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047.第二帝都の安寧

 夕暮れも過ぎて日没後、ようやく第二帝都が遠くにみえてきた。

 甲板上から望遠鏡を使って眺めてみれば、帝都を名乗るだけの大都市ぶりがよくわかる。

 夜闇に煌々と輝く光の街。

 ザラメにとって馴染みある現代社会にしてみれば見慣れたものだが、夜を忘れたように明かりのついた煌めく夜景の街というのは壮大でありつつ懐かしくもある。


 はじまりの港に五倍はあるだろう規模の第二帝都パインフラット。

 ここは異変初日に大きな災害もなく、津波も“防いで”やり過ごしたといわれている。


「……防ぐ? 津波を? 自然災害ですよ?」


 ザラメは当然の疑問を抱いて言葉にすると、すぐに観測者が調べてくれた。


▽「なんでも防災用の魔法障壁が施してあるらしい。海が荒れた場合、波を打ち消す障壁を作り出すことで防波堤の代わりにするんだとか」


「はじまりの港にはそのシステム用意できなかったんですか?」


▽「消防団みたいに防災用の魔術師を雇ってるみたいだね。災害への備えには人も物もお金がかかるってのはゲームの設定でも同じなのかな」


▽「単に震源地から遠かった説もあるぞ。はじまりの港は揺れが大きくて、こっちは小さかったから被害が少ないんじゃねーか?」


「あー……、津波は地震のせい、ですからね」


 ザラメはひとつ疑問を抱く。

 震源地がはじまりの港付近だったということは、その震源地で“何か”があったはずだ。

 小学生でもわかる地震のメカニズム、地盤のズレとかいうやつだ。


 しかしここはVRMMOの舞台上であるからして、地震の正体が現実とまったく同じという確証もなければ、地震計なり何なりで高度な測定が行われているわけでもない。

 もし“何か”があったとしても、逃げ惑う一般市民に等しい立場のザラメにはそれからまず距離を置くことの方がより先決だろう。


▽「第二帝都にはプレイヤーが多い。千人くらいは滞在してるらしいよ」


「規模に比例して、はじまりの港の五倍ですか……。私達のようにクランを組んでる人達も多いのでしょうか」


▽「大半は安全第一で都市の避難所に固まってるかな。Xシフターの出現報告があったけど、もう討伐されてる。固まって相互監視していればXシフターにも少ない犠牲で対処できるってことらしい」


「……犠牲、あったんですね」


 Xシフター『銀剣の殺人鬼』に殺されかけたのはつい数時間前のことだ。

 プレイヤーの中に潜む、裏切り者。

 依然として、新たな殺人鬼との遭遇はいつでも起こりうるのだろうとザラメは覚悟する。


「冒険者側の犠牲者について調べてわかったことをユキチくんに教えてもらったんですけど、やっぱり、死亡するまでに稼いだ観測登録は0にはなってませんでした」


▽「どゆこと」


▽「ユキチくん有能」


▽「マルセーヌの死亡時の観測登録は【32】で以降変化なしなわけだね」


▽「32は余裕で下位1%は越えてんなぁ」


「ユキチくんの考えだと、もし死亡状態に陥ってもそれまでに十分な登録数を稼いでいれば“新月の審判”を乗り越える可能性が高い。積極的に活動した方が死亡リスクは上がっても“新月の審判”をクリアしやすくなる。かえって何もしない方が危ないかも、と。そういう運営の意図があるらしいんですよね……」


▽「はー、運営だる。何考えてんだろね」


▽「その“運営”ってのもドラマギの管理会社じゃないからな。完全に乗っ取られてる」


▽「そりゃ営利企業が課金サービス止められて損害賠償ボム食らってまでデスゲームやる意味ねーし。ゲーム会社も被害者だわな」


▽「残念だけど考察も諸説ありますどまりでキリがない。外部の考察だけでは憶測や妄想の域を出ないよ。ごめんねザラメちゃん」


「いえ、こちらこそ、いつも心配してくれてありがとうございます」


 ザラメは改めて第二帝都の夜景に目を向けた。


 ――きらきらと輝いている。

 都市文明の輝きだ。


 もし、この第二帝都でおだやかに過ごそうと思えば、それだけでもうザラメは新月の審判を乗り越えられるだろう。

 下位1%という“削除”の条件は脱しているし、警戒状態の冒険者の集団を崩すのはXシフターとて容易ではない。


 自然界の狩りを例にした時、ライオンなどはまず群れの弱い個体を狙うし、そうならないように草食動物は集団で固まって過ごす。もし襲われたとしても、群れの一部は犠牲になるが、全体が全滅することはない。


