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050.ミオの置き土産

 【第二帝都:魚の骨の迷宮】【推奨レベル:8】

 水中洞窟を通り抜けた末に辿り着いた鍾乳洞はいわゆるダンジョン迷宮だった。


 正体不明の人魚のリュックサックにフラスコを縛りつけられた状態のザラメは視界の制約上、人魚の進行方向の反対側しか確認することができていない。

 しかし事前にここが何なのか、どういう地形なのか、どんな魔物が潜んでいるか、といった本来知り得るはずのない知識をザラメは備えていた。


(チュートリアルを除けば、本格的な迷宮に入るのはこれが初めてなのに……)


 ダンジョンとは、そもそも何か。

 ものの本によれば、ダンジョンとは『地下室』あるいは『地下牢』を意味している。

 西洋の古城の地下には堅牢な作りの空間があり、そこに財宝が眠っている、怪物が潜んでいる、拷問が行われている、囚人が囚われている、そういった秘密の在り処とされた。


 ゲーム文化におけるダンジョンは城塞の地下空間という概念に囚われず、天然の洞窟、古代の遺跡、鬱蒼とした密林、そういった危険に満ちつつも“なにか”が待ち受けている冒険の舞台として認識されている。


 『魚の骨の迷宮』

 なぜそう呼ばれるのかは一目瞭然だ。


 この水と岩の迷宮を彷徨っている魔物の大半が、言葉通りに死んだ魚類であった。

 水中や陸上を、骨だけの魚類が大小ふよふよと泳いでいるのだ。

 さながら白骨だけの水族館である。


 魔物としての強弱は様々なれど、とにかく数が多くて戦う以前の問題だ。

 ここは人喰いサメやピラニアが跋扈する水槽に等しく、もしザラメが今すぐ人間態になったとしたら一斉に生きた生物の血肉を求めて、魚の骨たちが殺到する。


(……うう、嫌な想像ばかり、頭に浮かぶ)


 指先に食らいついた無数の骨の小魚が、ザラメの指先を少しずつ食い千切っていく。

 豪快にバクっと大型で獰猛な魚に胴体をかじられる方がまだマシだろう。

 即死することもなく、生きたまま小さな捕食者に可食部を削り取られていくのだ。


 ――無論、これは想像にすぎない。

 冒険者は【亡骸の過保護】によって死体が損壊しない。シオリンがそうであるように、仮に死んだとて指先ひとつ完全に元の形状を保ったまま死亡状態に陥るはずだ。

 Xシフターのような殺害可能な者と遭遇しなければ、戦闘不能状態だけで済む。


 そういう意味では、残虐な死に方を想像するのはザラメの杞憂なれど。

 しかしこれが冒険の書に守られないNPCならば、この想像は現実のものとなる。


(……魚の骨の群れは、人魚を攻撃せずにいる……)


 何の理由もなく、迷宮の魔物に攻撃されず素通りできるのは不可思議なことだ。

 魚の骨はいずれも知能が動物と同じ水準だ。

 船幽霊と違って何者かに命じられた駒でない以上、このタイプのエネミーは他のエネミーやNPCにも襲いかかる。この人魚は察するに、その例外らしい。


(まず存在に気づくことが難しい天然自然の難所。潜水を経由して辿り着き、さらに魚の骨たちが待ち構えている。難攻不落のダンジョン……。これ、シークレットダンジョンっぽい……?)


 シークレットダンジョン。

 隠し迷宮という名の通り、ドラマギには世界中に隠された迷宮が点在している。

 カジュアルに遊ぶ場合それらシークレットダンジョンを探し回る必要性はないが、本格的に遊ぶ場合は、こうした前人未到の隠しダンジョンは攻略目標のひとつとなっている。


 隠しダンジョンの発見と攻略は、シークレットアイテムや成長の鍵の入手につながる。

 そうした本来は胸躍る大冒険の舞台は、このデスゲームを強いられた異変後のドラマギの、それも完全に身動きも封じられて連れ去られている状況下では何も喜べやしない。

 むしろここに偶然だれか訪れるといった可能性は限りなくゼロになった。


 これほどの隠し迷宮にノーヒントで辿り着くのは不可能だ。

 ザラメは己がいかに孤立無援の状況下にあるかを、その高い知力ゆえにじっくりと教え込まれてしまい、気が滅入る思いだった。


(でも、わたしはここを知識として知っている……)


 隠しダンジョンをあらかじめ知っているのは不可思議なことだ。もしザラメと同水準の知識力があれば誰でも知っている、なんて程度のものは隠し要素として成立していない。

 ごく限定的な、なんらかの条件づけを満たしているはずだ。

 ザラメ・トリスマギストスが魚の骨の迷宮について事前に知りうる、なにか。


(魚の骨、海、迷宮、人形……)


 じっと考えた末、ザラメはある結論に辿り着く。


(……澪ちゃん?)


