004.【消失錬成】火竜の挨拶《ドラコ・ハロー》 【挿絵アリ】
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火竜の挨拶が爆ぜる。
手榴弾のようにアイテムが炸裂、炎属性の中威力魔法ダメージで広範囲を焼く。
この“中威力”は、初心者PTの基準では飛び抜けたダメージ倍率である。今使える大多数の攻撃手段は“小威力”まで。一発使い切りの消費アイテムだからこそ、そのコストに見合った高めの水準であるわけだ。
攻略ガイドの通りに、ザラメの投じた火竜の挨拶は大損害を与えた。
BOSSモンスターの[Lv.5]弁慶カワウソは大きくひるみ、取り巻きの[lv3]盗賊カワウソ数匹は当たりどころの悪かった一匹が即座にこんがり丸焼きになった。
「っしゃあ! 先手必勝!」
炎上する石橋を縫うように走り抜けて、スノーマンの剣士シローが剣戟を振るう。
素早く、そして正確に。
手負いの盗賊カワウソを一匹、シローは鉄の刃で斬り伏せることができた。
『ギャウウ!』
「やった! 見てたかミオ!」
「うるさい! こっちも戦ってんのよ!」
マーメイドの武闘家ミオはあたかも水中を泳ぐかのように、無数の水の玉を周囲に浮遊させて擬似的な水中環境を作っては俊敏に泳いで、シローと並び立つように先陣を切る。
そして人魚の尾を振るい、薙ぎ払うように二匹の盗賊カワウソを叩き伏せた。
尾先を強化する刃物武器テイルブレードが爛々と炎に煌めき、ミオの武勇を彩る。
「か、かっけえ……」
「見惚れてる暇はないわよ! て、きゃっ!」
「ミオ!!」
前衛のふたりを襲ったのは残る二匹の盗賊カワウソの反撃、さらに弁慶カワウソの水圧弾だ。先制攻撃に成功したとはいえ、適正レベルの初心者PTのボス戦なのだから一瞬で決着がつくわけもなかった。
しかし敵の反撃も精彩を欠く。
シオリンの神聖魔法【聖霊の加護Ⅰ】による防御効果が働いた上、弁慶カワウソの水圧弾には種族的にスノーマンとマーメイドはそれぞれ耐性があったおかげだ。
「癒やしの光よ! 【治癒の光条Ⅰ】!」
そしてすかさず、シオリンはセオリー通りに傷ついた前衛を回復する。
それぞれに役割をこなし、連携する。
敵の能力を把握して、対処する。
この二つをこなせた上でなお惨敗を喫するような序盤のボス戦などあってはならない。
「……勝てる!」
ザラメは確信した。
この仲良し四人組パーティは、きっと今後も順調に戦い抜くことができる。
単なる小学生同士のパーティなんて、それこそ幼稚なケンカで瓦解しかねない。同じクラスの男子四人組が挑んだら、全員が我先にと殴りかかって回復や支援をやらないものだからあっさり全滅してしばらく気まずい感じになってたくらいだ。
『ドラマギで秋のスイーツを食べ尽くしちゃおう☆』
そのザラメにとっては崇高で大きな目標のために、このパーティは欠かせない。
このまま四人で楽しくゲームを遊んで、絶品スイーツの数々をゲットする。
その第一歩として、このBOSSを見事にやっつけねば。
「このまま取り巻きを始末して数的有利を作りましょう! 【小火の術式】!」
ザラメは杖をかざす。
錬金術師の攻撃手段は、主に二種類。
錬金アイテムを用いない通常攻撃【簡易錬成】。
錬金アイテムを消費する特殊攻撃【消失錬成】。
【簡易錬成】は他の技能と同じく、EPを消費することで行使できるため、ローコストローリターンで戦闘の基本はこちらである。
【消失錬成】はEPだけでなく事前のアイテム錬成という時間と金銭のコストがかかる上、いわゆる“奥義”や“秘術”といった切り札の位置づけで乱用できない条件がある。
そしてどちらの錬成術であれ、使用には小さくない疲労感が伴う。
(けっこう、きつい……)
小規模な火球を作り出して、敵単体にぶつける。
たったそれだけ。
それだけのことがとてもとても過酷に感じられた。
『無潜水式』《ゼロダイブ》や『浅潜水式』《セーフダイブ》のような浅い深度では体感しない、痛みや疲労といった負の感覚に、ザラメは浅からぬ興奮をおぼえる。
『全潜水式』《フルダイブ》状態のザラメは、まだ駆け出しの錬金術師だ。小さな錬成術だとしても、それは己にとって精一杯の全力であるはずだ。
だとすれば、それがゲーム全体から俯瞰してみれば塵にも満たない些事だとしても。
小学生が拳銃をぶっぱなつくらい、本人には大きな事だ。
杖先に留めた火球の熱さに耐えながら標的を定めて――、狙い撃つ。
「――【小火の術式】ッ!」
銃声が響くかのように。
火花散らして小さな火球弾が弾き出された。
発射の反動に、ザラメは思わず尻もちをついてしまった。
「痛っ」
投射した火竜の挨拶も熱風を遠くにいるザラメにまで浴びせてきたが、小火の術式も油断ならない熱量と衝撃だ。
炎上するアーチ橋の上で、また一匹の盗賊カワウソが炎熱に苦しみもがいて倒れる。
大型犬ほどもある猛獣を殺傷するソレは、きっと現実ならば拳銃よりずっと強力だろう。
臨場感がありすぎる。序盤のショボい戦闘のはずなのに……。
――殺した。
その実感がザラメにはある。
ゲームのザコ敵を一匹やっつけた、というだけの取るに足らないことなのに。
(やっぱり、死体が消えない……)
『Draco Magia Online』は少々、リアルっぽくてゲームらしさに欠けている。
“修正補助”は優秀なことに、ザラメをまた立ち上がらせる。
駆け出しとはいえ、冒険に臨む錬金術師ならば戦闘中いつまでも尻もちはついていない。
ザラメは今、どこにでもいる小学生ではない。
舞台上に立って、望んで与えられた役割を演じている――。
これはまさにRPGだ。