067.レベル8をめざして
◇
偽兄シロップ・トリスマギストスの主張をまとめると――。
・君達は弱すぎる。
・目標が無謀すぎる。
・家族として引き止めるしかない。
という至極当然といえば当然の話しだった。
なにせ第二帝都パインフラッドの推奨レベルは7以上である。
ザラメはまだレベル4どまり、ユキチは戦場での戦いでレベル6に、弓兵のセフィー、大鎧のドット、大盾のガルグイユも同じくレベル6となっている。
唯一レベル7に昇格済みは元々パーティーリーダーだった武闘家のネモフィラだけ。
この都市における標準的なクエスト受注水準を、平均レベルが下回っている。
その一方、死者蘇生の秘法は前人未到の奇跡とされるわけで――。
(い、言い返す言葉もない……)
ザラメはどちらかといえば理論立てて話すタイプだという自覚がある。こういう時、感情にまかせて泣いたり叫んだりするほどには子供っぽくはない。
……それにだ。
もし相手が偽物の兄ではなく、本物の家族だとしても、きっと「やめなさい」と言われるのだという確信があった。
たとえ親友のためだとしても、ごく普通の家庭の両親ならば、たったひとりの幼い愛娘に生死を賭けた冒険を望んで許可するとは、常識的に考えてまるで思えない。
『それは大人たちに任せない』
『心桜ちゃん、きっと詩織ちゃんは助かるわよ、ね』
他人任せ。
現実問題、それが一番安全でありつつ成功率が一番高い可能性すらある。
ザラメが最大限に目立って、同情を買い、最優先でどこかのだれかがシオリンの蘇生をやってくれるよう訴えるのは最良の策だとわかってはいる。
この『死者蘇生の秘法をさがして』の主目的は無論ギルド名通りだが、自力獲得のみにこだわらず、サブプランとして認知度稼ぎをやっているのも事実だ。
もし、メインプランである自力獲得を放棄して、lv12の最強格に準ずるNPCシロップの庇護下でサブプランに従事したならば――。
(……ううん、そんなんじゃダメだ)
我が身かわいさに日和って、全力を振り絞らないまま親友を助けられなかったとして。
もし、死物狂いで困難な冒険をつづけ、結局やっぱり親友を助けられなかったとしても。
より後悔するのはどちらか、明々白々だ。
「……お兄様」
「ん?」
兄に対する二人称はこれで正しいのか、少々迷いつつ、ザラメは彼の手をそっと掴んだ。
まるで生きた人間のように、人肌のぬくもりがある。
ホムンクルスにとって人間態は擬態にすぎないが、それでも、じつに精巧な偽物だった。
これはロールプレイングゲームだ。
ザラメ・トリスマギストスという舞台上の登場人物を全力で演じきらねばならない。
(私にとって偽物でも、彼にとっては唯一無二の本物の愛する妹だというのなら……)
「大っ嫌いデス!!」
「……!?」
全力で駄々をこねる。
普段なら絶対にやらないことを、ザラメは全力でやることにした。
「大嫌いです、そんな意地悪ばかりいうシロップお兄様なんて!! どうでもいい? 私の大切な親友だ! 仲間だって言いましたよね!? 私の大切なものをどうでもいいで切り捨てるお兄様なんて大嫌いです! ホント嫌い!! うゆーーーー!!」
ポカポカパンチ二十連打。
イラつきも込めてぺちぺちとシロップをぽこすか殴っておく。
「え、えぇ……弱ったなぁ」
「うゆゆゆゆゆゆ!!」
正直、本物の兄と妹がこんな感じなのかはわからない。絵空事を想像で演じている。
でも鬱憤は溜まってたからダメージ皆無でもぽかぽか殴るのはスカッとする。
殴られる側のシロップも、NPCの想定状況として例外的だったのか対応に苦慮している。
“かわいい生き別れの妹に大嫌いといわれながらぺちぺち殴られる”
なんて事前にNPC側が想定したシチュエーションでは到底ありえないのだろう。
つまりお互い、未経験のアプローチだ。
仲間達はびっくりして見守っていたが、やがてネモフィラが「え、今こいつ殴り殺せばいいの? 戦闘はじまってる? ぶっ殺す?」と冗談か本気か言い出したのであわててユキチが「いやいや止めるんですよ!」と静止に入ってくれた。
結果ザラメは今、大鎧のドットにぷらーんと首根っこつかまれて宙吊りになっている。
「ふかー! ふかー!」
大鎧のドットは典型的な重装戦士だ。水色の重厚な金属鎧はとても素手で殴る気になれず、ザラメのきつねパンチは空を切るしかない。
硬すぎる金属鎧をやわらかい素手でド素人が殴ると実際にゲーム上、反射ダメージが発生するので絶対にやりたくない。痛覚軽減処理があったとしても痛いものは痛い。
武装は大槌。両手握りの大型ハンマーだ。
絶対こんなものでぶん殴られたくないし、ザラメを軽々と摘み上げられるのも納得だ。
ドットは大火力と重装甲でわかりやすく強い。この五名の中では防御力が第二位、攻撃力も第二位といったところか。
大盾のガルグイユは同じ重装戦士でも防御特化型、武闘家のネモフィラは1レベル高くて攻撃特化型なので前衛としては安定感のあるバランス型といえる。
ユキチ以外まだ良く知らない人達だらけなのでザラメの騙る“大切な仲間”というのは半分くらい大嘘なのだが、そこはさておこう。
「……」
そもそもドットとは会話した記憶すらほとんどないが、無口、なのだろうか。
「ああ、愛しい妹よ。僕も君に大嫌いだといわれるのはつらい。それに元々、君のやりたいことを全て否定しようとは思ってないんだ。お互いの納得する妥協点を見つけよう」
