066.正論兄上がウザすぎる
◇
ザラメとユキチ達仲間との再会を遮ったのは偽兄シロップではなく一般聴衆だった。
つまり、このパインフラッドという街に滞在する約千人のプレイヤー達だ。
ここが錬金術師協会のロビーである以上、一般の冒険者も出入りするのでその一部に目撃されることになり、そこで昨夜ザラメがさらわれた際に捜索情報が出回っている以上、やがて「あの子、例のホムンクルス?」と気づくものが現れた。
(……まずいかも)
悪目立ちはしない方がいい。
冒険者はそれぞれ観測者――小妖精を引き連れており、情報の拡散がすぐに発生する。
しかしとっさに、こんな時どんな反応をすべきかなんてザラメにはわからない。
漠然とした不安感だけが募るのだ。
ザラメは思わず逃げ出したい心地になり、心細さに身を縮めるのだが――。
「白髪のホムンクルス、ディスプレイネームも同じだ」
「おーい! 無事だったんだねー! よかったねー!」
「もうはぐれんなよー!」
思いがけないやさしい言葉に、ザラメは目をぱちくりとさせた。
(……応援、されてる?)
意外だった。
ザラメは忘れていない。これはデスゲームだ。観測者数下位1%の者は新月の夜ごとに“審判”を受けることになる、そのはずだ。
そんな大事なことを忘れてしまったかのように、名も知らぬ冒険者がはげましてくれる。
(……現実味がないのかな。本当に、死ぬかもしれないって)
ザラメはこの三日間、すでに親友を失い、早くも幾度となく死闘を演じてきた。
ギリギリ生き残っている――。
それに比べると、おそらくこの第二帝都パインフラッドは大きな地震などの災害影響もなく、標準レベルの高い冒険者が多数、寄り集まっている安全地帯といってよい。
二日目の段階で、数名のXシフターと交戦して犠牲者を生じさせつつも討伐に成功したという噂だが、おそらく直接Xシフターと戦ったのはごく一部のプレイヤーのはずだ。
よって危機感の欠如した反応は“自分たちが危険を冒さずとも、誰かがなんとか守ってくれる”といった安心感から来るものだとザラメはすぐに気づいた。
(……でも、それでいいのかも)
のんきさにどこか苛立つ反面、それは平穏と秩序が保たれていて心に余裕がある証拠だ。
もし詩織を失っていなければ、ザラメもきっとああして応援する側だったはずだ。
そう考えた時、ひねくれて素直になれないのはよくないと思ったので――。
「あの……おかげさまで無事に元気です! 皆さんありがとうございました!」
ザラメは丁寧に一礼して、こころよく手を振り返すことにした。
彼我の間には断崖絶壁の隔たりがあっても、だからといって八つ当たりはよくない。
天国と地獄。
これから死者を救いに行く覚悟のザラメは、望んで地獄への道を進むことになる。
誰彼構わずその地獄への道連れにしようだなんて思うほどには、ザラメは幼くなかった。
「がんばってね! 死者蘇生の秘法さがしだっけ? 見つかるといいね!」
「手がかりになりそうなもん見つけたら教えてやっからなー」
「……っ、は、はいっ!」
どこまで本気かはわからない。どうせ頼りにはならないだろう。
それでも、言葉だけでも、ザラメは悪い気がしなかった。
「……さて、ロビーで立ち話もなんだ。応接室に来てもらえるかな」
少々鬱陶しそうにシロップはそう言葉した。
NPCである彼にも感情はある。不機嫌そうな理由は……ザラメにはよくわからなかった。
応接室に案内された一行はこれまでの経緯を詳しく話すことになった。
ユキチ、ネモフィラ、セフィー、ドット、ガルグイユの五名は来客側の席に座るが、ザラメはごく自然と主人側の席、つまりシロップの隣に座らされていた。
(わたしは“こちら側”だと言いたいわけですね……)
ここで重要なのは、あくまでザラメの仲間はこの五人だけだと伏せておくことだ。
そこのところ移動の合間にこっそりと情報共有をしてあるので。
