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061.かわいい妹との再会 【挿絵アリ】

 第二帝都錬金術師協会長、ドライセン。

 そのはずである彼の姿形を見た瞬間、ザラメは口をぽっかり開けておどろいた。

 なぜか。

 ドライセンはザラメの“生き別れの兄”にそっくりだったからだ。



挿絵(By みてみん)



(……は? いやいや、なんですコレ? え? え?)


 客観的に外見を評す場合、それは白狐のホムンクルスの華奢な錬金術の男といえる。

 ザラメと血の繋がりがあるかと問われて、十人中九人はありそうと応える共通項がある。


 兄と妹。

 そういうデザイン意図を強く感じさせる“NPC”だ。

 深緑色の魔術師風のローブに洒落た片眼鏡はいかにも高位の魔法職らしい。

 それは第二帝都錬金術師協会長という仰々しいネームドNPCらしさ、役割を示しつつ、ザラメ・トリスマギストスの兄としても違和感がないものであった。


 ――それが違和感しかない。

 この世界は不特定多数のプレイヤーが同期して同一世界を遊ぶことを前提とした多人数参加型オンラインゲームにおいて、単一のユーザーと血縁設定のあるNPCがあらかじめ用意されているというのはおかしな話だ。

 ザラメ以外の全プレイヤーにとって彼は協会長に過ぎず、ザラメたったひとりにとって、彼は生き別れの兄として機能する。


 まさに“ザラメのために特別にあつらえた”としか言いようがない。

 ――言うまでもないが、ザラメのリアルの実兄などでもない。


(なんの冗談なんです、これ……?)


 作劇人形ドラマリオネット


 ザラメの認識が正しければ、ドラコマギアオンラインの特徴のひとつに、プレイヤー個々人のために作劇の都合にあわせてNPCが自動的に生成されるというものがある。


 一例として、両親や兄弟姉妹といった家族、はてはペットなどだ。

 それぞれのプレイヤーキャラクターには今現在に至るまでの過去がある。自らの生い立ちについてプレイヤーが決めた時、その家族をはじめとした背景設定にあわせたNPCも自動的に生成され、その役割を演じはじめる。


