075.弓兵セフィーの憂鬱 【挿絵アリ】
◇
BOSSエネミー[lv8]『血染めの大角』との戦闘は約一分間で終わってしまった。
早い。あまりにも早い。
ザラメは戦闘中ただひたすら取り巻きの子鹿を焼きつづけて、それで終了だった。
「皆さん、強すぎませんか……?」
新進気鋭の初心者卒業組ということで第二隊のメンバーが全員一定の実力と自信があるとは頭でわかっていたが、単にザラメと2-3レベル差があるというだけではない。
根本的に、フルダイブVRゲームに異様に慣れている、という感じだ。
それは怖がり屋で一見して弱そうなユキチも例外でない。ユキチは適切な補助魔法を使いこなして、強化と弱体を巧みに付与していた。
セフィーの弓矢は正確に脚部を射抜いてBOSSの脚力を削ぎ、強烈な大角の一撃はガルグイユが大盾によって防ぐ。そしてネモフィラとドットの強烈な打撃が次々と決まる。
攻撃も、防御も、補助も、すべて完璧と言ってよかった。
「完全勝利ね! 観測者のみんな、応援ありがとー!」
一番に派手な活躍をしていたネモフィラはここぞとばかりに熱心にファンサする。
無口なドットは論外としてBOSSのドロップ取得作業を急ぐガルグイユとユキチも話す暇がなく、ザラメは消去法でセフィーに話しかけることにする。
「セフィーさん、今のすごい戦いぶりは一体……?」
「これが普通」
「いや、どうみても普通の初心者あがりには見えないんですけど……」
「うん、初心者。ドラマギはね。私は【王と牢獄《キング&プリズン》】と【銀弾ロマネスク】を長年やってたリアル経験値を引き継いでるから」
「【王と牢獄】……? 【銀弾ロマネスク】……? ゲーム、ですよね?」
「……あ」
小首を傾げたザラメの反応を見て、セフィーは急に意気消沈してしまう。
ザラメの知る由もない言葉のナイフが刺さってしまったようでなんだか申し訳なくなる。
「わわ! すみません! わたしが無知なばっかりに!」
「いい。忘れて」
▽「ザラメちゃんやっちまったねぇ……」
▽「刺さるよなぁコレ」
▽「無慈悲」
「だから何なんです!? 教えてくださいよ!」
▽「十五年くらい前に流行ったVRゲームだよ、うん、五年前にサービス終わったやつ」
▽「懐かしいな王と牢獄……青春だった」
▽「サビ終ん時ザラメちゃん幼稚園児じゃん」
▽「アラサーエルフのセフィーさん」
「じゃあセフィーさんは歴戦の戦士なんですね」
「ぐふっ」
セフィーは力なく崩れ落ちて、意気消沈しながらこぼす。
「……出会ったのはまだ中学生の頃でね、当時【王と牢獄】のアニメから入って初めてゲームを本格的に遊んで、友達といっしょに遊んだ青春の1ページだった……。高校の終わりには人気も下火になって、進路もちがうし受験もあるし友達も遊んでくれなくなって。惰性でつづけてたら十年が過ぎて……。そっか、知らないよね、今の小学生は……」
「あー……」
黒騎士さんと同類かな、とザラメは直感する。
十五年前に中学生としたら、ザラメにとっては母親よりちょい年下くらいのはずだ。セフィーさん、と無意識に敬語で呼んでいたが正解だったようだ。
「ここはセフィーさんは頼れるお姉さんということでひとつ」
「うん、がんばゆ」
ションボリエルフをよしよしとザラメはなぐさめてあげる。
それにしたって、なぜ小学生が大昔のゲームを知らないと傷つくのかは不思議だ。
「あの、もしかしてセフィーさん以外も別のゲームの経験者なんですか?」
「さぁ……? ネモフィラだけは自己アピールが激しいけど、他はそうじゃないから」
「ああー……ユキチくんはそうですねぇ」
積極的にゲーム遍歴を自らまくしたてるユキチくんを確かに想像できない。
その奥ゆかしさはザラメも気に入っているが、観測者登録を増やして上位1%に選ばれるレース上では断然ネモフィラより不利だろう。
セフィーは弓矢を背負い直して、回収できる矢を拾い集めながら話す。
「lv8のBOSSに平均lv6のメンバーで六人いれば推奨クリア基準を上回っている。連携や戦術が正しくて実力があれば、まず負けない。相性がよければ完封も当然。イレギュラーな要因さえなければクエストは安定してこなせる。安心して」
