055.ザラメ誘拐事件対策本部の設営
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観測者であるあなたが目撃できたのはここまでだ。
ザラメ・トリスマギストスの安否確認はできたが、やはり単独での脱出は困難な様子だ。
誘拐犯である盗賊人魚のシチ。
その目的は、2億5000万DMという超高額賞金を得ること。
同じ誘拐でも“身代金目当て”ではない点が非常に厄介であることは明白だ。身代金誘拐は被害者側にコンタクトを取るという多大なリスクを負うが、今回の場合、誘拐犯はザラメを探し求めている黒騎士らと一切コンタクトを取る必然性がない。
ザラメが自ら連絡をつけ、いくつかの情報を引き出してくれたことはとても大きい。
状況は大きく前進した。
なによりまず、まだザラメが生きているという点が重要な事実だ。
捜索者側にはそれすら不明のままだったのだから、ようやく希望の灯台が見えたのだ。
しかし難題が山積みだ。
冒険者クラン『死者蘇生の秘法をさがして』の総勢八名はまず下船後すぐに第二帝都の冒険者ギルドを2班に分かれてたずね、情報を収集した。
そこへザラメの連絡が届いた為、今現在は冒険者ギルドにて対策を練っているところだ。
「魚の骨の迷宮だぁ? 聞いたこともねぇなぁ」
等と、NPC冒険者は隠し迷宮の所在を知っている素振りはなかった。
逆に少しでもホムンクルスという単語を口にすると聞き耳を立てていた連中が目の色を変える始末だ。
2億5000万円の賞金については情報の不正確さはあっても、どうも噂になっている。
どこかのだれかがホムンクルスを探し求めている。そういう儲け話として。
つまり、死体漁りのハゲタカのように“獲物”としてザラメを認識するNPCが一部に散見され、闇雲な情報拡散はできない状態だ。
その一方、冒険者――同じ被災者でもあるプレイヤーの大半は賞金など目もくれず、ザラメの話を聞けば「わかった! 見かけたら教えるよ!」といった好意的反応を示した。そうでなくても無関心どまりで賞金には興味がなかった。
なぜか。
早い話、ほとんどのプレイヤーにとって超高額賞金は無価値だったからだ。
所詮はゲーム内通貨である。
安全第一に自己生存を最優先するプレイヤーにとっては余計なトラブルの種でしかない。
逆に、脱出を目指して登録者数を稼ぎたい攻略勢のプレイヤーにとっては悪行を重ねてまで軍資金を調達することはデメリットが大きすぎる。
反対に、もしザラメを救助したり、捜索に協力するだけでも観測者の好感度が稼げる。
システム上、だれか困っている人を助けよう等と善行が評価されるよう仕組まれている
その結果、第二帝都ではPC対NPCというゆるやかな対立構図ができていた。
「漆黒の騎士団の皆さん、こちらへどうぞ。うちのクランの会議スペースに案内します」
全面協力を約束してくれていた第二帝都滞在の冒険者クランのひとつ。
そのクランメンバーの申し出を受けて、黒騎士とドワーフ夫妻は大部屋に通された。余計なNPCを遠ざけるには確かにクラン専用の区画が望ましい。
冒険者ギルド側がクランに専用のスペースを与える場合、それ相応の功績と実力があり所属契約を結んでいることが条件となるはずだ。
その優遇措置を得るだけの、有力な冒険者クランということである。
冒険者クラン『名称未定』。
クラン名を“まだ決めていない”から名称未定というのはわからない話でもない。
異変の際、ドラコマギアオンラインの約99%のプレイヤーは強制ログアウトされている為、ほとんど既存のクランやパーティは瓦解し再編されている。
この三日間のうちに再結成されたクランだとすれば、まだ名前も決まっていないという急場しのぎぶりも納得できる。
クラン専用の区画もほとんど内装はプレーンな状態で記章やイメージカラーもない。
もっとも急場しのぎぶりは『死者蘇生の秘薬をさがして』も笑えた話ではない。
案内してくれた冒険者の少女はレベルが3、弱い。雑用係だろう。
会議室にいる『名称未定』のメンバーは全員で七名、うち一人を除いては観測者であるあなたの目からみて特筆に値しない普通のプレイヤーに見えた。
普通、といってもそれは“推奨基準レベル7”の第二帝都パインフラットにおける普通であるから、レベル7前後ということだ。なかなかの戦力といえる。
そしてクランの代表――。
仮面の男は“黒魔術師レベル10”の、今現在のドラマギでは最上位級の冒険者だった。
不気味な木彫りの仮面――。
魔法剣士らしく軽装の防具を着こなすが、腰に帯びた得物は片手斧だった。
斧は威力に優れるが命中精度が下がる。愛用者は少なくないが、やはり剣や槍には人気が劣り、玄人好みな印象がある。
名は、ローランド・ダナゥ。
二つ名は“雷霆”、そして“竜嫌いのダナゥ”だと他の観測者がコメントする。
仮面の男は気だるそうに椅子に座って、工作刀のようなもので自分の仮面と同じものを木材から切り出す作業をしていた。
黙々と、机の上に木くずとを散らしている。
「代表、漆黒の重騎士様とその一党をお連れしました。漆黒の重騎士様、こちらは私達のギルドのリーダー、ダナゥ様です」
「手元が狂う」
「……はい?」
「あと少しなんだ。挨拶は後にする」
「は、はい。……そのようなわけで、どうぞお気遣いなく、この場をお使いください」
困惑する雑用係をよそに、仮面の男ダナゥは作業に徹する。
「……では、悪いがこの場を借りる」
漆黒の重騎士は鉄仮面の下に素顔を隠したまま無愛想に返事して、会議室の長大な机の端に座って、そのまま観測者との妖精契約語のやりとりに専念する。
つまり、ふたりの仮面の最上級冒険者はお互いを無視して自分のことをはじめた。
その謎めいた状況に、それぞれのクランメンバーは妙な沈黙に支配されるのだった。
お互いへの興味がない。
あるいは、その必要がないのか、仮面の男たちは互いを無視して没頭した。
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