037.冥福の祈り
◇
ザラメは廊下に倒れ伏したNPCの死体に足を止める。
黒騎士には敵襲の警戒を、ユキチにはゴーストモニターの確認とシオリンの制御をしてもらい、じっくりとザラメは死体に臨む。
(……どうしてこう、むごたらしいのでしょうか)
ドラマギは異変後も一部の残酷表現にフィルター設定がかかっている。
それは裏返せば、フィルターを外せばそこに直視しがたい残忍な物事があるということ。
最初に見つけた死体は乗客だった。上流階級の紳士といういでたちの旅行客の男性はいかに猟奇的な死に方をしているかについて、ザラメは凝視しないことにした。
(これはゲームで、彼らはNPCにすぎないんですから……)
そう自分に言い聞かせることで平常心を保とうとする。
わかっている。
もう今のドラマギは小学生が遊んで楽しめるファンタジーテーマパーク等ではない。
ここにある仮初めの命の死は、自分たち自身の本物の命の死に直結している。
「ユキチくん、呪力の流れはありますか?」
「うん、やっぱり倉庫に向けて少しずつ流れていってるね……」
「オキノムラサ……とても、悪趣味です」
ザラメはここで取得したばかりの神官技能lv2を活用することにする。
紫色のランドセルから森で採取したアイテムの一つである白い花を死体に手向ける。
そしてベッドのシーツを割いた布を顔にかぶせてやった。
「神官の魔法に【冥福の祈り】というものがありました。丁重に死者を扱い、安らかにあるよう願うことで霊魂を鎮め清めるのだそうです。風情のないことをいえば、アンデッドの発生を抑制する魔法です。手短に済ませます」
ザラメは淡々と神官魔法の手順に従い、【冥福の祈り】を執り行った。
ここで留意すべきは、祈り系をはじめいくつかの神官魔法は心の有り様に結果が左右されやすいということだ。
RPGとは役割を演じるゲームである。
そうした場合、神官として祈るという役割と著しく反するような心理状態では演じる上でちぐはぐになる。
下手くそな役者の棒読みセリフみたいなもので評価に値しないわけだ。
これは神官に限らず、あらゆる技能にいえる。
黒騎士の強さの秘訣のひとつはキャラを演じきっていること、ロールボーナスを得ている点にもあり、その武人らしさが武力の底上げに繋がっている。
それゆえに、ザラメは神官としてまがいなりにも死者を悼む心を己の奥底から引き出さなくてはならない。
眼前にある死への恐怖や忌避を乗り越えて、悲しみと慈しみの心を抱く。
それは少々、難しいことだった。
(成功しない……。もっと、なにか、気持ちを呼び起こさないと)
詩織への感情は、きっと違う。彼女は死んでない、冥福なんてまだ祈れない。
ザラメの――いや、甘草 心桜の十一年のまだ短い人生の中で、それに類するもの。
(……おばあちゃん、ごめん、力を貸して)
紫色のランドセル。
ザラメが携行アイテムボックスとして選んだソレは、小学一年生の入学時に母方の祖母に買ってもらったものだ。
物心ついてからはじめてザラメが親しい家族との別れを経験した形見の品だ。
(あの時の気持ちを、少しだけ、借りるんだ……)
さざなみのように。
線香の香りのように。
静寂とした心に一滴、悲しみと慈しみの波紋を拡げる――。
そうすることで【冥福の祈り】の奇跡は叶い、乗客の死体が帯びていた呪力の流出は途絶した。いや、逆に聖なる力とでもいうべき正反対のものが倉庫へ流入していく。
冷淡に分析するならば、レイドボスを弱体化させる布石を打つことができたのだ。
「ザラメ、この穏やかな光は一体……」
「さあ? そういうイベント演出かと」
「れ、冷淡だね」
「これから何十人分も祈ってまわるんです。省エネでいかないと」
「何十人、か。流石にお前じゃ無理だな」
黒騎士はそう述べると自分の観測者に向けて「ドワーフの夫婦……、ドンカッツ・アガテールさんとエビテン・アガテールさんに伝言を頼む」とお願いした。
「……黒騎士さんが救助してた二人組そんな面白ネームだったんですか」
「食堂の経営者らしいからな。婦人は神官だ。二手に分かれて作業すれば効率は上がる」
「実際それはとても助かります……!」
「甲板にも連絡を頼む。メインの神官じゃなくて【冥福の祈り】ならサブの神官でも扱えるはずだ。どんくさぎつね、無理は限度を考えてやれ」
「それ、心配してくれてるんですよね」
「……七面倒くさい」
黒騎士はお決まりのセリフを吐くと、ユキチに一番近い動く呪力へと案内させて先んじて船幽霊の撃退に奔走した。
ゴーストモニターで敵襲の警戒ができる今、ゴーストショールとの併用で強襲のリスクはかなり抑えられている。
ザラメとユキチは次々に死体を見つけては【冥福の祈り】を施していく。
さらに生存状態のNPCを見つけては避難指示を行い、劣勢の現状を大きく改善する。
このまま順調に、レイドボス戦に万全の準備で望めるかに思われた。
しかしザラメの予期せぬことが起きてしまった。
▽「甲板に無数の白い腕がうねうねと! 霧も出てきた! そしたら突然!!」
観測者が叫ぶ。
▽「冒険者が“死んだ”んだ! 三人やられた。戦闘不能じゃない! 殺害されてる!」
▽「Lv.X……! Xシフターだ!! 人型の、剣を握った……!」
風雲急を告げる。
ザラメは蘇る死の恐怖に震えそうになるが、パシンと即座に頬を叩いた。
「黒騎士さん! わたしを、今度こそあいつに勝たせてください!!」
「じゃあ急ぐぞ、どんくさぎつね」
次の瞬間、ザラメは軽々と黒騎士に空中へ引っ張り上げられる。
意図を解したザラメは幻獣態でフラスコに戻り、黒騎士の手に握られて運ばれる。
鈍足のホムンクルスの走力では間に合わないほどに、状況は一刻を争っていた。
毎度お読みいただきありがとうございます。
お楽しみいただけましたら、感想、評価、いいね、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。