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054.2億5000万DMのツチノコ

 情報弱者というのは異変後のドラマギにおいては観測者という情報インフラを使いこなせていない人達が当てはまるだろう。

 盗賊人魚のシチは、そもそも観測者から情報を一切得ていない様子だ。


 ザラメにとっては想定外。

 すべての冒険者はXシフターを含めても観測者を情報源として生存戦略を立てているものとばかり思っていたが、なぜかシチはそれを行っていないのだ。


(一体なにを考えてるんですか、この人……)


 理解できない。

 その理解できない相手の唯一理解できる一点、財宝コレクションへの執着以外はもうザラメには優位性はなにもなかった。


 観測者を通じて黒騎士ら仲間に連絡がついたとて、水中洞窟の果てにある迷宮のどこともしれぬ小部屋まで、すぐさま駆けつけられる道理がない。

 コレクションを破壊するという人質作戦がいつまでも長続きする保証はなかった。


 ……交渉しかない。

 ザラメは不本意ながら人質に銃口を突きつけた立てこもり犯になった心地で応対する。


「わたし! ザラメ・トリスマギストスは仲間の元への無事の帰還を要求します!」


「却下する」


「なぜです!? ご自慢のコレクションがどうなってもいいんですか!」


「優先順位はホムンクルスの確保が優先される。破壊が不可避の場合、必要な損失として判断される。……ソレは、私にはどうでもいいものだ」


 希少品棚の黄金のアイテム達を見やって、盗賊人魚のシチはそう一蹴した。

 無感動な眼差し。

 言葉通りに受け取れば、何の思い入れもないという言動と表情は一致してみえる。


 不安になるが、しかし行動としては即座にコレクションへの損害を無視してザラメを攻撃するという選択肢をとっていない以上、やはり強がりやウソの類いだろう。

 そこを指摘するとこじれかねないので、ザラメはスルーして。


「では、わたしの身柄を必要とする理由をまず教えてください。まさかコレクションとして一生飾っておこうだなんて理由じゃないですよね」


「否定する」


「じゃあなんです?」


「金銭目的だ。ホムンクルスの生け捕りには多額の報酬が見込まれる」


「報酬!? いくらです!?」


「2億5000万DM」


「にお……」


 ザラメは絶句した。100DM=10円の換算レートにして、2500万円。いや、もう外部課金ができない今のドラマギではそのまま2億5000万DMを額面通りに受け取るべきだろう。

 途方もない額面だ。ここにある金製品のコレクションの十倍以上の価値になる。

 それは天秤にかけるまでもなく、ザラメの確保を最優先するのは道理だ。


「ちょ、待ってください!? なんで私にそんな無茶苦茶な懸賞金が!?」


▽「なに? 大海賊にでもなったの?」


▽「昨日見つかったUMAのツチノコの懸賞金じゃん」


▽「ザラメちゃんツチノコだったのか」


「誰がツチノコですか!? いや、自分でもわけわかんない謎生物だなホムンクルスって思ってますけど! ……え、ツチノコ見つかったんですか!?」


 ザラメは衝撃の気になるニュースを不意に告げられて驚嘆し。


▽「ごめん冗談だよ、まさか信じるとは思わなくて……」


 とすぐに騙されたことを知ってザラメは落胆した。


「いや、別に本気でツチノコ信じてるとかそういうわけじゃないですから、ええ……」


▽「こゆとこ小学生」


▽「ほーん、世界観設定上はホムンクルスは希少らしいから超高額懸賞金がつくのも理解できない話じゃねーな。3.5周年アプデ追加種族のスノーマンとマーメイドも希少種だから一般のNPCでは見かけないし、需要あるのかもな」


