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065.束の間の再会

「……本当に朝からデザートが出てこないだなんて」


 ザラメは愕然としていた。

 帝都錬金術師協会の本部施設は百人余りの人間が(NPCであるが)常勤しているのでドラコマギアオンラインのゲーム上では大型の施設といえる。


 ザラメが目覚めたのは幹部用の宿舎の一室、そこを出るとすぐ中庭や食堂がある。

 ザラメは幹部協会員の客人扱いなので自室に食事を運んできてもらうこともできたが、まずはいざという時のためにマップ埋めをしておきたいので食堂にきていた。


 ここはゲームの世界であるがゆえに、冒険の書には一度訪れたポイントの周辺はマップとして記録され、いつでも見返すことができるのでついついマップ埋めはやりたくなる。

 そして所持したアイテムや食した料理も図鑑データが埋まるわけだが――。


「……これが噂の、NPCメシ」


 NPCメシ。

 それはプレイヤー向けの見てわくわく嗅いでうっとり食べて満足の異世界観光じみた料理とちがって、まるでイマイチな日の学校給食のようだった。


 無難かつ大人数をまかなうために焼き上げられた茶褐色の食パンは当然のようにたっぷりとバターや牛乳が練り込まれたふんわり食感ではなく、これはもう野菜スープに浸して食べる用だと割り切るしかないものだった。


 洒落たデザートやフルーツは当然ないどころか牛乳だってない。

 まさに質素な西洋ファンタジー世界の日常朝食、という感じだ。

 ただし、野菜スープはこなれた味で小魚の揚げものとサラダも最低限には美味しい。


 期待外れも良いところだけど、まぁ、毎朝食べるなら合格点なのだろうか。

 画一的な食事を、画一的なNPCの集団にまぎれて食べるのはなんとも奇妙な気分だ。


 彼らはザラメがいつも小学校の教室で目にするように、嫌いな野菜を押しつけあったり、おしゃべりに夢中で全然皿が減ってない、なんてバラつきがない。

 不自然でない程度に人間らしく、しかし操り糸の透けて見えるような所作で、五十名を越える職員たちが各々の食事や仕事にいそしんでいる。


「……協会長のあなたも同じ食事なんですね」


「適切な栄養価と食味は一律に提供されている。公金でまかなわれる研究機関の食事に、研究費を削ってまでデザートを供する理由はない。それに私費で調達することを禁じてはいないから、自分で買ってくるのは自由だよ」


