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057.シチくんは美しいものがお好き

 第二帝都パインフラットには大小の河川や水路が張り巡らされている。

 夜の帳が降りた帝都の川面は街明かりを反射してうすぼんやりと輝いてみえる。


 またもやザラメは水の中、フラスコの中で目覚めることになった。

 盗賊人魚のシチの荷物として、彼に捕まった状態でだ。


 ホムンクルスの自然治癒力のおかげで最低限の活動ができる体力があるようだが、万全には程遠く、しかも水中とあってはやはり無駄な抵抗は難しいだろう。

 ザラメが必死に抵抗すれば、シチはまた容赦なく行動不能にしてくるだろう。


 とても心細い――。

 静かな夜の川面の下で、ザラメは白い小狐の体躯を丸めて縮こまって過ごす。

 ここは泳ぐ牢獄だ。


(……帝都。周囲に人がいる? でも、まだ救助を求めるのは無理かな……)


 あきらめず、焦らず、チャンスを待とう。

 ザラメはくじけそうになる心を奮い立たせ、囚われの時間をやり過ごす。


(これは賞金目当て……わたしをだれかに引き渡しにきたのかな)


 夜闇にまぎれてシチは水路を移動する。

 やがてシチは暗くて狭い下水道へと侵入する。

 水質は露骨に悪くなり、濁った水は視野を閉ざす。フラスコの中には水も空気も侵入してこないとはいえ、見てるだけで臭いってきそうな汚水だ。


 それを躊躇なく泳ぐことができるシチは異常だ。通常のNPCもまずドブ川には入らない。

 botだからこそ、そうした苦痛や嫌悪を度外視して行動できるのだろうか。


(本当に、機械みたい……)


 下水道は地下通路――言うなればここもまたダンジョンとして設定されている。

 第二帝都パインフラットの地下水路は、石積みの壁面に迷路のような入り組んだ構造を有しており、実際ここは“地下水路の迷宮”として冒険の舞台に指定されている。


(まぁ……人気ないそうですけども)


 暗くて汚くて不安定な水場が多く、それでいて採取ポイントなどが少なく稼げない。

 臨場感のあるフルダイブVRだからこそ、不快感の強いここは好まれるわけがなかった。


(……つまり、隠れ家にもってこい、なわけですか)


 やがてシチは上陸すると、浮き輪のような水の輪を纏って浮遊して地下通路を進んだ。

 ほとんど光源のない中、迷いなく進むのは人魚の暗視能力のおかげだろう。


「……ザラメ・トリスマギストス。意識が戻ったようだな」


「え! あ、HPが見えてりゃそりゃわかりますか……」


「抵抗は無意味だ。反抗の意思を認めた場合、再度お前を戦闘不能にする」


「し、しません……。おとなしくしますから」


「それでいい」


 盗賊人魚のシチはそれっきり黙って、フラスコを腰に着けて地下通路を進む。

 シチはbotだからか、受け答えが淡白だ。

 今時、普通のNPCだってもっと感情豊かなのに、そこがどうにも不可解だ。


(力づくでなんとかなりそうにないし、今できるのは会話くらい……。シチは情報管理がちょっと疎い。もうちょっとなにか聞き出せるかも……)


「シチ、シチ」


「……」


「ねえ、シチくん」


「……くん? それは不適当な呼び方だ」


「だってシチくん、きみはわたしと同世代か年下の男の子ですよね? シチさんが希望ならそれでもいいですし、敬称略で呼び捨てするほど仲良しでもないし、小学校ではいつも男子はそう呼ぶからこれでいいんです」


「……そうなのか」


「そーなんです」


 ザラメは腰の位置からシチを見上げているので顔つきはよく見えない。

 どうせ無感動な澄ました顔つきだから注意深く見ても参考にしづらいのだが。


 ……至極どうでもいいが、美少年の造形をこの角度から仰ぎ見るとチラチラと脇のくぼみが目につく。人魚の美しい幻想に忠実であるためか、ゲーム的なクセのない造形だからか、彫刻のように脇はつるりとしている。

 人魚を人魚たらしめるのは下半身の魚部分なのだけれど、人魚の美しさはむしろ上半身の人部分あってのこと。


 魔法の水の輪が薄っすらと淡い光を帯びているために、薄暗い地下通路では他に見えるところもないのでザラメはしげしげ上体を観察しながら言葉する。


「シチくん、もしかして“美しいもの”が好きだったりしません?」


「……意図がわからない質問だ」


「よくよく考えると人魚の種族を選択すると必ず美少年っぽくなるわけじゃない、と思い出したんですよ。海の戦士でござい、ってワイルドな人魚像の方がマーマンの基本といいますか。要するに平均値からズレた美的感覚のこだわりが透けて見えるんですよね、シチくんのルックスやコレクション趣味には」


「……気のせいだろう」


「あ、ごまかしの理屈が思いつかないんだ」


「……外見はゲームを優位に進める要因のひとつになる。NPCもプレイヤーも判断基準として自己の趣味趣向を反映させる。美術品は高く評価され、美貌は相手の油断を誘うことができる。実用上の価値だ」


「じゃあ誰もやってこない秘密の隠れ家を、綺麗に飾りつけておくことに何の意味が?」


 シチは沈黙した。

 核心を突く指摘、クリティカルヒットのようだ。

 そしてその沈黙はザラメが思っていたより長く続いてしまった。


「……あの、シチくん?」


「別に」


「べつに?」


「別に、それが私の役割を遂行する上での不都合な要素にはならない」


「じゃあ、お認めになると。シチくんは美しいものがお好きだと」


「……肯定する」


 シチの言葉には少し、歯切れの悪さがあった。

 彼なりに思うところがあるのだろうか。

 心のない機械と言い切るには、それはどうにも人間めいてみえた。


 このままどうにか情に訴えて見逃してもらえないだろうか、等と画策してると……不意に暗闇の中に「カササッ」と蠢く小さななにかの音が聴こえた。


「も、もしかしてネズミ……!」


「そのようだな」


 ザラメは無防備なフラスコ状態のまま瓶の中で新たな恐怖に襲われていた。


 ネズミがいかに人間にとって危険か、という話ではない。

 小動物めいた幻獣態のザラメの大きさはほとんどネズミと同程度に過ぎない。それが無数に襲ってくるとしたら、体感的には人間大の猛獣が何十匹と襲ってくるようなものだ。


 しかもそれがこのゲームにおいて、列記としたエネミーとして用意されている……。


 暗闇に潜む殺人ネズミの蠢く音は、すぐそこへ迫っていた。

毎度お読みいただきありがとうございます。

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