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038.なぜ彼が追放されるに至ったのか

 神出鬼没のXシフター、銀剣の殺人鬼がいかにして甲板上で三人を殺害するに至ったか。

 それを観測者であるあなたは直に目撃することができていた。

 偶然ではない。

 あなたはユキチの発言“レベル6の剣士と入れ違いで追放された”を確認しようと随伴設定を甲板上の冒険者に切り替えて、その時のアーカイブを見つけだしていた。


 事の経緯をここでまとめる。

 出港より一時間後、甲板上では通常想定されるモンスターとの遭遇戦が発生していた。

 この迎撃にあたっていたのがユキチをはじめとする五人パーティである。


 リーダー[lv.6]『ネモフィラ/♀/ライカン/武闘家』を中心に、レベル5の初心者卒業組で構成され、その方針は「積極的脱出」を目指して活躍するというものだ。

 すなわち、はじまりの港を去ってより高レベル向けの地域に移動しようという勇敢で上昇志向の集団であり、レベルこそまだ低いが意欲は高い。

 その中にあって、ユキチは少し浮いていた。


「いい? 私達は早期脱出を目指すチームなの! 観測者登録を獲得して、目立って、活躍して、現実世界に戻る! 次の新月までにたった1%に選ばれなきゃいけない! たかがゲームの中で死ぬのに怯えて何ヶ月も過ごすなんてまっぴらごめんよ!」


「ああ、絶対にトップになってやる! みんな応援してくれよな!」


 ネモフィラの威勢のよさと華やかさは観測者登録を集めることに成功して、パーティ結成の相乗効果もあり50人を越えていた。低レベル層では上位に入る人気だ。

 一方、ユキチの登録者数はこの時点では7しかなかった。


 積極的に観測者にセールストークしたりするサービス精神もなければ、際立って個性的でも強力でもなく、客観的には「数合わせの地味モブ」という評価だった。

 通常の遭遇戦での立ち回りは、その評価をなお低下させた。

 ユキチの戦闘スタイルは貧弱な中衛剣技と堅実な支援魔法によりサポートとバランスを両立させ、どうしても他人より目立てる要素がなかった。


 もちろん観測者とて識者はいる。ユキチの努力や戦術を理解できるものがいるにはいる。

 それでも、ユキチの強化魔法を付与されることで最大限に火力を叩き出せるネモフィラの華々しい大活躍によって、まさに主役と脇役という差が生じていた。


「ありがと! ユキチ! おかげでパワー百倍よ!」


 当のネモフィラ個人はユキチを評価していた。気配りもでき、他人を褒める。ユキチが彼女にならついていけると考えていたであろうことは表情から推測できる。

 しかし一連の遭遇戦の中、ソロの剣士が大活躍をする。


 [lv.6]『ししゃも/♂/エルフ/軽戦士』。


 流麗な剣さばき、卓越した身のこなしによって敵の攻撃を一度も浴びず、単独でも敵を翻弄して着実に削っていく。誰の目から見ても、ししゃもは強者の才覚があった。


「君! すごいじゃん! わたしらの仲間にならない!?」


「ボク、じつはソロで困ってて、うれしいです! でももう五人ですよね……?」


「……あ」


 ネモフィラは仲間たちを見回して、客観的に判断しようとしたのだろう。

 主戦力でダメージディーラーのネモフィラは確定で残るとして、五人編成で欠かせないのは回復と防御だ。すぐに彼女の中で盾役の重装戦士と神官は内定したことだろう。そして残るは斥候役で弓矢を使える盗賊と操霊術師で支援ができるユキチだった。