「では失礼して……」


 ザラメははじまりの港で買ったキウイフルーツを選んでアイテムボックスから取り出して、食事用ナイフで切り揃えて自分と、シロップのパンにも挟んでやった。


「すっぱいですよ、どうぞ」


「……」


 一瞬、不自然にシロップが硬直したようにみえた。

 もしかするとNPCであるシロップにとって、無断でパンにフルーツを挟んで差し出される、というのは想定の範囲外の状況に陥っていたのかもしれない。


「……ありがとう、いただくよ」


 NPCのAIは個々の与えられた設定や役割から適切な反応を導き出さねばならない。

 それが人間として不自然であるほどかえってNPCのAIとして自然な状態である。


 ザラメが危惧してやまないシンギュラリティ、技術的特異点に近づいていない証拠だ。

 シロップ・トリスマギストスは魂のない人形であるべきだ。

 操り人形が自ら勝手に踊りだしたら――。


「……すっぱ」


「ホントだ、すっぱいね」


 その薄ら寒い恐怖のせいか、キウイの酸味はやけに強く感じた。

 でも、酸味のきついフルーツもザラメは好きだったりするので、よしとした。






 午前中のうちに第二帝都錬金術協会本部の各施設をザラメは案内してもらった。

 これらの施設そのものは一般プレイヤーも利用でき、主に魔法やアイテムに関連した売買ができたり、図書館の利用もできる。


 ゲーム的な都合で、プレイヤーである冒険者へ素材調達や実験名目でクエストを直接ここで依頼することもあり、言ってみれば一種の冒険者ギルドの役割も果たしている。

 であるからして、関係者専用区画である宿舎や研究棟、食堂と違って、一般開放されている区画には何不自由なく他のプレイヤーがやってくることもできる。


 つまり、だ。

 ここに至ってようやく仲間との再会を果たすことができたわけだ。

 一般窓口の待合所でなにやら「いいから早くザラメに会わせてよ!」と食って掛かっててるネモフィラを筆頭に、弓使いのセフィー、大鎧のドット、大盾のガルグイユ、そして第二隊の隊長である操霊術師のユキチを見かけたのだ。


「ユキチくんっ!!」


「ザラメちゃん!?」


 全力疾走。

 ホムンクルスのしょぼしょぼ脚力なりに、とろとろともどかしいほど遅くても、走った。


 ザラメがユキチの懐に辿りつくまで、およそ三十秒――。

 それはスローモーション演出ではなくて、実時間でゆっくりとしていた。





(※しばらくお待ちください)





 感動の再会である。


「ふわぁぁぁぁんん!! 心配したんだよザラメちゃん!! 君にもしものことがあったら、僕、僕ぅ……ぐすんっ」


「えぇ、な、泣いちゃった……。よ、よしよーし、わたしは無事ですよー? といいますか、観測者さんたちに無事だって連絡もらってるはずじゃ……」


「だってこの目で見て、触れるまで不安だったんだもん! よかった、よかったよぉ」


「……そうですね、心配かけて、ごめんなさいです」


 いつのまにか攻守交代でザラメの胸に顔をうずめたユキチを慰めるハメに。

 しかし悪い気がしない。


 ユキチをなだめてると空気を読みながらセフィーやドット、ガルグイユら第二隊の面々もザラメの無事を祝ってくれる。そして最後に受付に食ってかかっていたネモフィラが罰が悪そうに「お、おかえり」と小声で言って、すぐさま受付にぺこぺこ頭を下げていた。


「あの、黒騎士さん達は……?」


「じつはその……」


 ユキチは人目を気にする素振りを見せ、小声でザラメにこうささやいた。


「黒騎士さんは今、ザラメちゃん奪還作戦の下準備をしているそうなんです。素直に返してもらえない場合、無理やり奪い返すために、とか」


「え、奪還作戦……!?」


「極秘作戦です。今はそれだけ……」


「わ、わかりました」


 ザラメは再びゆるんだ緊張の糸を引き締めることにした。

 無事に再会できたが、依然としてシロップの庇護下にある状況には変わりがないからだ。

 すんなり事が運べば平穏無事に自由の身になれるが、おそらく、それはない。


「君達が、僕の妹といっしょに旅する冒険者仲間たちだね?」


 シロップの一声に、場が凍りついた。


 [lv12 シロップ・トリスマギストス]表記が容赦なく、[lv6]のユキチに重圧を与える。

 船幽霊の対決をきっかけにレベルアップを果たしたユキチを、その1レベルの成長の重みをあざ笑うような6レベル差だ。


 ネモフィラら第二隊総勢にザラメが加わっても、6レベル差は埋めようがない。

 うかつな行動が現実の死亡に直結するこのデスゲームにおいて、その絶対的な差はまさしく恐怖すべきものに違いない。


 ――ユキチにくっついていたせいか、心音が早鐘を打つのがよくザラメには聴こえた。


(……それはそう、だよね)


 ザラメは自分自身もまた胸が高鳴るのをおぼえつつ、涼しい顔つきでこう言葉する。


「はい、“ここにいるみんな”がわたしの大切な旅の仲間です、シロップお兄様」


 まずは一手、布石を打つ。

 無駄でもいい。小賢しくて結構。


 ザラメはまだ、この旅を終わらせたくなかった。

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、いいね、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。

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