 ザラメは頭痛がひどくなるのを感じながら、苛立たしげに片耳を指先でこする。

 ホムンクルスの獣耳は手触りがよく、精神的に落ち着きたいときや考えごとをしたい時はすりすりと内側のふかふかした白毛やくにくにした先端につい触れてしまう。


「……では、シチさん。あなたはわたしを懸賞金目当てで売り払う為に連れ去った、ということでいいんですね」


「肯定する」


「……この状況下で、ゲーム内の金銭を稼ぐために誘拐や人身売買をやらないといけない理由がわかりません。一体なぜ、そこまでする必要が?」


「ゲーム内通貨をより多く収集する。それだけだ」


「……は? それだけ?」


 ザラメには本当に意味がわからず、空恐ろしくなってきた。


 盗賊人魚のシチ。

 一見して流麗な海の美少年という造形とは裏腹に、その内面はまさに暗岩地帯のようだ。

 公然と無表情で、他人を金のために売り飛ばすことを宣言する心理がわからない。


▽「……botか?」


 ある観測者の不意の一言。


「……“bot”とは? 不正プログラムのbotのことですか?」


 ザラメはまさかの可能性を示唆されて、しかし納得できる気がした。


▽「シチはリアルマネートレード用のbotかもしれない」


▽「RMT? 規約違反の犯罪じゃん」


▽「ごめんどゆ意味?」


▽「ゲーム内で活動してアイテムや通貨を稼ぎ、それを欲しがるプレイヤーに現金で提供する迷惑行為がリアルマネートレード。それも地道に手動でやるんじゃなくて、大半は不正なプログラムを走らせてやるやつ。VRゲーム世代じゃ絶滅してんだけどもさ」


▽「絶滅? なんで?」


▽「フルダイブVRゲームや仮想現実は生体認証を必須化して不正なbotを排除してある。高度化したAIでも例外なく排除できるセキュリティに守られてる」


▽「じゃあこいつ何なんだよ」


▽「わからない。でも行動目的は完全にbotと同じだ」


▽「薄汚い全自動集金マシーンってわけかよ」


 最初から金銭目的の犯罪ツールとして存在するのだとしたら、シチの言動はある程度はザラメにも理解できるものになってきた。

 最優先事項としてゲーム内のアイテムと通貨収集を行うよう命じられて実行しているのだとしたら、それは観測登録を稼いで生存を維持することより優先されうる。


 シチにとってドラマギの“運営”が用意した新たなルールは無価値であり、冒険者としてもXシフターとしても他と同じ行動を選ぶ必要がまるでない。


 シチには守るべき“命”がない。

 シチには守るべき”命令”がある。


 その命令は異変後、もはや意味をなしていないとしてもだ。


「……シチ、今現在、このドラコマギア・オンラインは外と切り離されています。あなたがゲーム内のアイテムや金銭を収集する意味は、もうないんです」


 ザラメの問いにシチは無感動に答える。


「私は命令を遂行する。それがすべてに優先される」


 空虚な眼差しだ。

 ザラメはこれほどに冷酷で純粋な瞳を観たことがなかった。

 ゲーム内のNPCでさえもっと人間らしく振る舞えるものを、シチには舞台上のだれかを演じる必要性もないのだろう。それが異質すぎた。


 竜と魔法の舞台とは一切交わることのない、金と不正の違法プログラム。

 この狂った、あるいは狂いなき機械の敵をどうすればいいのか。

 そうやってザラメが必死に思考を巡らせている最中、さらなる予想外の出来事が起きた。


 めまいだ。


(しまっ……)


 ずっとザラメを蝕んでいた謎の体調不良が、ここにきて精神的動揺が引き金になったのか、ほんの数秒、ザラメの意識をぐらつかせたのだ。


 盗賊人魚のシチが俊敏にして正確無比な“盗み”によってザラメの杖を奪い取る。


 直前にナイフを捨てていたが、アレはそもそもザラメを相手する上で不要だったのだ。


「ぐっ」


「戦闘不能にする」


 シチの尾ひれは繊月を描いて、ザラメの顎を打ち上げていた。あまりにも速すぎる。

 サマーソルトキック。

 シチは武闘家lv7という圧倒的な接近戦での優位性を無慈悲に発揮する。


 魔法の水の輪を纏い、まるで水中を泳ぐように宙空を移動できるマーメイドの格闘術は流麗にして獰猛であり、痛烈な打撃はすぐさまにザラメの耐久力を奪い去った。


「かはっ……ッ!」


 意識が消し飛ぶ――。

 頭部への痛恨の打撃が、いわゆる“ピヨリ”を、一時的な気絶を誘発した。


 ザラメは痛みに身悶える間もなく、奪われた杖で強打され、戦闘不能に陥った――。


 そして観測状態が非公開になった。

毎度お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一難去ってまた一難。 ザラメちゃんのピンチに何もできないのが歯痒く感じるほど。 シチの目の描写に、恐ろしさが伝わってきました。 ザラメちゃんの無事を願っています!
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