 甲乙つけがたい二者を比べて、ネモフィラは苦悩した。

 そしてこう決断した。


「観測者のみんな! ししゃもを仲間に入れるか! だれに仲間をやめてもらうか! みんなで考えてもらえるかな!? おねがい!」


 ネモフィラは決断を自ら下さないという決断をしたのだ。

 ドラコマギア・オンラインで生き残るには観測者をいかに注目させるかが重要になる。

 ネモフィラは観測者に決定権を委ね、ひとつのイベント化することで集客、だれが仲間になりだれがパーティを追放されるかをとっさに娯楽化したのだ。


 それはパンドラの箱を開く行為だった。


▽「タンクいるか? 前衛三人いればいいだろ」


▽「タンクのガルグイユは必須だろ! ネモフィラちゃん壁役は向いてね~し」


▽「回復のマルセーユは絶対いる。要らないのは弓か死霊術師だろ」


▽「ししゃもくんつよつよだったからなぁ。斥候もちょいできるし弓かな」


▽「は? セフィーリストラとか正気か? 一番かわいいじゃん?」


 登録者五十人を越えるネモフィラの、さらに戦闘イベントピックアップ直後のメンバー決めだ。甲板上で明滅する小妖精の数、飛び交う妖精契約語の量は膨大だった。

 逐一コメントログを拾うのも同じ観測者のあなたをうんざいさせるほどに加速した流れ。


 やがて罵詈雑言が散見され、荒れはじめた。

 しかし注目が集まるにつれ人気は集まり、ネモフィラの登録者数は結果としてシーゴースト襲撃前の時点では七十五にまで増大していた。

 ネモフィラは狙い通りに、責任逃れと人気取りに成功したのだ。


▽「もうセフィーで決まりでいいだろ、弓より支援魔法の方がいいよ」


▽「かなぁ、セフィーが一番役立たずそう。どうしようもないクズのアーチャーだよ」


▽「言い方もっと考えろ! でもユキチはネモフィラと連携できてたし妥当か……」


 [lv.5]『セフィー/♀/エルフ/射手』。


 セフィーは静かに震えて、悔しげに弓を握り締めていた。

 セフィーの人物像は深窓の令嬢、花瓶に活けられた花のように淑やかでおとなしい。格別に不手際があるわけではないが、自己主張が弱く、標準的な才能しかなかった。


 セフィーには自分がいかに有用かを物語る雄弁さもなく、偶然にも先の戦いでは運悪くここぞという時に弓の狙撃を外してしまっている。それはだれにでも起こりうるエラーの範疇にすぎないが、実力を過小評価する格好のネタにされてしまった。


 ノーコン。百発無中。クソエイム。


「……ネモフィラ、もういいよ。私が……」


 セフィーはそう言いかけた時、ユキチはいきなり彼女を突き飛ばした。

 帆柱に背を打ったセフィーを、ユキチは声を震わせながら罵倒する。


「追放されるのは君だ! セフィー! 僕じゃない! 出ていけ! この役立たず!!」


「……!? どうして、ユキチ」


 この一言が決定的だった。

 一斉に、観測者らはセフィーを擁護するように掌を返した。


▽「なんだあのクソガキ! セフィーちゃんによくも!!」


▽「最悪だなアイツ」


▽「使えそうなやつだと思ってたのにガッカリだよ」


▽「登録解除しました」


 ユキチを擁護するものはほとんど居なくなった。

 百を越える観測者の非難の言葉を浴びながら、ユキチはうろたえて、無様に転びながら逃げ去っていった。


「待って! ユキチ! 私こんなつもりじゃ……!」


「もう遅いよ、ネモフィラ……。どうしようもない役立たずのクズは僕なんだから」


 ユキチは涙を流しながら甲板から船内へと消えた。

 ネモフィラの冒険者パーティは新戦力のししゃもと多数の観測者登録を確保、そしてユキチの観測登録は激減――。ここでユキチを確認できるアーカイブは途切れている。

 ――あとは知っての通り、約一時間後、船幽霊とひとりで遭遇して泣きわめきながらザラメ達の部屋に助けを求めてやってきたわけである。


 観測者であるあなたは冷静にユキチの言動を振り返る。


 不自然だ。


 セフィーを罵倒した時のユキチの態度が本性だとしたら、ザラメ達と会ってから一切パーティメンバーへの恨み節や陰口を言葉にしない理由がない。

 ユキチは自分のことを役立たずだと卑下しても、そこは卑屈で情けないにしても、ネモフィラやセフィー、ししゃもにも恨み言を吐いていない。


 そして結果的に、パーティを追放されたユキチ以外は円満に事が運んでいる。

 ――自ら泥を被ったであろうことは明白だ。


 そこまで他人を思いやることができる人間が残忍な殺人鬼の正体とは考えづらく、そして今まさにユキチのいない甲板にXシフターが出現している。

 Xシフターはユキチではないと断定していいだろう。


 そして甲板にいる十名のうち、殺害された三名を除いた残る七人のだれかがXシフターだと仮定した場合、容疑者は――。


『 』


「……え!? わ、わかりました! 気づいてないフリですね!」


 あなたはザラメにヒントを与えた。

 それは他の観測者を経由して“感づいたことに感づかれないように”とヒントに留めた。確実に正解とは限らない。最終的にはザラメ達の自己判断に委ねられる。


 甲板が近づくにつれ他のコメントが加速して、あなたの助言も流されていく。

 ここからはもう彼女らを信じて見守るしかないだろう。

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、いいね、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。


説明不要に近いので本文中では割愛してますが、だいたい主技能ごとの特徴は以下の通り。


『武闘家』三大近接物理技能(他は戦士/軽戦士)の一つ。素早くて攻撃面が突出する一方、防御面は手薄なダメージディーラー構築が主流。打撃や格闘術など。


『重装戦士』戦士に重装のSPを組み合わせた構築。黒騎士もコレに近い。強敵ほどタンク役が敵の攻撃をどう防御するかが攻略の鍵となる。単純に硬くて強いが、素早さにネックがある。


『薬草師』神官とは別系統の回復技能。生産職の一つ。錬金術師とは共通点があるものの、あちらは攻撃面、こちらは防御面に優れる。サブヒーラーとして副技能に取得されることも多い。


『射手』遠隔物理技能。一応回避にも役立つ技能であるが、やはり接近戦は苦手。飛行特効が狙えるケースが多く、射程優位から攻撃に専念しやすい。


『斥候』補助用の技能でいわゆる盗賊や探偵、偵察など。射手と斥候を合わせると身を隠しながら射撃する等相性がいい。身軽さを重視する軽戦士、武闘家とも組み合わせやすい。

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