 作劇人形ドラマリオネットは過去や現在だけでなく、未来においても配置される。

 プレイヤー個人に合わせて、いずれ起きる個別イベントのためにあらかじめ登場するであろうNPCも事前に配置されている。

 それら作劇人形は、プレイヤーひとりひとりを主人公たらしめるための仕掛けだ。


 しかし一方、この世界全体として個々の作劇同士が矛盾してしまってもいけない。

 例えば、国王や市長といった国家や都市の代表者をプレイヤーごとに乱立させてしまっては滅茶苦茶なことになる。

 であるからして、世界全体にとって重要な役割のある登場人物、いわゆるネームドNPCは作劇人形として新たに配置されず、不可侵の領域になっている。


 作劇人形ドラマリオネットかつ重要人物ネームドというのは矛盾している。

 公的要素と私的要素がごっちゃになっているのだ。


【シロップ・トリスマギストス】


【錬金術師:lv12】


 この世界のどこかにいるとザラメが探し求めていた死者蘇生の秘宝の鍵となるNPC――。

 もし、ザラメの願っている短期間での秘宝の発見を実現するならば、確かに少しでも早く手がかりを用意しなければ作劇上、間に合わないというのは理解できる。


 この世界ゲームは、ザラメにチャンスを与えようとしている。

 それを強引に“ねじ込んだ”結果、このタイミングでの遭遇なのか。


 シロップ・トリスマギストスという作劇人形の背後に無数の見えない操り糸のようなものを空想してしまい、ザラメは精巧に造形された生き別れの兄に恐怖する。

 その涼しげな美貌のテクスチャ―の裏に、機械仕掛けですらない仕掛けが潜んでいる。

 初対面の兄の微笑みは、空恐ろしくも優しげだった。


「泣きそうな顔してるね。安心するといい。私は君の味方だ」


「――は? 一体、なぜ」


「同じ血を分けたかわいい妹を守ってあげることに理由は要らないよ」


 優しい言葉だ。

 だからこそザラメは最大限に警戒心を高め、その裏があるはずだと身構えていた。

 しかしだ。


 ザラメの真隣にいるのは盗賊人魚のシチ、金銭目当ての誘拐犯でbotだ。

 もし兄であるシロップに悪意がなく、善意の支援者となってくれるのならばこの不自由で劣悪な状況下を脱出することができるのだからこの上なく都合がいい。

 シチ当人にとっても、ザラメをシロップに引き渡せば目的の報酬を得ることができる。


 とても楽観的に考えれば、だれも困ることなくこの誘拐事件は円満解決となる。

 しかし、ザラメは流されることを怖がった。


「じゃあ! どうして盗賊ギルドに無理やりホムンクルスを誘拐するよう依頼する必要があったんですか!? 多額の賞金まで用意して!」


 シロップは片眼鏡を微調整しながら理路整然と答えてみせる。


「私のかわいい妹である君は“例外”なだけだよ。同族のホムンクルスには賞金が惜しくない程度には利用価値がある。不運なのか幸運なのか、偶然にもその網に君も引っかかってしまったんだ。ごめんよ、怖かっただろう?」


 シロップは丁寧に頭を下げ、本当に申し訳なさそうな表情をしてみせる。


「そりゃ怖かったですけど……あの、利用価値とは?」


「機密情報でね、それは後でにしよう。けど君ならわかるはずだよ。私と同じトリスマギストス家のホムンクルスである君にはね」


「わ、わからないから聞いてるんですけど……」


「ああそうか、あの頃まだザラメは小さかったからね。いや、今もちっさいままかな?」


 と不意にシロップは身長差を示してからかってきた。

 シロップは冗談めかした言動もできるのかという驚きとは別に、単にイラッと来る。

 真隣で仁王立ちしている盗賊ギルドの大幹部ゴードンの巨躯に比べれば、いや、周囲の取り巻きたちと比べてもあきらかにシロップは一回り二回り小柄だからだ。


 フィジカルダメダメ種族というホムンクルスの種族特徴を如実に反映した、それこそ他種族基準なら女性の背丈と見紛うくらいシロップは細くて小さくて、それこそ軽自動車のような印象がある。

 それなのに身長をネタにからかってくるとは、なかなか小憎らしい性格設定ではないか。


「むぅ……!」


「ははは、ごめんよ。僕の想像よりホントに小さい、あんまり変わってなくて、つい」


「こちとらまだ小学生ですよ!?」


「小学生? それは何だい? 初等学校の生徒という意味かな?」


「しまっ……、そ、そうです」


 ザラメは失言に焦った。

 ドラマギのNPCは“この世界にないもの”を認識せず、基本的には理解してくれない。

 あくまで“ゲームの舞台上の住人”であるからして、ゲーム外について認識して理解するようにはできていないし、そうであってはならない。


 しかし異変以降、NPCは技術的特異点シンギュラリティを起こしつつある。

 不必要な刺激を与えて、バグや特異点化を誘発するようなことはなるべく避けたい。

 作劇人形のシロップがその枠組を越えてしまってはさらに状況は悪化しかねないからだ。


「そうか、君はあれから学校に通ってたんだね。素晴らしい、きっとひとりで生きていくだけでも大変だったろうに知識の研鑽を怠らないとは」


「い、いえ、それほどでも……」


 ログイン三日目で学校生活なんて何もこの世界で経験してないのだけど、ザラメはこれまでの現実での小学生としての実体験をほめられたようにおもえて、つい照れてしまう。

 すると不意になぜか、どこか苛立った様子でシチが言葉した。


「無駄話は後にしろ。約束の金をまず払え」


「……ああ、ごめんね。私としたことが生き別れの妹との再会がうれしくて、つい」


 ――無粋なやつに水を差されて不愉快だ。

 そう言いたげなシロップ・トリスマギストスの威圧感は凄まじいものだった。


 Lv12の錬金術師というのは現状、lv11までのレベルキャップがあるプレイヤー単独では到達しえない高みにある訳で、このデスゲームと化したドラマギの舞台上で、そうした強者と無闇に敵対することは命あるプレイヤーにとっては愚かなことだ。


 まだLv4しかないザラメなど到底、成す術もないわけで、とても生きた心地がしない。

 だというのに、シチは命知らずだ。


(……ああ、命知らずじゃなくて、そもそも命がないんだっけ……)


 不穏な空気の中、こうして取引は開始されるのだった。

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、いいね、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。


※2024.11.01 挿絵を追加いたしました

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