046.クラン給食
◇
くんくんと鼻をならす。
潮風でも死体でもない、この陰鬱な状況下でもなお食欲をそそられる匂いだ。
ふらふらと食堂にたどり着いたザラメ。
料理だ。
目が覚めるような、テーブルクロスを埋め尽くさんとする料理の山だ。
一体何事かとザラメは戸惑い、状況把握のために観測状態をオンにした。
▽「ザラメちゃんようこそ! 俺の推しの食堂へ!」
といの一番に告げられて、それで察した。例のドワーフの夫妻の仕業だ。
▽「腹が減っては戦はできぬ! 何も食わなきゃ弱っちまうんだろう? だったらどんな時でも食べて栄養補給だぜザラメちゃん!」
▽「アガテール夫妻は食堂経営者だったからね。生き残ってた厨房スタッフと力を合わせて食事を用意してくれたんだよ」
▽「ウマソース」
▽「カツ丼とえび天あるじゃん。世界観どうなってんの」
▽「そりゃ食材調達さえできれば舞台にない食文化の料理も作れるよ、元々ドラマギはVRグルメが売りのひとつだったし」
ザラメは騒々しさにも改めてびっくりした。
冒険者と観測者では、この世界の出来事への解像度がまるで違っている。NPCの惨劇を、ザラメは五感すべてによって認識しているが、観測者はあくまで画面越しの映像と音声だけである。
今回の場合、それが良かった。観測者らの大半にとってNPCの死亡はどうでもいいことであり、安否を気遣うのはザラメ達冒険者のことだけだ。
“現実に引き戻される”というのは一般に悪い意味で使われやすい表現だ。
けれどこの場合に限っては“現実に引き戻される”ことがザラメには救いだった。
「わたしお金ないんですけど、無銭飲食でかまいませんよね?」
なんて冗談めかしてみる。
ちょうどそこへ給仕服のドワーフのおばさん、エビテン・アガテール(神官/ドワーフ)がやってきて「ええ、こっちこそ命の恩人には払うツケが山盛りだわ」と盛りそばをどんと置いてくれた。
「……え、おそばも作れるんですか?」
「ふふ、フランス料理のガレットって知らなぁい? そば粉や小麦粉は古今東西で昔から食べられてる穀類なんだから異世界でもお蕎麦は食べられるわよ」
「そ、そうなんだ……」
ゲーム外の知識であるフランス料理のガレットというものについてはザラメの修正補助も働かず、自分では検索もできないので想像がつかない。
こういう時、やはり現実の自分はまだ知らないことだらけの小学五年生だと自覚する。
「いただきます」
天つゆにえび天つきを浸して、黒っぽいお汁に油がすっと花咲く。
サクッとまず一口食べてはぷりぷりの甘みに舌鼓を打ち、返す刀でそばをつゆにちょんちょんと浸してずずるっとすすりあげる。
和風だしにほんのりえび天のあぶらが絡み、そばの上品で淡白な味わいにほどよく背徳的な濃さが重なり合うと、ああ、得も言われぬ味わいで。
「……なんか、お家に帰ったみたいな味です」
ザラメはこういう時、夢中で食べきるよりまず写真を取っておくことを優先する。
まずは冒険写真広場へアップロードだ。
えび天そばを堪能するザラメちゃんの図である。
「ザラメちゃんったら今時ねぇ」
「人気ほしいですし、クランの宣伝も必要です。それにこうして写真をアップしとけば、だれかが家族に届けてくれるはずですから」
(……もし、わたしが死んでも、お母さんや澪ちゃん達にも記録を残せるし)
ネガティブなことは心の内にそっと秘めておく。
別に遺影を撮ってるつもりはない。仮に遺影にするならあくまでザラメの現実世界の姿を使うことになるだろうし。
しかし心配させまいと控えめに言ったつもりが、この程度の発言で、なぜかエビテンさんはうっすら泣いていた。
「え、あ、すみません!」
「ごめんねぇ、おばさん年だから涙もろくって。自分の子どもの小さい頃とつい重ねちゃって、うるっときちゃったのよ」
「は、はぁ……」
ザラメは目上の人に謝られるような経験が少ないのでまたもや困惑するしかなかった。
しかしなんだか悪い気分でもなかった。
「エビテンおばさんもいっしょに写真に映っていいかしら?」
「え!? あ、そ、そうですね、同じパーティの……仲間、ですしね」
「かわいく撮れるかしら?」
「それは……」
問われてみて、ザラメはエビテン・アガテールの容姿を再確認した。
印象としてはやはり同族のシオリンに似ている。シオリンの造形を、年齢を二回り加算したくらいだ。中年夫婦という前情報だったが、しかし五十代でお孫さんがいるというのはリアルの実年齢であって、ゲーム的には良くて三十代くらいにみえる。
人間基準では小学六年生くらいに見えなくもないが、同じドワーフ基準で比較するとより背が高くて老けてみえる。
日本人の成人が海外でティーンエイジャーに間違われるような感覚だろうか。
(……まぁ、若作りしすぎて痛々しいのもつらいけど、若くは見られたいですよね)
むしろ一切老け要素を導入しなくていいところを、加齢させているのはちょうどいい。
快活で性格も手伝って、いっそお客さんにモテそうなくらい愛嬌がある。
……いや、早くに結婚してるんだから魅力があって不思議でないか。
「撮りますよ。ぱい・なつ・ぷる」
独特な掛け声でパシャリ、またパシャリと食卓模様を撮影していく。
「あ! ずるい生徒会長! ひとりだけ先に食べてる! 撮影ならあたしも映る!」
ネモフィラがそう叫んでは強引に割り込んでくる。
バチバチにケモミミ美少女カンフースターなネモフィラの、エビテンさんを緑茶としたら炭酸グレープジュースくらい刺激的なルックスは絵的にうるさいの何の。
(このひと目立ちたがり屋すぎ……)
そうしている間に他のクランの面々もやってきて食堂は大賑わいとなった。
食事の時間というのは交流のよい機会だ。
ザラメは最年少なのもあって気後れしつつ、クランメンバーと談笑した。
充実した食事の一時。
学校給食のわいわいとした雰囲気をなんとなく思い出す。
それがザラメの恋しくてならない、つい数日前までの日常風景だった。
(……あれ、なんだろう、なにか)
食事の味にも、和気あいあいとした談話にも不満はなかった。
けれどなにか物足りない気がした。
軽いめまいのような、喉の乾きのような、よくわからないカラダの不調がつづく。
それこそ風邪のひき始めのような不安感にザラメは襲われていた――。
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