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053.盗賊人魚とのお茶会 【挿絵アリ】

 魚の骨の迷宮、そのどこかにある安全地帯の小拠点にて。


 ザラメと人魚は“お茶会”を催していた。


 希少品棚のアイテムを人質として杖をかざすザラメのやり口はマフィア映画じみていた。

 実際どこかで見た気がする一場面を真似ているに過ぎず、ここから先どうすればいいかだなんてザラメは場馴れしていなかった。


 一方、人魚はどこか沈着冷静というか落ち着いているようにもみえた。


 改めて確認すると、盗賊人魚のキャラクター造形は人魚の美少年であった。

 しなやかで細身の体つきは優美で儚げにみえる。光沢を帯びた美しい魚の下半身は尾ひれの先まで幻想的であるが、金色の濡れ髪もまた艶めいてみえる。

 黄金のコレクションの所有者である彼自身が、寡黙な美術品のようであった。


挿絵(By みてみん)


(とにかくまずは観測者登録をオンにして――)


▽「ザラメちゃん! 無事なの!? 今どこ!?」


▽「黒騎士さんに伝えてくる!」


 必要最小限のコメントだけ拾うが、実際はこんな数ではない。今現在のザラメは観測登録者数【73】であり、しかも誘拐事件の影響かピックアップされている様子だ。

 よって周囲には数十の小さな光点が灯り、部屋がだいぶ明るくなった。


 小妖精の付随する数の多さに、人魚は少しだけ驚いた様子を見せるが言及はしてこない。


▽「状況を教えて! すぐに救助に向かうって!」


「第二帝都近郊に岩礁地帯があります。その奥まったところに水中洞窟があって、潜って進むと隠し迷宮があって、その奥底です。で、誘拐犯と交渉中です」


▽「つまりどこ!?」


▽「このマーメイドが誘拐犯か……」


「情報はこちらに。あとは少々、この盗賊人魚さんとのやりとりに専念します」


 ザラメは冒険の書の自動イメージ描画機能を使い、情報を列記しておく。

 観測者との会話に専念しすぎると相手の反撃のチャンスを生みかねない。

 妖精契約語に応えるのは最小限にして、盗賊人魚へとザラメは意識を集中させた。


 盗賊人魚――。

 ザラメが看破した冒険者のステータスで主技能にあたるのはやはり盗賊だった。


【盗賊lv8】【武闘家lv7】【建造術師lv6】


 このハイスペックを、マーメイドという種族で有する冒険者というのは異常だった。

 マーメイドの実装は3.5周年記念のアップデート時点だ。まだ実装一ヶ月も過ぎていないというのに、上位勢の入り口くらいの高スペックなのだ。


 資産力も凄まじい。

 重課金勢か、並外れたプレイングをしていないと集められない財宝を有している。

 NPCでもない。ちゃんと冒険の書を所持している。


 PC名は『シチ』。

 観測者の話では「漢数字の“七”」か「質屋の“質”」か「死地」か、はたまたスープ料理か、なんて憶測が飛び交うもそこはどうでもいいことだろう。

 ザラメにとって第一に重要なのは、盗賊人魚のシチはXシフターなのか否かの判別だ。


「単刀直入にお聞きします。シチ、あなたはXシフターですか」


「否定する。Xシフターではない」


「なぜXシフターではないと断言できるのか、説明をしてくれますか」


「逆に聞く。Xシフターとは何だ?」


「……はぁ!?」


 ザラメは想定外の返答に思わず叫んでしまった。

 このドラマギに囚われた冒険者すべてにとって最大の脅威であるXシフターをまだ知らないなんて、どんな状況下でここまで過ごしてきたというのか。


 この盗賊人魚が今この段階で、一匹も小妖精の光を携えていないことにふと気づく。

 単なる観測の非公開設定でも説明できるが、もっとシンプルな理由だった。


 盗賊人魚の観測登録は【0】だ。

 異変後まだ一度も公開状態にしていないとすれば、この極端な情報格差にも説明がつく。