 マーメイドのミオ。心桜の友達の、澪の作った冒険者。

 ザラメ・トリスマギストスにとって唯一人魚にまつわる要素であり、直接にザラメがミオとこの隠しダンジョンについて語らったことがなくとも、それを“人魚と深い仲ならば、この冒険者はこの知力ならば知っていたとして不思議でない”とゲーム側に判断されたのだとしたら、この知識を修正補助が与えることが考えられる。


 マーメイドの実装はホムンクルスと同じく3.5周年のアップデート時であり、この隠しダンジョンもその時あるいは異変後に追加されているとしたら誰にも見つからず、同時に、ザラメだけは知り得たとしても合理的説明がつく。


(……不思議です。澪とわたしがゲームで遊べたのはほんのすこしの時間だけど、ザラメとミオはもっと長い付き合いだったのかな。別に、親友ですってゲーム内設定を決めたわけじゃないんだけど、AIはそう判断したのかな)


 これは大きな糸口になるかもしれない。


 【ザラメ・トリスマギストスは人魚にまつわる知識を、親友ミオから教わっている】


 この特別な知識を有する可能性を、ゲームは示唆してきた。

 この友人の置き土産を、なんとか活路を開くきっかけにしなくてはならない。

 ザラメはまた一つ、心細い迷宮の闇を照らす灯火を得ることができたのだ。


(迷宮知識が正しければ、たぶん、そのうち居住空間に辿り着くはず……。人魚だって住処は必要だから、どこか魔物がいない安全地帯があるはず……)


 ザラメの読みは当たった。

 迷宮の片隅に、自然地形にそぐわない人工的な迷宮壁で覆われた小部屋があった。

 こうした小部屋を作成する建造魔法を用いて、過去に誰かが作成した拠点ということだろう。丁寧に魔除けとなる結界の光石で四方を囲われている。


 人魚は陸上に上がって、魔法によって水の輪っかを浮き輪みたいにつけて空中を遊泳しながら小部屋の中へと入っていく。


 迷宮の安全地帯の小拠点――。


 頑健なブロック壁で形成された拠点には、人間が快適に滞在するためのベッドや家具があり、収納棚や宝箱といったアイテムを保管するための備えがあった。

 冒険者の携行できるアイテム量には限りがあるので、こうした設置型のアイテムボックスを冒険拠点に用意することは常套手段である。

 このような建造物を生成する魔法は、錬金術師とも操霊術師とも神官とも技能が異なる。


 【建造魔法】

 【建造術師ビルダー


 設定上、この世界に散らばる無数のダンジョンには建造魔法が関わるとされている。

 偉大な過去のダンジョンビルダーこそが現代の冒険者を一番に苦しめる宿敵である。


 この絶海の地下牢ダンジョンは、監獄であり、宝物庫でもあるようだ。

 リュックサックに縛りつけられていたザラメのフラスコを外して、人魚は丁寧な所作でゆっくりと貴重品を並べた棚へとフラスコを安置した。


 プレイヤーであるザラメはルール上、アイテムボックスに格納できないからだろう。

 もし、このまま棚に安置されたまま人魚がこの場を去れば脱出の機会がある。


(チャンス……? いや、でも、ちがう、今じゃない)


 ザラメの直感は正しかった。

 次の瞬間、人魚はある魔法を行使することで貴重品棚を隠して隔離したのだ。


「【数陣問題の建造】」


 その魔法は、たちどころに金属の大小のブロックを出現させて複雑に組み合わせた。

 “謎解き”に正解しないと開けられないパズルによって対象を閉ざす封印魔法だ。


 ザラメはとっさに人間態に戻ることを考えたが、すぐにあきらめた。

 ザラメは今、金属製の立方体パズルの中に閉じ込められようとしている。


 もし、小さな棚ひとつを覆う程度のサイズの金属製六面体パズルの中心部の空洞に、いきなり生身の人間が出現したらどうなるかを想像すれば、あきらめるしかなかった。


(金庫の中に大事にしまわれちゃった、ということですか……)


 ザラメはパズルが組み上がり、完全なる封印に閉じ込められるのをじっと我慢した。

 断片的に差していた室内照明の光が、ついに完全な暗闇に閉ざされる。


(……次に光を目にするのは、いつかな)


 ザラメは今、鋼鉄のパズルの中にいる――。

毎度お読みいただきありがとうございます。

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