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042.ラストスパート

 銀剣の殺人鬼が盤上から退場した今、危機は去ったのか。

 否、死の恐怖はまだそこに在る。


 洋上の船舶に乗船していた罪なき人々を何十人と殺害したのはオキノムラサだ。

 Xシフターへ変異したレイドボスという強大さは言うに及ばず、銀剣の殺人鬼はあくまで状況を利用して逃げ隠れしながら冒険者を襲っていたに過ぎない。


 甲板上の冒険者は残りたった七名に過ぎず、ここまでは苦しい防戦を強いられてきた。

 ようやく反撃の機会が巡ってきたに過ぎないのだ。


「黒騎士さん! タイムリミットが迫っています!」


「ちっ、船ごと沈める例のやつか」


「ユキチくん! 呪力の分析できてますよね!?」


「い、いいい、今やってる最中だけど! うわっ!!」


 轟音をあげて甲板に打ち付けられる白い亡霊の巨腕を、ユキチはゴーストモニターを抱きかかえて間一髪で回避するも、これでは分析どころではない。

 続けざまに船幽霊がユキチへと飛来する。

 それを横合いから撃ち抜いたのはエルフの弓兵セフィーだった。


「ユキチを守る。それなら……」


「ぬんっ! 我が盾の守りに任されよ!!」


 大盾の重装戦士である竜人ガルグイユが雄々しくユキチの前に立つ。

 防御役のガルグイユを軸に、セフィーの弓矢とネモフィラの拳撃が援護する。ユキチを守るための連携陣形がすぐさま形成されていた。


「みんな! あ、ありがとう! 急いで分析を!」


「ふん、世話が焼ける」


 すかさず黒騎士が単独で突出することで注目を集めて、獅子奮迅の活躍をみせる。

 次々と強襲するシーゴーストや白い巨腕、さらにオキノムラサ本体の魔法攻撃と集中攻撃を受けるものの、これまで同様に尋常でない頑丈さと防御術で耐え抜いていた。


「七面倒くさいが……片っ端から殲滅してやる」


 まさに一騎当千だ。

 それでも単一ではレイドボスであるオキノムラサを撃破するには手数が足りない。


 白い巨腕は撃破しても時間経過により再補充され、本体を狙っても援護防御する。しかも本体である白いワンピースの亡霊少女は回復行動も行い、HPが半分以下になると物質透過を活用して逃げ回る。そして刻限になると何らかの手段で船ごと沈没させる。


 いかに黒騎士が強力無比であったとて、そもそも単独撃破はまず不可能なようにできているのが複数パーティで協力して討伐するレイドボス戦の設計なのだ。

 おそらくたった7名でレイドボスに挑むことは本来、想定されていない。しかもXシフター化によって強化されているのだから無理難題もいいところだ。


「“雷音の術式”! くっ、クソゲーすぎませんか本当に……!」


 ザラメも援護攻撃に参加するが、純粋な物量でジリジリとすり潰される感覚だ。

 それもこれも呪力の供給源を完全に処理できてなかったことが原因だ。


 オキノムラサ単独を撃破する手筈としては本来、ザラメは死体処理を徹底して呪力の供給源を断ち切り、万全の体勢で挑むはずだったのだ。


(だってのに、あんにゃろうが……!)


 銀剣の殺人鬼はもう死んだ。

 しかし最後の置き土産のように、Xシフターによる連続殺人を阻止すべく、急遽死体処理を中断して甲板へ駆けつけさせれたことが災いしている。


 まるで事件爆弾だ。

 それも赤と青のコードなんてベタな解除方法が用意されていないときてる。

 ユキチに分析させ、突き止めるように頼んだのは『舟を沈める方法』だ。どこかに呪力を集め、一気に解放するとしたら、それが本体と同一か、それともどこかに隠してあるかを確定させねばならない。