 しかしそうなるとかえって意味がわからない。

 異変後のドラマギにおいて観測登録が0のままであることは本当の死に直結する。


 あえて登録0の非公開状態を維持することで足取りを消しての隠密行動か。

 運営のメールを読んでおらず気づいていない、新月の審判日に削除されても構わないと考えている、そういったところが想定できる。

 ……とザラメについてる観測者のみなさんが早くも入れ知恵してくれている。


▽「とにかくXシフターじゃなければ脅威度は下がるね。プレイヤー共通の敵がいることを教えれば誘拐なんてしてる場合じゃないとわかってくれるかも」


▽「もし人魚がXシフターなら今頃、黒い観測者といっしょになってザラメちゃんどう料理するかで盛り上がってそうだもんな」


▽「ホント何者なんだ、こいつ……」


 妖精契約語は、原則として観測公開状態かつ話しかけている相手にしか伝わらない。

 あまりやりとりしすぎると、相手には独り言ばかり喋っているように見えかねない。小妖精のことを認識できている様子はあるが、とかく本人に事情を聞くのが先決だ。


「Xシフターは敵です。冒険者すべての敵です、シチさん。Xシフターはプレイヤーを殺害可能な変異体であり、三日前の異変から確認されています。シチさんは私達と同じ風魔船に乗っていましたよね。あの時の、亡霊騒動を起こしていたのがXシフターに変異したレイドボスでした。……シチさんは、わたしを殺害しうるXシフターですか?」


「……そういうことか」


 人魚は淡々と回答する。

 それは異常なまでに素直でどうでもよさそうだった。


「肯定する。私はXシフターだ」


「なっ!?」


 ザラメは驚愕のあまりに杖をうっかり取り落としそうになり焦った。

 孤立無援の状況下でXシフターと直接対峙しているとしたら、まさに絶体絶命の窮地だ。銀剣の殺人鬼の悪夢を思い返せば、それだけで恐怖による震えが襲ってくる。


 盗賊人魚は殺人鬼なのか。

 そうであれば、財宝を破壊するというザラメの人質作戦も意味がなくなる。

 次の瞬間、いきなりまた喉笛を切り裂かれていたとて不思議ではなくなってしまった。


(やぶ蛇だ! 聞かなきゃよかった……!)


 後悔が渦巻く。嫌な想像が心中を駆け巡る。

 心臓が高鳴り、冷や汗を流す。あの妙な体調不良までぶり返してきた。

 ザラメは自分の避けがたい死に方を、どう回避するかと苦しさに負けず考えた。


 そして気づく。

 盗賊人魚のシチには何ら、依然として変化がないことに。


「……殺意が、ない?」


 無感動。

 そのダイアモンドのような美しい人魚の瞳には意志の光がないように思えた。

 銀剣の殺人鬼の眼差しがギラギラと暗闇に妖しく鋭利に輝いていたのとは正反対だ。


「本当に、Xシフターなんですか……? いえ、証拠を見せろとは言いませんけど!」


「肯定する。Xシフターだ。ザラメ・トリスマギストス。ひとつ警告する」


 盗賊人魚は真顔で言葉する。


「気分が悪いときはゲームを中断してログアウトを行い、休息を取れ」


「……はぁぁぁ!? それができれば苦労しないんですけどぉぉぉーーーっ!?」


 ザラメは絶叫せざるをえなかった。

 煽り言葉ならずいぶん皮肉が効いている。しかしそうではない。

 盗賊人魚は、まだ異変後のルールというものを根本的に理解していないのだと直感する。


 その正体はまだわからない。

 でもこれだけはわかった。


 盗賊人魚のシチは、情報弱者だ。

毎度お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] うん?つまり異変後に一度もログアウトを試しておらず、なおかつぶっ続けでプレイ可能な状態…異変前から現実の体を完全介護されており、連続ログイン制限のようなものも元のドラマギには存在しないという…
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