 第二帝都に滞在する千人もの冒険者にまぎれていれば、ザラメはきっと安全だろう。

 しかし死亡した冒険者の登録人数が0にならない以上、まず間違いなく、このまま死者蘇生の秘法をみつけられなければ親友の詩織は新月の審判で下位1%になってしまう。


(……生き残ってる人にとって、それは少しでも自分が助かりやすくなるってことで……)


 ザラメは気づいている。

 死亡者が発生するたびに少しずつ、生存率が上がるという仕組みの恐ろしさ。

 きっと第二帝都ではXシフターによる死亡者が発生するたびに、自分が襲われることへの恐怖と共に、自分以外が脱落したことへの安堵を、避難者は感じたはずだ。


 全員がそうではない。

 しかし登録者数が最底辺に近い弱者ほど、そう感じざるをえないはずだ。

 ――であるならば。


『余計なことをしてくれるな』


 そう死者蘇生の秘法さがしについて考えたとて、おかしくない。

 蘇った死者は自動的に、生きているだれかの生存枠を奪うことになりかねない。

 そうしたことを考えた時、ザラメにとって第二帝都の千人余りの冒険者の多くは潜在的には敵に近いのが現実だ。


 ゆるやかなれど、直接に殺し合うわけではなくても、デスゲームを強いられているのだ。


(……今のうちにまた寝ておこうかな)


「すみません、一度寝ておきます。接岸したら忙しくなると思うので今のうちに」


▽「ん、ああ、おやすみザラメちゃん」


▽「めっちゃ寝るよね、今日だけで四回目か?」


▽「食事とって寝るのがHPとEPを回復する一番安価で信頼できる方法だからね。幽霊騒動で消耗しちゃってるし、ホムンクルスは睡眠での回復が早いのが強みのひとつだし」


▽「寝る子は育つ」


▽「育って“コレ”か?」


▽「むしろちっちゃいままでいて」


 なんぞ好き勝手なことを駄弁る観測者らに一礼して、ザラメは一等客室でぽてっとベッドで横になる。隣のベッドにはシオリンが寝かせてある。

 死体操術なりで動かすのには術師のユキチに負担をかけるので移動の必要がない時はシオリンを動かさないことにしている。


 死んでいるのか、寝ているのか、曖昧な顔つきだ。

 すやすやとした寝息がなく、肌はほんのり血の気が薄く、脈拍もないのだから確実に死んでいるのだけれど、これはゲーム上の死亡状態にすぎない。


 今、白姫宮 詩織の意識がどうなっているのか、それはわからないのだ。

 ――たぶん、自由に活動できないだけだと信じているけれど。


「……詩織、見守っててね」


 薄ぼんやりとした気分の悪さがつづいている中、ザラメはひとりのベッドで寝るのがイヤで、誰も見ていないのを確認すると、シオリンのベッドにこっそり移動した。


 ……ぬくもりはない。

 今はそれでもいい。


 人間態の擬態を解いて、フラスコの中に収まった幻獣態になるとザラメは就寝した。

 死体と白い小狐入りのフラスコ。

 ちょっぴり奇妙な寝姿だけど、ふたりきりなら気にすることもないだろう。

 そう、ふたりきりならば……。


 --------------------------


 波音に目覚めた時、ザラメは夜の海中にて、遊泳する魚群とすれ違っていた。

 水面から差している月明かりに濡れて、銀鱗が白く美しく輝いていた。


(……? いや、ちがう、ここは……)


 海の中だ。

 ザラメはフラスコに閉ざされたまま海の中にいた。

 なにか大きな背負い袋に紐でフラスコが縛りつけられて固定されている。


(え……!?)


 フラスコの中を小狐のザラメがあわてて振り返ると、そこにあったのは優美に水を打って泳ぐ尾びれだった。

 人魚姫。

 いや、姫とは言わずまでも、それは美しい人魚の下半身だとすぐにわかった。


 クラスメイトの澪が選んだPCの造形にそっくりだったからだ。


(わたし、人魚に誘拐されてる……!?)


 幻獣態では冒険の書の起動もできず、誰とも連絡がつかず、フラスコの中ではいつもどおりの魔法もなにもできやしない。

 もし人間態に戻っても、水面が遠いこの水中では即座に溺れてしまうだろう。

 このまま水中で行動不能に陥れば、それは死んだも同然だ。


 ザラメは孤立無援の中、夜の海をフラスコに閉じ込められたまま遊泳する。

 不思議と、寝る前におぼえていた体調不良だけは和らいでいたが……。

 訳もわからないまま暗い海の中、フラスコにひとりきり。


(どうしよう、どうもできない……)


 ザラメはこのままどうなるか不安を抱きつつ、人魚の行方を見守るしかなかった。

毎度お読みいただきありがとうございます。

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