「そ、そういうわけで、僕らは生き残った五人で昨夜この街にやってきたんです。その、途中でザラメちゃんを誘拐されちゃった訳ですけど……」
ユキチはとても申し訳無さそうに口ごもる。
兄シロップの眼差しは明確に、その不手際を責め立てるように鋭いものだったからだ。
かといって怒鳴ったりするでもなく、不気味に沈黙している。
その重苦しさに耐えかねて、サブリーダーのネモフィラが口を尖らせる。
「ザラメのことを助けてくれたのは感謝しますけど! 不甲斐ないから任せておけないだなんて言って引き剥がすのはダメ! 絶対ダメ! 大切な旅の仲間なんだもん!!」
猫らしくふーっと威嚇するネモフィラ。
狐らしくシロップはせせら笑った。
「ふふっ、不甲斐ないと自覚があることを僕は評価してあげるよ。無駄が省ける」
「むぐぐぐぐ」
ネモフィラは喧嘩っ早くて強気なのでやり込められて悔しげにうなる。
それを「まぁまぁ」となだめつつ、ユキチは「シロップさんにとってザラメちゃんは大切な家族なんだから仕方ないよ」となかだちに入る。
ユキチは調整役を普段からよくやってるのか、なんとも苦労が忍ばれる。
「でも……僕らにはザラメちゃんといっしょに旅をつづけるべき理由があるんです」
「理由……、ね」
ユキチにお膳立てしてもらい、ザラメは本題をシロップへと切り出した。
どこまで打ち明けるべきか迷ったが、やはり旅の目的を明示するべきだ。――と、これまた移動の合間に観測者らに助言してもらった。
それをほぼ入れ知恵通りにザラメは言ってのける。
「親友を、生き返らせる。それがわたしの冒険です」
そして一言、打ち合わせになかった自分自身の言葉を、まっすぐにぶつける。
「……絶対に、あきらめたりはしません」
妹から兄へ。
そして自分へ。
危険と困難に満ちた道のりへと突き進むことを宣言した。
この決意のほどがどこまでNPCであるシロップに通用するかは未知数だが、もし彼という存在が、死者蘇生の秘法に到達するための必要な道筋としてこの世界が創造したものならば、率直に正面切ってそう望みを言葉するべきだろう。
その結果、協力か敵対か、いずれの関係性に変化するにせよ。
この試練をいつまでも先延ばしにできるほど、詩織に残された時間は多くはない。
「親友、か」
シロップは静かに冷笑する。
「その感情は理解するよ。だったら僕の感情についても……言わずともわかるね?」
そう問われて、ザラメは返答できなかった。
NPCの心情なんて理解できない。それは脚本の都合で決まるものであって、まるで国語の授業で「この時の登場人物のきもちを答えよ」という問題を、選択肢から選ぶのではなく自由文章で回答しろといわれた時のようにつらかった。
こういう設問にぶち当たり答えが思いつかない時、ザラメは問題を先送りする。
「わかりません。理解する術を、教わってません」
「そうだね。僕はまだ君と再会できて一日と過ごせてないんだ。お互い、知らないことだらけだよ。……だったらちゃんと言ってあげよう」
一呼吸を置く。
そして冷淡にこぼす。
「僕はね、本音はね、今すぐ君達全員を消し去ってザラメを独り占めしたいんだ」
誰も、騒ぐことはなかった。
それはいつでも容易く実行可能なことに過ぎないと全員が理解しているからだ。
「親友? 仲間? 僕にはどうでもいいことだってわかっているよね? 死者蘇生の秘法を追い求めるだなんて絵空事に、不甲斐ない冒険者一同に、最愛の妹をだよ? そんなの、家族として引き止めない方がどうかしている。……そうだろう?」
正論だった。
その正論ぶりに、兄貴ってここまでウザったいものなんだ、とザラメは痛感した。
(この人、もしや超絶シスコン――!?)
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急に生えてくる兄いいよね…。