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056.人海戦術

▽『 』


「先回りだと? そんなことが可能なのか!?」


 黒騎士は観測者であるあなたの献策に驚きの声をあげた。

 他のクランに間借りした会議室は言うなれば仮のザラメ誘拐事件対策本部と化しているわけだが、冒険者は被災者の寄せ集めにすぎないので警察のまねごとは難しかった。


 船頭多くして船山に登る、という言葉があるように、むやみに観測者のコメントすべてを精査せず取り入れるわけにもいかない。


 例えば、

▽「ここでこうしちゃいられない! 今すぐ助けに行こう!」

 なんて発言がたびたび散見されるも、どこにいるかわからないのだから意味がない。


 注目の事件になってしまったが為に、一般人である観測者の素人考えのアイディアが飛び交ってしまうことは無秩序に飛び交うことは避けられなかった。


 そして漆黒の重騎士である。

 彼、もとい彼女はそれほど頭脳明晰を売り文句にしているわけではない。

 武勇には優れるが、PCの性質的にも資質的にも突出した知恵ものではなかった。


 本来その軍師や参謀の役目を、ザラメが担っていたのだ。

 黒騎士のそばに控えるドワーフのアガテール夫妻とて、気立てはよいがただの食堂のおやじと奥さんなので完全に作戦立案なんて専門外だ。


「隠しダンジョンに海を泳ぐ人魚の盗賊たぁ、夜中の海を探し回るのは無理だよなぁ」


「ザラメちゃん、きっと怖くてしょうがないわよね……」


「くそうっ、どうすりゃいいのか皆目検討もつかねぇ!」


 であるからして、観測者の一人としてあなたは熟考した献策を行った。

 あなたにも私生活でやるべき仕事や家事があったであろうが、今はやむなくそっちのけにして時間を割いてのことだ。


▽『 』


「……なるほど。確かにお前の言う通り、先回りと待ち伏せは有効そうだ」


▽「え、どゆこと?」


▽「んだから2億5000万DMなんて大金まず普通にそこらでホムンクルス売り払っても手に入らないんだよ。売却先に先回りして待ち伏せすりゃ話が早いってこったろ」


▽「ははーん。でも買い手ってだれよ」


▽「それをこれから探そうぜって話な」


▽「さんがつ」


 問題は、超高額懸賞金を用意できる買い手について、観測者には知る術がないことだ。

 ゲーム内固有の情報収集はNPCと接触できない観測者にはほとんど不可能といえる。


 こういう時、昔から探索ゲームではNPCに聞き込みしてまわるのが常套手段である。

 闇雲にもみえるが、ここで重要なのは今回は人海戦術が可能だということだ。

 さながら大捜査線となりそうだ。


「……そういうわけだ。そちらのクランにも手の空いてる人員を、情報収集にまわしてほしい。手数だが、頼めるだろうか」


 黒騎士の申し出に、クラン『名称未定』の代表ローランド・ダナゥはどう反応するか。

 不気味な木製の仮面で表情が読めないために、どう反応するかは察しがつかない。

 彫刻刀で仮面を彫る作業を止め、ダナゥは返答する。


「俺はもう寝る。もう八時をまわってやがる。手伝いたいやつは好きにすりゃいい」


 各自、自由意志での協力を認める。

 ――と言ったところか。


 仮面の男ダナゥは気だるげにあくびを噛み、そのまま「じゃあな」と言い残してクランの専用部屋を出ていこうとする。おそらくこのまま隣接する宿屋で就寝だろうか。

 いや、そう見せかけてなにか秘密裏に動くことも考えられる。


「……感謝する」


 黒騎士の言葉に、仮面の男は「別に」とだけ返した。

 そこから一時間少々、観測者伝いで「2億5000万DMの買い手」等の情報収集を各クランに呼びかけ、黒騎士らはそのとりまとめをじっくりと行った。


 観測者であるあなたは細かやに随伴設定をスイッチングすることで冒険者がいかに情報収集にあたったのかを直に見ることができた。

 協力する冒険者にもそれぞれ度合いがあり、例えば多くはリスクや手間の少ない市街地の商店や酒場での浅い聞き取りを行う程度であった。


 それでも百人近くの人員が同じ情報を追い求めれば、効率は段違いによかった。


「ねえさ、ホムンクルスの賞金について知ってる?」


「じつはホムンクルスの儲け話の噂を聞いたんだけど……」


 そうやって得た浅い情報を、さらにユキチ達別働隊や積極的な協力クランが洗った。

 当然、空振りすることが大半になるが、そこも人海戦術の強みで補える。

 短時間に試行回数を山ほど積めるのだから名探偵は必要ない。


 情報屋と接触すべく喫茶店で合言葉を告げる。


 盗賊ギルドに潜入すべく変装して潜り込む。


 はたまたよく当たると噂の占い師に聞きに行く者までいた。


 そうして複数の情報ソースを元に、確実といえるまでの情報をついに得ることができた。

 黒騎士は冒険の書のイメージ描画機能を使い、構図をホワイトボードに投影する。

 ザラメ、シチの顔写真を中心として関係図が書きつけられていく。

 

『仲介人:盗賊ギルド大幹部 セサミ・ゴードン』

『買い手:帝都錬金術協会会長 ドライセン』


 大物NPCの名が記されたことに捜査本部に居合わせる一部の冒険者がどよめいた。


「知ってるのか?」


「知ってるも何も! 肩書の通りだよ! セサミは巨大犯罪組織の支部長だぞ!?」


「そりゃ大物ぬきに莫大な賞金が動くわけもないか……」


「帝都錬金術協会は帝国直下の組織だよな? ということは後ろ盾は国家かよ……」


 クラン『名称未定』の面々は一気に意気消沈した様子だった。


 巨大犯罪組織と国家直属の研究機関。


 この異変後の、自分の生命が常に危険に晒され続ける状況下において、それらに楯突くことが何を意味するか想像すれば、普通はそうだろう。


「……協力は十分。ここまでのこと、感謝する。ここからは自分達で解決するさ」


 漆黒の重騎士はそう述べて一礼すると会議室を去ろうとする。

 一方、ドワーフの夫妻はぽかーんとしていた。


「お、おい、どうすりゃいいんだこりゃ……」


 困惑する夫のドンカッツの後頭部を、妻のエビテンがパシンと叩く。


「どーするもこーするもありません! ちいさな子が連れ去られて怖い目にあってるのに、平然と見捨てるのはおとな失格だわ! ザラメちゃんが売り飛ばされて実験台にでもされて死んじゃったらどーするのよ!」


「ぐ、ぐうう、気の強いやつめ。だがその通り、だなぁ」


 夫妻もまた勇んで黒騎士の後を追った。

 たったレベル4の冒険者には見るからに無謀そうにみえるが、平均レベル7の『名称未定』のクランメンバー達はそれを黙って見送ることしかできなかった。


 観測者であるあなたには、その“差”がわかる気がした。

毎度お読みいただきありがとうございます。

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