秘法をみつけられるのでしょうか?
乞うご期待!
なお、第一部は15万文字から20万文字ほどの時点での締めくくりを予定しております。