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059.闇取引

 地下水路を無事に切り抜けた先に待っていたのは広大な空洞と闇市場だった。

 地下空間に建造された広場としてはここまでの狭苦しさがウソのように広く、野球場ひとつ分くらいはありそうな敷地には煌々と光が灯っていた。


 その地下にしては広い空間に、所狭しと商店や住居らしき迷宮と同じブロック製の簡素な作りの建物が並ぶ。

 行き交う人々はお互いに挨拶したりなどせず、多くは目深いローブなどを着込んで素性がわかりづらいようにしており、この場所の後ろ暗さを物語っている。


 ちらっと路地裏に視線を流せば、スリでも働こうかと企むような目つきで人魚のシチを観察する少年少女らの姿があり、油断するとフラスコ瓶のザラメはそのまま盗まれかねないような状況下だ。

 しかし無法地帯にも独自の権力者がいるらしく、その配下であろう武装した悪漢たちが大手を振って見回りをしているのを見ると、スリの企みは立ち消えてしまったようだ。


 盗賊人魚のシチは目立たないよう人魚秘伝の魔法薬を使い、人間に化ける。

 人化の魔法薬は一日に合計して数時間だけ適応でき、解除はいつでも、変身はそのたびに少量を再服用するという仕組みだ。


 ホムンクルスであるザラメも人間に擬態する種族であるし、どうもこの世界、人間に化けることを必要とする場面が多い気がする……。


「シチくん、ここでわたしを換金しようってわけですか」


「肯定する」


 そうとだけ答えて、シチは裏通りへと入って幾度も道を曲がって歩いた。

 地下街の陰鬱な空気感――。


 しばらく進むうちに、やがてザラメはひとつ違和感に気づく。

 この地下街は“街”なのに“人”がいないのだ。


 いや、正しくは、“プレイヤー”が皆無というべきか。人間はすべてNPCのようだ。


(第二帝都には千人規模のプレイヤーが滞在してるはず……。でもここは見るからに危険地帯、いつもならともかく、異変で命が危ないときに留まる場所じゃないのかな……)


 そう考えた時、ここは悪質なNPCで溢れかえった無人の街ということになる。

 真夜中の廃墟化した遊園地の、さらにお化け屋敷にでも迷い込んだような心地だ。

 悔しいが、こうなると今は誘拐犯のシチだけが頼りだ。


(……可能性があるとしたら、先回りして仲間が潜入している、とか……)


 シチのアジトで発信することができた情報を元に、どうにかして仲間たちがこの地下街に到達しているという可能性は十分に考えられる。

 巨額の人身売買なんて闇取引どこでも気軽にできるものではない。必然ここが候補地に挙がり、情報収集の網が張られていることまでは期待できる。


 しかし盗賊人魚のシチの詳細な所在まではわかりようもなく、広大な地下空間から偶然に見つけ出すことは不可能だろう。

 なにか手がかりを残すにしろ、下手なことを試せる状況下ではない。


「……黒騎士さん、助けに来てくれないかな」


 ぽそり、と弱音を吐いて、ハッとする。

 シチに余計な情報を与えてしまったのではとザラメは不安に襲われた。


「……ああ、“あいつ”か」


「え、黒騎士さんのこと知ってるんですか!? なんで!?」


「冒険者ギルドで目撃した。ホムンクルスを奪取する上で最大の障壁だった。密航後、黒騎士とお前が離れて孤立する機会が巡ってくるまで待つしかなかった」


「あの時から……!」


 午前中、出港前に冒険者ギルドで依頼についてやりとりをした時だ。

 ザラメの正体についてNPCの冒険者が勘ぐっていた時、偶然か必然か、そこにシチが居合わせていてホムンクルスの人身売買を思いついたのだろうか。

 そうだとすれば黒騎士について把握して警戒しているのは当然か。


「黒騎士は助けに来ない」


「なっ、どうして!?」


「もう手遅れだからだ」


「え!?」


 それはつまり、もう目的地に到着してしまったからだった。

 地下街の片隅にある、巨大な崩れた石碑のある広場が取引現場だった。

 ここに至るまでの道すがらに武装した警備らしき連中を見かけたが、この石碑の広場へと邪魔者を侵入させないための監視役だったのか。


 広場には二種類のグループが待ち受けていた。

 そしてザラメの知識による修正補助がすぐさまその面々について理解させる。

 

 『盗賊ギルド』

 『帝都錬金術協会』


 盗賊ギルドは仲介人だ。

 “売り手”と“買い手”の仲介を行い、円滑な闇取引の成立を補助して仲介料を得る。

 この取引現場の提供や警備、買いつけの情報告知は盗賊ギルドの仕事だろう。


 もし仲介人を用意しない直接取引の場合、闇取引ではいとも容易く“相手を騙して奪い取る”“難癖をつけて条件を捻じ曲げる”といった悪辣な裏切り行為が可能であり、またそれを警戒してなかなか取引が成立しないといったことが考えられる。


 そこで第三者である仲介人を利用すれば、お互いに不信感を払拭できるわけだ。

 ありがちな“高い金を払って取引した後、帰り道で殺して回収する”なんてことをもしやれば大組織である盗賊ギルドの顔に泥を塗ることになり、報復を受けることになる。


 立場こそ中立の第三者といえるが、ザラメにとって一番厄介なのはこいつらだ。

 多額の仲介料を得ることが目的なのだから取引不成立では困るわけで、万が一にもザラメの味方になったり見逃してくれる道理はないだろう。


(なんか、ヤバい人までいるし……)

 

 盗賊ギルド大幹部 セサミ・ゴードン[Lv11]。

 いわゆる“ネームド”NPCだ。


 重要人物として設定されるNPCにありがちな高レベルにザラメは目眩をおぼえる。

 銀灰色の大鎧を着込んだ体長2mはあろう見るからに屈強な白山羊の獣人が特大の戦鎚を軽々と肩で支えている様は、プレイヤーであるザラメにこう強烈に印象づけてくる。


 逆らうのはやめとけ、と。

毎度お読みいただきありがとうございます。

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