005.「では、また明日」
◇
BOSS戦が終わろうとしていた。
残り火の燻るアーチ橋の上には取り巻きの盗賊カワウソらの死体が転がっている。
少々同情したくもなるが、ゲームの設定上は人を襲って食らうこともある連中だ。襲われた荷馬車の残骸や白骨化した人馬の骨を見れば、可哀想という感傷も失せる。
その魔物の頭目である弁慶カワウソは奮闘虚しく満身創痍だ。
あらかじめザラメたち四人は綿密に作戦を立てて、注意すべき行動を先回りして潰しておくことに成功していた。
シローとミオの前衛コンビは相性の不利を織り込んで慎重に立ち回り、シオリンが傷つくごとに回復を欠かさず行うことで相手の攻勢を封じる。そして後衛火力のザラメが小火の術式を繰り返して、弱点属性で確実に削っていく。
[Lv.5]のBOSSだけあって[Lv.3]のパーティでは速攻撃破とはいかないが、それでも危なげない試合運びで勝利は目前であった。
「【小火の術式】ッ!」
これで決着がつく。
夕暮れ空の下、夕陽よりも赤々と燃える弾丸を錬成する。
この一撃で決着をつける。
そして報酬を得て、みんなでショッピングを楽しむ。それぞれ自分の家族がお夕飯を支度してくれているだろうからお買い物は夕食後になるだろうか。
VR美食もいいけれど、やっぱりお母さんの手料理が一番だ。
こんなに激しいバトルを終えた後のお夕飯は、きっと美味しいに違いない。
――なんてことを考えながら、ザラメは火の魔弾を練り上げ、打ち放った。
反動の強さに仰け反りながら、真っ直ぐに飛翔する火炎弾の炸裂をザラメは目撃する。
「決まった……!」
熊のように大きな図体の弁慶カワウソが黒煙をあげて轟沈する。
――勝利だ。
「わ! わー! やったねザラメちゃん!」
「あーあ、最後おいしいとこ持っていきやがってー。オレがズバッと決めたかったのに」
ぴょんぴょんと跳ねるシオリンと軽口を叩くシロー。
ミオは夫婦漫才よろしくシローをひっぱたきつつ、ザラメに一礼する。
「シローはだまっとれ! ね! 甘草さん! 白姫宮さん! ふたりのおかげでドキドキハラハラの大冒険が楽しめたわ! 誘ってくれてありがとうね!」
率直な感謝の言葉に、ザラメも照れながらぺこっと頭を下げ、むずがゆさに頬を掻く。
ミオは傷ついた尾っぽの鱗をカオリンに回復してもらう間、弁慶カワウソの骸を見やる。
「それにしても手強かったよね。あの薙刀が鎧越しに当たった時、血が出て、けっこう痛くってびっくりしちゃった……」
「痛覚設定は最小にしてあるんですよね? それでもかぁ……。すみません、わたし、後衛だからってふたりに痛い思いをさせちゃって」
革鎧の一部が壊れ、ミオの傷は側腹部を浅く抉っている。さっきまで血も出ていた。
ゲームだからいいものの、現実でこんな傷を負ったら一生残る。死ななくたって死ぬほど痛いはずだ。
『Draco Magia Online』のダメージ描写にはフィルタリング機能が働いている。
流血表現はあっても、ダメージで損傷した箇所は克明に描かれず、やや“あいまい”に表現される。一般向けの漫画やアニメでお見せできる程度なわけだ。
それでも、痛々しくて生々しい。
「だいじょーぶ! だってゲームだもん! 痛いのも苦しいのも大冒険のスパイスよ!」
ぺかーと笑顔で大見得を切るミオに対して、心配そうにしてたシローが悪態をつく。
「マゾかよ」
「はぁ!? 仮にマゾでなにが悪いのよ!? 泣きわめいてた方が良かったわけ!?」
「別にそれでもいいよ……。そんときゃオレがミオを守ってやればいいだけだろ」
「ばっ……か、かっこつけてシローのくせに!」
べちべちと照れ隠しに尾っぽで叩くミオ。痛がりつつどこか嬉しげなシロー。
少年少女の甘酸っぱいやりとりにはさまれて、ザラメとシオリンは互いににやけ笑う。
「ふぉっふぉっふぉっ、仲良きことは善きかな善きかな」
「こーゆーだだ甘さも嫌いではないですよ、わたし」
老夫婦が若人の恋愛事情を見守るような構図でほのぼのとする。
夕陽がまもなく山陰に消えていく。
(……そろそろお夕飯かな)
「じゃあ、今日の冒険はここまでにしましょうか」
「そうね! 今晩はエビグラタンだってママが言ってたからもー待ち遠しくって!」
「オレんち昨日のカレーだよ……」
「詩織んちはなんだろう? お野菜は少なめがいいなぁ……」
わいわいと夕飯談義でひとしきり盛り上がった後、ようやく解散の運びになる。
「では、また明日」
そう告げ、ログアウトしようとした時だ。
『Draco Magia Online』に激震が走った。
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