052.金色の偶然
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貴重品棚を格納したブロック金庫の内側から次第にもやもやと煙が漏れ出していく。
ライターで加熱された香木が少しずつ煙を吐き出す。
ブロックを組み合わせた金庫には僅かな隙間があり、空気が内外に流動している。燃焼する酸素も、発生する煙も、隙間を通じて内外を移動する。
もし自慢のコレクションケースが白煙をあげていれば誰だって確認を急ぐはずだ。
外の状況はわからずとも、いずれは気づいてブロックを解除せざるをえなくなる。
(内側から解けないパズルは出題者に解かせればいい。我ながら天才では?)
当然、ブロックを建造魔法で作成した謎の人魚はこう考えるはずだ。
『一体どうやってライターを使ったのか?』
ブロック金庫の内側に、人間が活動できるだけの広い空間はない。
ザラメは人間態になることができず、錬金術も冒険の書も使うことができない。
ではどうしたのか。
答えは単純明快、幻獣態と人間態の“中間”を活用することにした。
つまり、幻獣態を保護しているフラスコを変化させて人間態になるという理屈を応用すれば、フラスコの一部分を人間態の一部分に変化させることもできるはずだ。
暗闇の中、ザラメはこの例外的応用変化を練習した。
はじめは手間取ったが、すぐにフラスコの底面から人体の掌を生やすことに成功した。
(我ながら気味が悪い……)
さながら蜘蛛のようにして。
ザラメは掌だけを這い回らせて、貴重品棚の中を蠢き、ライターを回収した。
そして敏捷の香木をライターで炙り、煙を発生させたのだ。
完全にゲームの仕様を逸脱した裏ワザめいた変化の活用術に見えるが、冒険者ギルドで寝ぼけている時に変化が不安定化していたことをザラメはちゃんとおぼえていた。
(そして変化できるのは人間態だけじゃない……!)
ホムンクルスの幻獣態は人を化かす動物に類する。猫や狐に似るわけだ。
その変化の幅は人間態のみではない可能性を、ザラメは点火前に確認していた。
万能ではない。
しかし静止物の形状や質感、色味を真似るだけならばシンプルなものなら可能なようだ。
例えば粗雑な石ころに化ける程度はやってみたらすんなりできた。
だが希少品棚に石ころがあっては不自然だ。
かといって、精巧な造形の金製品に化けようとしても複雑すぎて細部が真似できない。
絢爛豪華な金の盃はどうしても雑になり、腕時計に至っては文字盤の針が動かせない。
その場にあり、シンプルで、二つ同時にあっても違和感をおぼえない金製品とはなにか。
(……これならいける?)
こうして、ザラメは複雑な紋様や形状がないシンプルなとある金製品に擬態した。
あとは煙が充満するのを待ち、ブロック金庫が解除される瞬間に備えた。
ちなみにフラスコは密閉容器である為にザラメは煙の悪影響を受けない。もし酸欠になる状況下ならば、そもそも水中を長時間運ばれている間にとっくにHP0になっている。
――ほどなくして。
計画通り、ブロック金庫の解除がはじまった。
ザラメはほんの一時間たらずのうちに自力で再び外の光を目にすることになった。
「ホムンクルスが、いない」
人魚は香木とライターへの対処を優先している様子。
お互い、煙で見えづらい状況下だ。注意がそれている間に、ザラメは脱出の機会を探る。
「どこに……?」
人魚は慎重にひとつずつ金製品を中心に飾った希少品棚を確認していく。
まさかザラメが変化しているという発想に至る道理はない。きっと棚のどこかに潜んでいると判断したのだろうが、どのアイテムの陰にもザラメの姿はない。
こうした変化や変装は“見破る”ことが状況次第では可能だろう。
しかし、煙の視界不良と匂いによる妨害、じっくりと一品ずつ鑑定をかける時間的猶予は“この中にいる”という確信がない以上、ないはずだ。もし行方不明のホムンクルスがすでに外に逃げている場合を考慮すれば、、ここで悠長にはしてられない。
