045.“本題”は俺ひとりで十分だ
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漆黒の重騎士とザラメ・トリスマギストスの旗揚げした冒険者クラン『死者蘇生の秘法をさがして』には課題が山積みすぎた。
今後の方針や行動についても考えねばならないが、一番はまず、風魔船のおびただしい乗員乗客の死亡者についての対処が求められた。
過酷な戦いで消耗している点については各自それぞれの回復手段でどうにか立て直した。
しかしNPCとはいえ船内の半数が死亡した異常事態は放置できない。
シンギュラリティを考慮すると、こうした状況を“単なるイベント”などと甘く見ることはできない。
生き残っていた老年の船長とまずザラメ・黒騎士は対面した。
「本当に、残念でならない。諸君らの活躍がなければ、私達は海の藻屑と消えていた。それだけならまだいい。きっとあの怨霊たちの仲間入りをしていたことだろう……。乗客乗員を代表して、諸君らに感謝したい。……ありがとう」
ザラメは老年の船長が帽子を脱ぎ、頭を下げるさまに少々動揺した。
NPCにしては本当に、人間じみているせいだ。年配の人に頭を下げられる経験なんて、小学生にはほとんどないもので困惑せざるをえなかった。
(とても、つらそう……)
生きるか死ぬかの瀬戸際にある時は、深く考えずに済んでいた。
こうして落ち着いて接すると、NPCの情緒をなんとなく読み取ってしまい、その共感によって自分の精神が暗く沈んでしまうのがわかる。
観測者らとの会話は、どこか元気づけてくれるようなものが多くて、ちょっとふざけているように聞こえても、そこに救われるものがある。
しかしNPCとの会話はまるで違った。
NPCはあくまでザラメたちをこの世界に生きる人間として扱い、ゲームに閉じ込められた被災者としては認識してくれない。
(ダメだ、空気に呑まれそうになる……)
どうでもいいことだ、とNPCの惨劇を一蹴できないザラメは言葉が見つからなかった。
それを見かねてか、黒騎士が一歩、前に出た。
「船長、悪いがこいつはもう休ませてやりたい。“本題”は俺ひとりで十分だ」
「本題……? 何です、それ」
「後始末だ。これから何十人分か、手分けして遺体の整理を行う。お前のことを無闇に子供扱いするつもりはないが、こういう胸糞の悪いことは年長者がやればいい」
「あ……」
それが必要と理解はしていたが、ザラメはまだ覚悟はできていなかった。
人が死んだ。
いっぱい死んだ。
戦いの最中には冷徹に“生き残るための手段”として死体の冥福を祈ったザラメは、今になってその気持ち悪さと重大さにめまいがした。
(こんなの、ただの錯覚なのに……)
平和な時代に生まれた現代人の少女にはとてもじゃないが受け入れがたい惨状だ。
【冥福の祈り】を使うために一時的に亡くなった祖母を想起してしまったザラメは、今その代償に、NPCの死亡による精神的ダメージを着実に食らっていた。
心臓が高鳴る。
もう呪いもダメージもステータス上は受けていないのに、苦しくて仕方なかった。
「……黒騎士さん、あと、おねがいします」
「ああ、根を詰めるなよ」
ザラメはよろけながら船長室を後にする。
いっそ大海原になにか吐瀉できればスッキリしそうだが、残念だが吐き気はなかった。
(……黒騎士さんだって、別に、死体に慣れてるわけでもないでしょうに)
最悪に近い滅入った気分の中、ザラメはありがたみを感じていた。
風邪を引いた時のつらさに反して、家族に気遣われるうれしさが際立つ。
(……なんだかお母さんみたい)
ああいう感覚で、ザラメはふらふらとやすめる場所を探した。
黒騎士のそばを離れるとすぐ、薄ら寒さをおぼえてしまった。
もう敵襲はない。
そう信じているし、もしあっても小規模なら対処可能なはずだ。
けれど、もし、今すぐそばを通り過ぎた船員の死体がゆらりと立ち上がったら。
けれど、もし、気づけば亡霊の白い腕がこの首にそっと触れていたら。
けれど、もし、あの悪夢のような銀の剣の殺人鬼が生きていたら。
これはありもしない妄想だ。
しかし強く刻まれた恐怖は有意義な警告としての役割を見失い、いたずらにザラメを苦しめはじめていた。
勝利の余韻も醒めてきた今、ザラメは、自分が常に死と隣り合わせだと痛感する。
船内に点在する“死”を横切って、ザラメは心休まるどこかを探し求めて歩いた――。
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ゆるやかに第二章スタートです。
ザラメの苦難多き旅はつづく……。