040.【消失錬成】草竜の苦汁《ドラコ・ヘルス》 【挿絵アリ】
◇
「黒騎士さん、ユキチくん」
一緒に戦ってくれる大切な仲間の名をザラメは呼んだ。
黒騎士は鉄仮面の下で表情を隠し力強く、ユキチは激しい恐怖心からか涙をにじませながらも逃げ出さず、そばにいる。
「決意表明してる時間はありませんね。……作戦通り、Xシフターを狙撃します」
「証拠も推理披露もなしに決め打ちで仲間を撃つとは、ミスれば炎上覚悟だな」
「間違って味方をやっつけたら全滅確定、みんな死ぬから気にしなくていいのかな……」
「まずは敵を薙ぎ払う」
先陣を切ったのは黒騎士だ。
甲板上の主戦場へ躍り出るや否や、その類まれな戦闘力によって甲板冒険者組との射線軸上に割り込んでくる可能性のある白椀や船幽霊を片っ端から切り払っていく。
その剛剣は一撃や二撃で格下とはいえ敵を葬り去ってゆき、まさに戦況を一変させる黒き突風と化していた。
黒騎士に注目が集まる中、ユキチは黒騎士とザラメの中間に陣取ってはシオリンの死体を操って自分と共に壁役を担いつつ、ザラメに強化魔法を複数重ねていく。
すべてはザラメの、乾坤一擲の錬金術に委ねられた。
「【消失錬成】……」
甲板上に到達するまでの間に、使用するアイテムカードの事前調合は済んでいる。
【消失錬成】はザラメのとっておきだ。連続使用はできず、再使用には時間がかかる。実質的に戦闘中使えて一回、長引けば二回が限度だ。
しかし【消失錬成】にレイドボスを一撃で仕留めるような絶大すぎる威力はない。
狙うべきは無論、銀剣の殺人鬼だ。
いかにXシフターに変異したとはいえ、集団戦で倒すべきボスと単一のプレイヤーでは歴然とした差がある。狡猾で厄介なのは銀剣の殺人鬼だが、純粋なスペックが低いのもまた銀剣の殺人鬼だ。
その証拠に、この敵には小威力の【小火の術式】が命中した時、衝撃に転倒しかけた。軽微なれどダメージが皆無ではなかったのだ。
あの時は単なる嫌がらせにしかならず悔しかったが、ダメージの有効度合いをチェックできたことでどこまで威力を高めれば致命傷になるか、推測ができた。
レベル4に成長したザラメの、とっておきの大技を、最大限にユキチに補強してもらえば、それは一撃必殺になりえるはずだ。
ザラメは“二枚”の調合済みアイテムカードを携えて、杖を構えた。
そして標的に狙いを定める。
「“火竜”――」
大盾のガルグイユ。大鎧のドット。この二人は先程から何度か、その堅牢な防御力を活かして銀剣の殺人鬼の攻撃を凌ぎ、味方を守り抜いてきている。
俊敏さを活かした狡猾な立ち回りを得意とする殺人鬼にとって、頑丈すぎる盾役はやはり相性が悪いらしいことは黒騎士との対峙でも明らかだ。
そしてふたりが応戦している以上、候補者から外れる。
弓兵のセフィー。武闘家のネモフィラ。剣士のししゃも。
残る三者はいずれも身軽さを売りにした戦闘スタイルであり、Xシフターが変異時に外見や武装、能力まで切り替わっているとしたら今現在が刀剣を装備していなくてもよい。
一体、誰がXシフターなのか。
三者をいずれも知らないザラメには判断材料が無いに等しかった。
『 』
一番はじめにザラメに話しかけてくれたあの観測者がくれたヒントを、じつはザラメは完全には解き明かしていなかった。
ヒントとは『彼らは君をきっと忘れない』だったか。
これで敵の正体を暴けるか、確信がない。でもここまできたらやるしかない。、
「“草竜の苦汁”!!」
ザラメは“広範囲”を、つまり甲板上でまとまっている五人全員を標的にするつもりで狙いを定め、最大限のパワーを込めて。
毒々しい緑色の渦巻く特大の水玉を、射出した。
それはある一名を除いて、残る四人すべてを悪臭漂う緑の液体に沈めてしまった。
「ぐああああっ!?」
「きゃああああっ!!」
「苦しい、死ぬ……っ!!」
まさか今やってきたばかりの味方のザラメが、いきなり諸共に自分達をまとめて攻撃しようだなんて想像できる訳もなく、それは完全な不意打ちだった。
元より魔法を瞬時に回避できそうにない重装備の盾役はさておき、まだ回避の余地があったであろう二人も苦しみ、悲鳴をあげている。
「な、味方に何をするんだ! キミはっ!」
たったひとり回避に成功した者――エルフの少年剣士ししゃもは憤慨する。
最も秀でた回避力を誇る彼ならば不意打ちに対処できても不思議ではない。
しかしザラメは見逃さない。
早い。
すこし、早すぎた。
ししゃもは“一枚目のアイテムカード”である『火竜の挨拶』を構えた瞬間もうすでに若干だが回避の体勢に入ってしまっていた。
敵の亡霊軍団に囲まれ、殺人鬼の不意打ちを警戒せねばならない状況下である。
他の四人がそれらに意識を割いている最中、ししゃもはたった一人、完全にザラメの行動を注視して備えていたのだ。
ザラメの範囲攻撃を予測できた理由は主に三つ考えられる。
一つ、観測者からアドバイスがあったから。
二つ、殺人鬼と亡霊を警戒せずともよかったから。
三つ、ザラメのことをよく知っていたから。
『彼らは君をきっと忘れない』
黒い小妖精たちはザラメをおぼえている。故に早期に警戒して、Xシフターに警告する。
黒い小妖精とつながりのないXシフター以外の冒険者には伝えず、銀剣の殺人鬼のみに攻撃の予兆を伝えてしまったが為に不自然さにつながったのだ。
一般の観測者に“ザラメが味方を範囲攻撃する”という発想は到底でてこない。普通に考えれば、ザラメは亡霊達を狙って攻撃準備に入ったとみえるからだ。
殺人鬼自身は、自分や同じ敵陣営の亡霊を警戒する必要がないのでザラメのことを気にかけるだけの余裕が生まれてしまった。
そして最後に、殺人鬼と黒い小妖精はザラメをよく知るがゆえに、この錯綜した状況下でも瞬時に広範囲中威力攻撃のモーションだと推測ができてしまった。
一枚目に重ねて隠していた二枚目の『草竜の苦汁』にすりかえて消失錬成を発動するフェイントに引っかかり、安全圏まで早急に退避してしまったのだ。
『火竜の挨拶』そのものは錬金術師がチュートリアル段階で必修するもので、事前にザラメを錬金術師と知っていれば、構えたアイテムカードの絵柄を確認して黒い小妖精が回避するよう警告することは容易だった。
しかし『草竜の苦汁』は『火竜の挨拶』よりは効果範囲がずっと狭い。それなのに『火竜の挨拶』を基準とした安全地帯にまで大きく素早く回避してしまっている。
黒い小妖精のアドバイスを過信して、そのまま指示通りに回避行動を取ってしまったのだ。
それが不自然な結果につながった。
そうしたひとつひとつの要素は口論ならば言い逃れの余地がある。
しかしこれは実戦だ。
証拠は戦いの中で示せばいい。
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