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007.パイナップルの切り方を教えて

 目覚めるとそこは巨大なフラスコの中だった。

 いや、ガラスの向こう側にみえる河原の雑草と比べれば小さいのは自分だとわかる。


 フラスコの小人。


 白い小狐のような幻獣となったザラメは寝ぼけ頭でなぜこうなっているのか思い起こす。


(……ああ、これが今の“わたし”だっけ)


 ホムンクルスはフラスコの外に出ることができない人口生命体という設定だ。

 それゆえに活動する時は、魔法によってフラスコを人体に変化させて人間に擬態する。

 獣耳のついたルックスでありながら鈍足で生命力に欠ける脆弱なフィジカルスペックの原因は、この活動体がそれだけ不完全なことに起因する。


 その一方、ホムンクルスは生まれながらに叡智を宿すとされるほどに魔法や学力に秀でやすいとされ、ゲーム的な長所短所がはっきりと分かれている。


(……籠の鳥、かな)


 ザラメは終わらない悪夢に憂鬱なため息を吐く。


 最悪の気分。


 そう弱音を吐きたいが、睡眠による回復によって意外にも調子はよかった。

 とりわけ枯渇気味だった体力と魔力――HPとEPはばっちり全快している。


 罪悪感さえおぼえるほどに、ザラメは表層的には元気を取り戻していた。

 フラスコの外に横たわる神官服の亡骸をみやって、寝息のひとつも聞こえないことにザラメは淡い期待を打ち砕かれる。

 昨日の惨劇は、寝て覚めれば消えてなくなる悪夢ではなかったらしい。


(……おなかすいた)


 負の感情を整理することは昨日のうちに終えることができていた。

 冷淡か、冷静か。

 いずれにせよ、自暴自棄になって餓死するまで嘆き悲しんでいるとか、後追いで自殺するとか、そんなことをしていられないとザラメは自分を奮い立たせるしかなかった。


(だって、詩織はわたしを助けるために死んじゃったんだもん……)


 まず生きよう。

 生きるために行動しよう。


 それからだ。

 全部それからだ。


 どうしてと哀しみ嘆くことさえ生きていなければできないことだから。


 そんなことをぼんやりとした頭で考えながら、まどろみを払い、起床した。

 すなわち、人間態へと変化した。

 白髪獣耳の天才美少女錬金術師――という活動体へと数秒のうちに変身するわけだ。


「……おはようございます、妖精さんたち」


 データパッド“冒険の書”を起動する。

 観測者と接触するにはまず冒険の書をアクティブモードに切り替えて、観測可能状態にしなくてはならない。寝てる間は時間経過でオートスリープがかかるので観測は不可になっていたわけだ。


 とにかく人恋しい。

 情報源としても観測者に頼るしかない。

 ザラメは観測者が現れることを待ち望んだが、すぐに反応はなかった。


 時刻を確認すれば、まだ朝の六時半だ。

 ザラメのことを“観測登録”しているメンバーは現在四人と表記されているが、その全員が己の私生活がある一般人である。

 それにルールを読むに、観測者は単一の冒険者のみをサポートするわけではない。

 もし起きていたとしても、ザラメ以外のだれかの観測をしていることは大いにありうる。


「下位1%は脱落する……ですっけ」


 “運営”の示すサバイバルゲームについて、まだザラメは対処を考える余裕はない。


 最初の期日は新月――約二週間後だ。

 ゆるやかな、けれど着実に迫ってくる“削除”への恐怖に薄ら寒くなる。

 このまま二週間が過ぎた時、自分が削除対象になりうる底辺プレイヤーだという自己認識がザラメにはあった。


 なにせ、ゲーム開始まだ三日目だ。小学五年生だ。

 下位1%という生存ハードルをまぬがれる手立てはなにか必要だろう。


「ハラが……減りました」


 話し相手もない。情報もない。不安しかない。

 こんな時こそ、とザラメは紫色のランドセルに格納してある携行所持アイテムをチェックして、前日いっぱい買っておいたフルーツを食すことにした。

 簡易料理キットを使い、パイナップルを手際よくカットしていく。


(料理には自信アリ、ですからね)


 初歩的な果物のカッティング程度はいつもやっている。

 これを淡々とこなす。

 けっこう力作業だが、幸い、パイナップルを切れないほどにはホムンクルスは非力ではない。まず葉の付け根から少々を切って、お尻も切る。さらに普通に切り進めようとしたところで通知があった。


▽「おはよう。朝食はパイナップルまるごと?」


 観測者に話しかけてもらえた。

 ザラメは作業の手を休めてぺこっと一礼しながら返事する。


「朝早くから来てくれてありがとうございます。はい、まず水分と糖分の摂取です」


▽「食事は大事にね。空腹状態にはペナルティがあるゲームらしいから」


▽「お、うまそー」


 二人目の観測者だ。

 観測者は皆、その分身たる小妖精としてザラメの周囲に浮遊している。

 淡い光の玉たちと他愛なく会話しつつ、パイナップルを解体していく中、ザラメは興味深いアイディアを耳にした。


▽「冒険写真をアップしてみたらどうかな?」


▽「いいねそれ」


「冒険写真……? SNS的な?」


▽「そう。“写真広場”という掲示板にアップして観測者にアピールできるようだね」


「……なるほど。観測者を増やすチャンスの場なのですね」


▽「冒険者は閲覧できないから想像しづらいかな」


「いえ、ネイティブVR世代なので。小学校の情報ITテストも安定95点以上ですし」


▽「かしこい」


▽「なまらかしこい」


 ザラメは少々照れ笑いしてかしこまりつつ、撮影するならばと考える。

 しかし思いつかず、ここは観測者に頼ることにする。


「あの、見映えするパイナップルの切り方を教えてもらえませんか?」


▽「検索する。しばし待たれい」


▽「パインのリング盛り」


▽「出た! パインのリング盛り! って先越されてる!」


▽「パインの中身をくりぬいて、皮を器にする。他のフルーツも盛りつけるといいよ」


「妙案……やってみます」


 ザラメは器用にナイフを操り、丁寧に果樹皮の器を作り、ライチとパインと角切りマンゴーを乗せてゆき、フルーツ盛り合わせを作ってみせる。

 その合間に少しずつ“冒険の書”のオート撮影機能を使い、調理工程を写真化する。


「この甘酸っぱさ……スウィートネス」


 完成品と実食風景、食レポの撮影までやって、食後にこれを編集する。

 その編集も大半は自動化され、ネイティブVR世代のザラメは最小限の操作だけでプロ顔負けの見映えする楽しそうな冒険写真をアップすることができた。


▽「今時の小学生すげーな……」


▽「どこでおぼえたのそれ」


「少女漫画雑誌の特集ですけど」


▽「すごい」


▽「パない」


▽「これが被災メシ!? あたしの朝食パントーストだけなのに!」


「……増えた」


 三人目の観測者。

 観測登録数も五人に増えてる。つまり、新規。冒険写真の効果アリのようだ。


 ザラメはまだ後ろめたさをおぼえつつ、明るい会話に務めた。

 こうしていると少し、悲惨な現実と向き合うための気力が湧いてくる気がした。

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