062.12億5000万DMの白狐
◇
盗賊人魚のシチはこう金額を掲示した。
「約束の賞金2億5000万DMだけでは不足だ。12億5000万DMをこちらは要求する」
「12億!?」
石碑の広場に集まった面々は法外すぎる要求にどよめき、動揺を示す。
ザラメは絶句した。
いきなり5倍の報酬要求をふっかけるのはあまりにも無謀すぎる。支払う側だって軍資金には限りがあるわけで、それだけの大金の用意があるとは思えない。
「……ほう」
シロップ・トリスマギストスはこの法外な要求に薄っすらと笑みを浮かべた。
こっちはこっちでなにを考えているやら、ザラメには見当もつかない。
「面白いね。とても強欲だ」
不敵に微笑むと、シロップは錬金術師協会の配下たちにアタッシュケースのようなものを複数、持ってこさせた。
ケースを開けば、おそらく一つにつき2億5000万DM相当だろう金貨が詰まっていた。
それが五つ分、つまりぴったり同数ある。
要するにシチは“今支払えるありったけの金額”が12億5000万だと見抜いていたのだ。
「よく気づいたものだね」
「盗賊のスキルだ。不正規改造品のな。……全額、貰おうか」
しれっとチートを白状した。
シチは不正規のbotな訳だから性能そのものも違法改造されていても不思議でなかったのだけれど、相手の所持品を見透かすというチートをよもや搭載していたとは。
しかしシロップは不正規改造品のくだりは無視して、話を進める。
「全額、か。ザラメにそれだけの価値があると言いたいわけだね、君は」
「値切るか?」
「……いや、言い値で払おう」
交渉成立。
すんなりと途方もない金額がやりとりされるさまにザラメは空恐ろしくなった。
シチはケースを確認し、それらを冒険の書に格納するとザラメの身柄を解放した。
ゲーム内通貨の収集を至上命題とするシチにとって、ザラメにこれ以上の利用価値はなく、役目を果たしたということだろうか。
無感動なことにシチは12億5000万DMを受け取ってもさして興奮や感動を示すこともなく、用は済んだとばかりに立ち去ろうとする。
それが少し、ザラメに気に食わなかった。
「シチくん! 待ってください!」
「……何だ?」
「もっと嬉しそうにしたらどうなんですか! 念願の大金を受け取ったってのに!」
「ただ命令を遂行できた。それだけだ」
ザラメは無性に悔しくてしょうがなかった。
シチはbotだ。人間の尺度で理解しようとすべきでないのかもしれない。けれど、もはや誰も回収しにこれない金銭を集めるだけの彼を、哀れに思わずにいられなかった。
これっきり、もう出逢うこともないのだろうか。
少なくとも向こうがこれっぽっちも名残惜しそうにする素振りがないのは面白くない。
面白くないが、今はシチの後ろ姿を見送る他なかった。
「取引は無事に終了した。ゴードン氏には協力に感謝する。……本来の目的だったホムンクルスの収集は果たせなかったから、引き続き、仲介を頼むよ」
「ああ、お安い御用だ」
シロップとゴードンが軽く会話を済ませると、ザラメはすぐに馬車へと案内された。
地下街から地上へと抜けるための石畳の道を、ガタゴトと馬車が行く。
馬車にはザラメとシロップ、それに秘書らしきキリッとした眼鏡の女性が座っていた。
シチの魔手から逃れたとはいえ、12億5000万DMで身柄を譲り受けたシロップの並々ならぬザラメへの執着は状況が好転したとは言いがたかった。
目的の明瞭なシチに比べて、シロップはなんの思惑があるのか一切まだわからない。
シロップは作劇人形だ。
NPCとして役割を与えられて、ザラメのために特別に用意された登場人物だ。
優しげな澄まし顔もどこか嘘くさいものをおぼえるし、なにより、なぜ生き別れてしまったのかをザラメは知らない。なにか秘密があるはずだ。
「あの、これから私はどうなるんでしょうか……」
ザラメの問いかけに、秘書が答える。
「秘書のロゼです。お見知りおきを。ザラメ様には当分、我々帝都錬金術師協会に所属していただき、シロップ様の右腕として研究にご尽力頂きたいと考えております」
「研究……一体、何の?」
「無論、死者蘇生の霊薬についてです」
「えっ!?」
ザラメは思わず大声を出してしまった。
これまで糸口のなかった死者蘇生の秘法について、ようやく手がかりに遭遇したのだ。
「死者蘇生の霊薬――それがトリスマギス家の宿願、とシロップ様より伺っております」
ロゼが視線を流すと、シロップは首肯した。
ザラメは当然の疑問を抱く。
ザラメが死者蘇生の秘法を求めたのはシオリンが死亡状態に陥ったせいであって、あとづけもいいところ。それが一族の宿願とは。
「……いつからです?」
「せいぜい三百年前からだよ。長くも短い。尊くも儚い。ありふれた夢の薬だよ」
シロップは自嘲するように死者蘇生の霊薬について話してみせる。
根本的に、それは笑い話なのだろう。
このファンタジーゲームの世界観にあっても、完全なる死者の蘇りは否定されている。
不可能な絵空事なのだ。
そんな夢の薬を一族の宿願と掲げることを、シロップは自ら嘲り笑っているのだ。
「安心していいよ。皇帝陛下が崩御するその時まで、私達の研究は“何事もなく”このまま続いていく。それが五年後か、十年後かは時の運だけど、彼が生きているうちは帝国の支援はどうやっても止まることはない。12億5000万DMはとても痛い出費だったけれど、なに、追加予算はうまく騙し取っておくよ」
「だ、騙し取る……!?」
「いつものことさ」
シロップは不敵に微笑んだ。
この白狐は平然と国家予算を騙し取って、完成する見込みのない研究をやっているフリをしているとザラメに告白したのだ。
狐は人を化かすというが、年老いた皇帝を騙して一国の血税を甘く啜っているとしたら。
――まさに傾国の悪狐である。
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