「戦い慣れしてるんですね……」
「無駄にVRゲーム歴が15年もあるとね、この程度のBOSSは見慣れてる。本来ドラマギは理不尽に難しいわけじゃない。適正なバランスがあり、セオリー通りにやればちゃんと勝てる。――Xシフターのようなイレギュラーさえなければ、ね」
「マルセーユさんのこと、ですか」
「うん。長い付き合いじゃないよ。でもパーティを組んで二日とせず、仲間を死なせてしまったことに責任を感じてる……、私なりにね」
セフィーは思い詰めた表情でうつむく。
ザラメはうまく言葉をかけられず、重苦しい雰囲気がふたりの間に横たわった。
まだ幼いザラメにはうまく言語化できないが、なにか、共通する後ろめたさがあった。
――詩織のことは今、黒騎士さん達が預かってくれている。
セフィーもシオリンを助けたいという動機を把握している以上、共有するのは後ろめたさだけではないはずだ。
「何してんの! 次のBOSSはこっからダッシュ五分! ユキチ! 走力増強の呪符!」
「わわ、ま、まってー!」
「はっはっはっ! ネモフィラはユキチ遣いが荒いなぁ」
素の走力がずばぬけているネモフィラを除く五名に呪符をつけ、移動速度を底上げしながら紅葉の樹林を走り抜けていく。
しかしザラメは重鎧を着込んだガルグイユやドットよりもなお遅いので、ネモフィラが手を引いて走る始末だった。
「はぁ、はぁ、ちょ、きついですこれ……」
「日没までにあと七件のクエストをこなすの! 弱音を吐く暇はない! そうでしょ!」
「そうですけど! ぐんぬぬぬぬ……」
そうしてバテバテになってザラメが息を整えている合間に。
一撃必中。
セフィーの会心の一矢が巨影の額を撃ち抜き、40秒足らずの激戦を終わらせた。
何もしていないのに【成長の鍵:強敵撃破】がポロッと手に入るザラメ。
「い、いいのかなコレ……」
▽「完全に寄生プレイで草」
▽「空き枠に育成枠入れてレベリングするやーつ」
▽「ハネキングかな?」
散々な言われようだがごもっともである。
「良いに決まってるでしょ! 貰えるもんは貰ってとっとと育つ! それでよし!」
「わ、割り切りますねネモフィラさんは……」
「言っておくけど足手まといだなんて思ってないわよ、生徒会長。その逆!」
「……逆?」
ネモフィラは鉄爪に付いた鮮血を振り払って、BOSSの反撃で損壊した防具を「あーあ、こりゃダメだ」と脱ぎ捨てた。
「船ん時、生徒会長がいなきゃあたしらは全滅してたんだもん。そりゃレベル低いしゲーム経験も浅いでしょうけど、でも、将来性ってもんに期待するには十分でしょ? 先行投資よ! がんばりなよ、育ち盛りさん」
ネモフィラの言葉にセフィーも同調する。
「……ザラメは希望を示してくれた。私は今、その希望の灯を絶やさないように戦うことで、このうんざりする最悪な状況であがくことができている。レベルなんて飾りだ。単なる数字だ。大切なのは君の……」
セフィーはそこまで言葉して、少々熱くなりすぎたことを恥じらってか、顔を伏せて。
「……いい。忘れて」
とだんまりしてしまった。ちょっと難儀な人だ。
でも、まぁいい。ザラメだって、彼女の言わんとすることは理解できたつもりだから。
「はいはい、忘れておきますね」
ふふっ、とザラメが微笑み返してやると、セフィーはまぶしげにさらに顔をそらした。
「さ! 日没までにあと七件! ガンガンいくわよ!」
「おおー!!」
ネモフィラの宣言通り、日没までにもみじ村近隣のクエスト七件を迅速にクリアする。
合計十二件のクエストは移動時間、攻略難度、効率、報酬、行動手順など驚くほど綿密に練り込まれていた。まるで修学旅行の旅のしおりのようだった。
心強い仲間に恵まれた幸運を、ザラメは心密かに感謝する。
被災生活四日目はこうして波乱なく順調に夜を迎えるのだった――。
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