何十点ものアイテムを人魚は確認していく。
ついにその冷たい視線がザラメの擬態したソレに注がれた時、ザラメは息を呑んだ。
(……き、気づきませんように)
人魚の美しい瞳の光沢に、ザラメの擬態したアイテムが映る――。
それは金色の丸みを帯びた球体――。
純金の玉だ。
さくらんぼのように二つが並んだ、純金の玉だ。
ザラメは金の玉に化けていたのだ。
純金の玉には複雑な紋様がなく、形状はシンプル、そして二つ在っても違和感がない。
目玉が二つあって違和感がないように、球体が二つ並ぶことはなんとなく自然だ。
もし不自然だとしても、黄金の盃や黄金の腕時計といった品々を除外していくと消去法で唯一この金の玉が一番マシだったのだから他にやりようがない。
(たまたまこれしかなかったんですよね、たまたま……)
とにかく純金の玉になりきるしかない。
ザラメは必死に、金の玉を演じた。
「逃げられたか……?」
人魚は金の玉への擬態に気づかず、後方を振り返って小拠点の内部を見回す。
そしてブロック金庫を再び閉ざそうという予備動作を見せた。このまま再度閉じ込められては元々子もない。
この瞬間しかないと、ザラメは人間態へと瞬時に変化して杖を構えて脱出した。
「動かないで!!」
「ッ!?」
不意打ちは成功した。
動揺する人魚は腰に帯びた短剣に手を伸ばすことをザラメに阻止されてしまった。
俊敏さは相手が上回っている。
レベルの低い後衛職のザラメには正攻法では勝ち目がない。
しかし今、ザラメは相手の“弱点”を人質にとっていた。戦術的勝利だ。
「武器を捨て、降参してください。従わなければコレクションを爆破します!」
「……従おう」
人魚は短剣を遠くへと投げ捨て、建造魔法も止めて無抵抗の意志を示す。
【数陣問題の建造】は開閉に時間がかかる。ブロックを操作して閉ざすことを完了するまでは数秒とはいかない。
一方、ザラメが希少なアイテムに大損害を与えるのには五秒とかからないのは明白だ。
1000万DMを越える自慢の金品を人質にとられて、迷いなくザラメを攻撃できるか否かは人魚の価値観によるだろうが、その見極めは正しかった。
この脱出と逆転は、ザラメの勇気と知恵の賜物だろう。
「よほど大事なのですね、この金銀財宝が」
「……」
「返答を」
「大事だ」
「よろしい。このまま少々私とお話しましょうか、人魚さん。さぁ、席について」
「……わかった」
小拠点に備えつけられた椅子にお互い、睨み合いながら着席する。
ザラメは杖を、まるでライフル銃でも突きつけているかのように、あるいは爆弾の起爆スイッチでも握っているかのように注意深く握りながら逆の手で椅子を引いた。
「では、お茶会と洒落込みましょうか、盗賊人魚さん」
緊迫の空気が漂う中、人魚はこちらへ質問を投げかけてくる。
「……どこにも隠れる場所はなかった。どこに隠れていた?」
返答するべきかザラメは迷う。
別に答える義理はないし手の内をひとつ明かすことになるが、相手に対して一方的に質問するような態度をこちらが選ぶのも考えものだ。
隠し事が多ければ多いほど、相手はこちらへの警戒を強める。
もし破れかぶれになってコレクションの損害を無視して交戦を覚悟されると不利なのは未だザラメの方である。
二度同じ手はどうせ通用しないだろうし、ここは警戒を薄めるために話しておくとする。
「コレクションのひとつに擬態してました。お気づきにならなかったようですけど」
「……? 一体、どのアイテムに擬態していた?」
人魚は困惑している様子だった。
ザラメは勝ち誇るようにして、希少品棚の一角に輝く黄金の球体を指さして。
「金の玉ですけど」
と言ってのけては不敵にくすりと笑った。
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