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064.被災生活三日目の朝

 かりそめの兄と妹。

 血を分けたホムンクルスふたりの迎える朝に、ザラメは息を呑んで身構える。

 寝起きの、うすぼんやりとした眼差しの兄シロップは造形のそっくりな白狐の獣耳が生えた白髪を指先でくりくりと撫で、軽いあくびをしながらこう言った。


「なんだ、内緒話ならつづけてくれて構わないのに。ふふっ、ザラメは臆病だな」


 意外な言葉にザラメはキョトンとする。


「わたしに外部との連絡手段を与えても構わない、とおっしゃるんですか?」


「だって嫌われるだろう? 妹のプレイベートを盗み聞きする過干渉な兄だなんて」


「きら……!? か、過干渉といわれても……」


 ザラメは不思議な心地になった。


 ――過干渉。


 なにを見聞きして、だれとつながっているか、それを把握されている。

 ――そうやって“見守られる”ことはザラメにとって自然な生活のあり方だった。


 家庭でも、学校でも、まだ小学生であるからにはザラメは常に保護責任者にあたるだれかの庇護下にあって、常に見守られてきた。


 そもそも“過干渉”なんて難しい言葉をすんなり理解できるのは、ザラメが両親や周囲の大人の言うことに従順な優等生であるおかげなれど、それは型通りの知識として知っているだけで実体験の伴うものではなかった。


 無意識に、ザラメはシロップという血を分けた年長者の支配下に今あるものだと解釈してしまっていたわけで。


 友達でも、保護者でもない。

 対等でも明確な上下関係でもない、なんともいえない兄妹という関係性。

 それに戸惑う他なかった。


「もちろん冒険者だからといって何も言わずに外出されても困るけどね。一度法外な身代金を君のために払ってしまった以上、君はもはや歩く金銀財宝だ。二度、三度と身代金を払うのは懐事情が厳しいのだよ」


「……なるほど」


 ガァガァと黒い烏の群れにつっつかれる自分をザラメはイメージする。

 あの地下街での取引には大勢の目撃者がいる。


「……二匹目のドジョウを狙うものがいるかもしれない、というわけですね」


「……はて、ドジョウ?」


 ごく自然なことわざを使ったつもりが、シロップは不思議そうな顔をする。

 ――しまった。

 この異世界ドラコマギア・オンラインに“ドジョウ”はいないのだ。たぶん。

 ザラメはまな板の上でのたうちまわるドジョウになった気分だ。

 シンギュラリティを誘発させない為にはなるべく“こちらの世界”については触れるべきではないというのに、しくじった。


「ドジョウとは何なんだい? この僕さえ知らない生物……のようだけど」


「ど、ドジョウというのはええーとっ!!」


 言い訳しろ。

 もっともらしい嘘をつけ。

 ――全力で考えた結果、ザラメは目をぐるぐると渦巻かせながらこう言い切った。


「あの盗賊人魚の名前ですよ!! シチ・ドジョウ!! 同じことを考える輩が出てきたらそれは二匹目のドジョウだってことです!!」


 苦しい。

 あまりにも苦しい。

 純然たる日本人として、ドジョウさんなんて名字の人間がいてたまるかという猛烈な違和感がぬたぬたうねうねと暴れまわっている。

 せめて“二匹目のアナゴ”と言っておけばまだそれっぽかったものを、ああ、後の祭り。


「ふむ、あの薄汚い盗賊に似合いの泥臭そうな名前だね」


(納得しちゃった!?)


 こうしてシチ・ドジョウという名前は既成事実化してしまった。

 悪さして12億5000万DMも荒稼ぎしたちょっとした罰だと思ってもらおう。うん。


「さておき、二匹目のドジョウは困る。当分は僕のそばにいてほしい。……いいかい?」


「それはその……」


 シチ・ドジョウのせいで思考がかき乱されしまっていたが、ことは重大だ。

 そして選択の余地がない。

 もし不都合があってシロップのそばを離れるとしても、それは相手を信頼させ、油断したところで不意を突くべきだろう。


 イヤだと訴えたところであっさり説き伏せられる気がしない。

 それに何より、ザラメは保護者へ反発して逆らうということそのものに抵抗感があった。

 だから問題の先送りを決めた。

 ザラメは――甘草 心桜はかしこくてよいこだからだ。


「……はい、そうします」


 どこか浮かない返事だったが、シロップは追求せず「よし、これで一安心だ」と喜ぶ。

 そしてザラメも安堵した。


 親の顔を伺う、というような既知のわかりやすい関係性に近づいたからだ。

 見知らぬ兄妹だなんて、薄気味悪いものよりずっとシンプルでいい。


「……あ。あの、ところでなんでわたしは同じベッドに寝てたんです……?」


 機嫌を損ねるかもしれないが、つい聞いてしまった。

 正直、強烈な嫌悪感や疑問があるわけではない。シロップにとっては生き別れの妹だ。今より小さい頃に別れたという設定ならば、兄妹で同じベッドで寝ることくらいあって不思議ではない。


 ただ翌日以降もまた同じベッドで寝ることになる、といわれると困惑する。

 両親を除けば、ひとつのベッドでいっしょに寝るなんて親友の詩織としか経験がない。


「……はて」


 シロップは小首を傾げて、またもや不思議そうな顔をする。


「昨夜、僕のベッドに潜り込んできたのはザラメの方だろう? 寝ぼけているのかな」


「……え?」


「きっとお手洗いの帰りに部屋を間違えたのだろうね。ふらふらとベッドに倒れ込んできて、そのままフラスコに戻って寝てたと僕は記憶するが」


 記憶にない。

 が、日常生活でもありえる程度の話ではある。カラダもこれといって不調や異変はない。

 なにより、これといってシロップが嘘をついて騙しているようにも見えない。


 もしザラメに寝てる間なにか施しているとして、馬車の中で寝入ってしまったわけだからタイミングはいつでもいいわけで、今朝いっしょに寝てる必要性はない。


 むしろ無防備にも小動物スタイルを盗撮されてしまっているくらいだ。

 ……ザラメの方こそ問題行動だらけ。


「あ、あー。わたしおなかへっちゃったにゃー、ザラメあさごはんたーべたいなー」


 ザラメはとっさにごまかした。

 するとシロップは朗らかに笑って「残念だけど朝からデザートは出てこないよ」と、まるでザラメの甘党ぶりを知ってるかのように冗談めかしてきた。

 それが不意に重なって聴こえた。


(……ああ、これ、詩織にも言われた気がする)


 もし本当に兄がいたとしたら、こんな風だったのだろうか。

 シロップというNPCの造形は、ザラメのそういった憧れや深層心理から導き出されてこの電脳世界に生み出されてしまったのか。


 なんて薄気味悪い――。


 そう嫌悪感と警戒心を抱くことで、ザラメは己の目的を忘れまいとする。

 この不条理なデスゲームの駒ごときに、けして騙されてはいけない、と。


毎度お読みいただきありがとうございます。

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