▽「ザラメちゃん、船内へ走って」


「え!?」


 観測者のささやきのひとつに、とても具体的な指示があり、ザラメは驚かされる。


▽「君ひとりならゴーストショールを装備してれば亡霊には気づかれない。戦力的にも今君がいなくても甲板はどうにかなる。だから今のうちに、倉庫に移動して」


「……そっか! オキノムラサは最初、倉庫にいた……! でも、確証は」


▽「確証はいらない。複数カ所に点在することでもしもに備えるんだ」


▽「ちょ、それって危険じゃん! あたし反対! ザラメちゃんひとりでだなんて!」


▽「そーだそーだ!」


▽「ユキチくんにシオリンを護衛させるよう命令してもらえばいいんじゃね?! ゴーストは死人にも反応しない! なにかあったら守ってくれるっしょ!」


 このやりとり、馴染みがある。

 最初期からザラメを応援してくれてたいつもの観測者さん達だ。


 倉庫にひとりで突っ走るのは正直、怖かった。

 やらねばならぬとわかっていても、ひとりは心細い。

 勇気と使命さえあれば死と孤独の恐怖に耐えられるなんて、たった十一歳には無茶ぶりもいいところだったけれど、どうやらそうではないらしい。


「……ユキチくん! 手の空いてるわたしひとりで倉庫に向かいます! シオリンを護衛につけるよう命じて!」


「え、え!? わ、わかった! ふたりとも無茶はしないでね!!」


「……ふたり?」


 ユキチは護衛命令を呪符に刻み、そしてザラメとシオリンの“ふたり”に走力増強の呪符をつけて送り出してくれた。


 急いで甲板を後にしていつもより軽快な走力でザラメは突っ走る中、不可解な“ふたりとも”という言い回しの意味合いをすこし考えて。


(……あ、そっか。ユキチくん、詩織のことをふたりめに数えてくれたんだ)


 そう腑に落ちると途端、恐怖が和らいだ気がした。

 この火急の事態に思うことでもないのだけれど、ザラメは、そんな言葉をとっさにかけてくれるユキチのことをすこし愛おしいと感じていた――。


 また船内の廊下に戻ってきたザラメは不意に移動中のシーゴーストと遭遇した。


(まずい!)


 あわてて息を殺して、ゴーストショールの隠密効果でやり過ごす。

 そうやってひやりとさせられつつも船内をひた走ると途中、黒騎士の話していたドワーフの夫婦に遭遇した。地道に死体に【冥福の祈り】を施してくれていたのだ。


「あらまぁ、あなたがザラメちゃん? ここはまかせて!」


「おうともよ! 観測者さんのあんちゃんたちのおかげで委細承知してるぜ!」


「た、助かります!! 急いでますので、またあとで!!」


 これまでの報告通りならば、じつは甲板到着時から少しずつ白い巨腕の再補充ペースが微減してきていることはわかっていた。ドワーフの夫婦がコツコツと己に与えられた役割を、危険を承知でこなしてくれていたおかげで呪力の供給源を減らせていたのだ。


 たしか、週末旅行がてらにゲームを遊ぶ食堂経営してる普通の中年夫婦とのこと。

 つい忘れてしまいそうになるが、ザラメがただの女子小学生であるように、みんな現実に私生活があるただの一般人に過ぎないのだ。


 そんな人達が命がけで頑張ってくれたのだから、ザラメは深く感謝するしかない。


「大した影の功労者ですよ、あの夫婦」


▽「な! 助けて正解だったろ俺の推し!」


▽「情けは人の為ならず。いいことすると巡り巡って返ってくる。これテストに出るよ」


「それもう小三で習ってますけど、覚え直しておきます!」


 走る。走る。シオリンといっしょに、懸命に走る。

 こんな風に必死に走るのはいつ以来だろうか。


 運動会のかけっこか。

 ……いや、異変前のはじまりの港の市場で、だ。


『あ、焼き栗タルトもうすぐ売り切れだって』


『急ぎましょう!』


『うん、売り切れちゃうもんね!』


 活気溢れる港町の市場の人混みを、ふたりでいっしょに走ったんだ。

 そしてすっ転んだ。


『……無事そうだな。全く、どんくさいな、お前』


 これが黒騎士との出会い。今思い返してもけっこう失礼な言い草だ。

 どんだけ他人をどんくさぎつねと罵りたいのか。


 まさか、あの時はこんな風にいっしょに戦う仲になるだなんて想像もしなかった。

 そして焼き栗タルトは売り切れてしまって。


『じゃあ約束です。明日またふたりで焼き栗タルトを買いにいきましょう』


『うん。……あれ? ふたりでいいの?』


『ふたりがいいんです』


『うん、約束』


 そう、焼き栗タルトをふたりいっしょに買うと約束をしたんだった。


 活気あふれるあの市場はもうこの世界にはない。


 津波と地震によって市場はもう見るも無惨な瓦礫の山。

 ザラメが今必死に走っているのは死体が横たわる地獄絵図の薄暗い船内だ。


 過ぎた時は帰ってこない。

 ここはもう楽しいレジャーランドではない。


 そうわかっているけれど、不思議と、ザラメの気分は最悪ではなかった。


 その足取りがやけに軽いのは、ユキチの呪符の強化だけが理由ではないだろう。

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、いいね、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。


第一章も残すはあとわずかです!

じつは今回から試しにSF(VR)からホラージャンルにジャンル区分を変更させていただきました。

作風は現状維持ですが、元々ホラー感があったのでしばらく様子見してみます。

ご意見あれば参考に致しますので遠慮なくどうぞ。

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