「だ、妥協点……?」
知らない言葉だ。ザラメは小学校で習ったおぼえがない。
するとすぐさま修正補助が意味合いを教えてくれて助かった。
「意見対立した時、お互いに歩み寄って同意できるところを妥協点という……。つまりお兄様は、私達の冒険の継続をゆるしてくれる、ということですか?」
「ああ、条件つきでね」
「じゃあ本当にいじわるであんな風にトゲトゲセリフ吐かなくてもよくないですか?」
「僕の感情を理解していないというから教えてあげただけだよ。感情は感情に過ぎないからね。本音では冒険に反対さ。それに僕が反対する理由そのものは正しいだろう?」
「……ええ、まぁ、はい、とっても悔しいですけど」
「君らは弱すぎるし無謀すぎる」
「とっても悔しいって言いましたよね!? ふかー!!」
「ははははっ、くやしがる弱っちい妹もかわいいから困るなー」
「うぐぐぐぐ……」
ここは我慢するっきゃない。ユキチも小声で「お、おさえて」となだめてくれている。
ああ、痛いところを突かれて言い返せないのは本当に悔しい。
シロップ・トリスマギストスは冷ややかな微笑を浮かべながら言葉する。
「試練を与えよう。そして教育と支援を施そう。要するに、だよ。僕が安心して冒険に送り出せるくらいに君達が強くなってくれればいいんだ。そうしたらこの第二帝都を離れて冒険の旅に出ることを許可しようじゃないか」
意外な提案だった。
ザラメ達一行はまさに戦力不足を痛感している初心者卒業組だ。
もしレベル9の黒騎士に準じるレベリングが達成できれば、何をするにも有利に働くことは自明の理。ここがゲームの世界である以上、レベルは軽視できる要素ではない。
すぐさまネモフィラが沸き立って「レベリングと装備更新を手伝ってくれるっていうの?! え、あれ、いいやつじゃん……!?」と安直に反応する。
ザラメもつられて「確かに、いつまでも弱いままよりは効率的に強くなりたいですけど……」と乗ってしまう。
弓兵のセフィーは鎮痛な面持ちで「マルセーユ……」と失った仲間の名をつぶやく。
戦力拡充は必須課題――。
弱ければ死に、強ければ生きる。
過酷な冒険に望むのならば、弱肉強食の掟というものに否応がなく晒される。
いつまでも悠長にレベリングする時間はないが、一切レベリングを無視して強行軍をする実力はないことがパーティの共通認識だと沈黙が示す。
ここでユキチが隊長らしく全員の意志を確認すると「……うれしい提案、です。でも、急ぎの旅路です。その“試練”を達成して許可を貰おうにも、時間に限りがあります。ザラメちゃんの親友を助けるには……。だからもし、無理難題になるような、そう、例えば一週間以内にまず不可能な条件だとしたら、ありがたい提案ですがおことわりするしかない、かな、と、おもい、ます……」とがんばってちゃんと言ってくれた。
「……そうだね、ここから一週間以内、か。本音としては“僕を倒してからにしろ”とでも言いたいが、それは不可能だからね」
言い切った。
いや実際、隠し札の黒騎士や現パーティ以外の助っ人を呼び集めれば数の暴力でシロップを1対100で囲んだりすれば勝てないわけではない。
しかし彼は錬金術師協会の長だ。むしろ総力戦では不利になりかねない。
「条件は二つ。君ら六人の平均レベルを“8”にすること。そして第二帝都錬金術師協会が選出するレベル8推奨の高難易度クエスト群の中からひとつをクリアすることだ。死者蘇生の秘法をさがそうという無謀な目標に比べれば、とてもカンタンだろう?」
「なっ、わたしレベル4ですよ!?」
現在レベル4のザラメに、あと一週間以内にレベル8になれ、とは。
ドラマギのレベリングは高レベルになるほど進展が鈍化しやすく、初期育成ブーストのある初心者ラインの低レベル帯と違い、レベル8は中級者の上澄みに相当するだけあって、普通にプレイしたら数ヶ月単位かかると噂だ。
無理難題でもないが、かなり難しい要求である。とてもとてもいやらしい。
しかし公平でもある。平均レベル8の到達、高難易度クエストひとつを選択しての達成、どちらも主観要素が介在せず、クエストには選択の自由がある。
ザラメは正直これは安請け合いできないと文句を考えていたのだが――。
「やる! やるに決まってんでしょう」
「そうね、やろう」
「わかりました。それを“依頼”として受注させてください」
とユキチ達の全員がすぐさま快諾してしまった。
よりによって慎重派にみえるユキチまでもだからザラメは尻尾をぶわっと逆立てた。
「ちょ、ユキチ君までそんなあっさりと!? 一週間で2レベルですよ!?」
「そ、それはそうだけど……!」
とザラメに詰め寄られてたじたじになるが、ユキチは目をそらさずに答える。
真剣な、力強い眼差しだ。
「全力を尽くしたいんだ。僕だって、みんなだって」
――間違いだった。
まだ彼らは大切な仲間じゃないだなんて、ザラメはすこし思い違いをしていた。
まだ何も、お互いに知らないことだらけだけど。
同じ想いでいっしょに戦ってくれる人達を、大切な仲間だと呼ぶことを、ザラメの知識の修正補助は言葉の誤りだと正すことはないはずだ。
ザラメは静かにぽつりと「……わたしだって」とこぼした。
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