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036.シオリキョンシー

 ゴーストモニターで呪力の検知と分析が可能になったザラメとユキチ。

 呪具を使いこなせるのは操霊術師のユキチなれど、得られた情報を分析するにはステータス上ザラメの方が適性があった。


 船内見取り図と重ねた結果、まずこの部屋に呪力が複数あることが確認できる。

 これはウィジャ盤をはじめとしてゴーストモニター本体やゴーストショールや倒した直後の船幽霊の残骸など、この部屋に呪力を帯びたものが多すぎるせいだ。


 ザラメはより広範囲を確認する。

 まず廊下に動かない呪力が複数ある。これは黒騎士が撃破したシーゴーストだろう。

 動いている呪力の反応は主に甲板にあり、七体、いや今は六体に減少した。冒険者優勢のままそろそろ決着が見えてきたのかもしれない。


「観測者さん達がくれる情報とあわせて、これで全容が掴めます。さっきみたいに敵襲の予測もできる。我ながら素晴らしい発明ですよ、ユキチくん」


「そ、そうだね……」


 ユキチの歯切れが悪いのはゴーストモニターが電子パッド程度のやや小さな画面にすぎず、それをザラメが詳細に確認しようと身を乗り出して覗いているからだろう。

 肩と肩がふれるくらいの密着距離はシャイなユキチには悩ましいようだ。


「もうちょっと離れてみれない……?」


「ユキチくんこそもっと体温あげてください。36.5度くらいに。肌寒いです」


「溶けるよ!? 雪男だよボク!?」


「興奮すると体温が上がっちゃいますよ。いえ、下がるんでしたっけ? それより見てください。倉庫の区画にある呪力の反応が少しずつ増大しているんです」


「ホントだ……。呪力が、強くなる? 嫌な予感がする。解析してみよう」


 広範囲に検知を行っていたゴーストモニターの対象を、今度は船内下層部にある倉庫へとフォーカスする。そうすると呪力の“流れ”や“波形”が見えてくる。


「……複数の客室を中心に、徐々に呪力が流れ込んでる?」


「心臓が脈打つような、不気味なリズムの波形……」


▽「おいコレ! 絶対アレだ! えーと、何だ!」


▽「殺害したNPCを呪力の供給源にしてる。“生贄”かな」


▽「あたし知ってる! ホラー展開だよコレ!」


▽「最初からそーだろ!? 嫌でもコレ時間まずい、急いだ方がいいやつだ」


▽「……わかった。正体がわかったぞ」


 不意に観測者のひとりが発した正体に、ザラメは「教えて!」と食いつく。

 観測者は「俺がプレイした時点での話だけど」と前置きして答える。


▽「ドラマギは一年前に就職を期に引退しちまったから古い情報かもしれねぇが、元々この海域では移動中にエネミーの襲撃イベントが低確率で起きるんだ。船幽霊だったり、海賊だったり、海獣だったり。事前にNPCに聞き込みしてなにが出そうか予測を立てて、対策をしてから挑むのがセオリーだな。船幽霊の場合、そのボスエネミーは“オキノムラサ”という亡霊の少女だったはずだ。ボス戦までに船内の犠牲者が増えるごとに強化され、手遅れになると船ごと沈められるレイドボスだ」


「船ごと!? レイドボス!?」


▽「別に、当時は全滅してもはじまりの港でリスポーンすりゃ済んだ話だったんだがな……。異変後の今じゃあ舟が沈めば全員水底にご招待されちまうわけか、まずいな」


「たたたた、大変だ!」


 ユキチは怖気づき、モニターを握る手をガタガタ震わせて動揺する。

 ザラメだって状況の深刻さには驚かされた。そうだとすると一刻の猶予もない。


▽「その情報もっと早くに出せなかったのか!?」


▽「仕事の息抜きにさっき見始めた! すまん!」


▽「他の冒険者に情報共有してきていいかなザラメちゃん」


「え? あ、おねがいします! 倉庫のボスは伝えてモニターは伏せてください!」


 次々と状況判断を求められる。

 まったくもってリアルで小学五年生のザラメには過大な負担だったが、なんとか順応できてしまっているのは自分自身でも不思議だった。必要に迫られた結果だろうか。

 あるいは修正補助フィックスアシストのおかげか。


「……オキノムラサ。LV8。弱点は斬、雷、聖属性。耐性は火、水、呪い、毒、病気、そして通常物理無効。物質透過移動。本体とn数の触手で構成され、nは死亡したNPCの数に比例して増加する。触手は援護防御と拘束。本体は水か呪い属性の複数の魔法攻撃、回復を行う。HPが半分以下になるとエリア移動して逃走する。……最悪じゃないですか」


「え、なに、なに急に!?」


「魔物知識データの閲覧に成功したので読み上げてみました。情報共有しておきます」


 ザラメは淡々と冒険の書の自動描画機能を経由してオキノムラサのデータを表示、それを観測者らに頼んで他の冒険者らに通知してもらった。

 名前さえわかれば弱点も行動もあらかじめわかるというのは、【学識A】と知力特化型構築を選んだ甲斐があるというものだ。もっとも、弁慶カワウソの前例を踏まえると、ザラメはXシフター化してるという最悪の状況を想定していた。


 たったレベル4のザラメにはレベル8のレイドボスを撃破するのは無理の一言。

 この戦いには切り札が必要不可欠だ。

 ――重く力強い足取りでガシャンガシャンと金属の擦れる音が近づいてくる。


「無事か! ザラメ!!」


 漆黒の重騎士様のおでましだ。

 ユキチと密接に絡み合っていたザラメは、彼をポーイと押しのけて出迎える。


「あいたっ!?」


「さびしかったですよ、黒騎士さん。ああ、これは浮気じゃないのであしからず」


「くだらん冗談はよせ。無事なら……いい」


「妖精さんがずっとわたしの様子を教えてくれてるのに何言ってるんですかこの人は」


「そういう問題じゃない! ……ああ、事情はわかってる。即刻ボス戦だな!」


「は? 行きませんけど? 黒騎士さん脳筋ですか?」


 鉄仮面の下で表情の見えない黒騎士の、苛立つ顔がザラメには見えた気がした。

 しかしまぁ冷静になってもらわなくては困る。


「おい待て、一刻の猶予もないんじゃなかったのか! 何考えてるんだ、お前……」


「はい、ですから急いで作戦開始です。移動しながら説明しますね」


 ザラメは貴重な素材である亡霊の白布を回収すると客室を出ようとした。

 しかしそこで気がかりなのはシオリンの遺体だ。彼女は歩かせることができても機敏には動けない。ここで置いていき、あとで迎えに来ることができるとしても、もし万が一のことがあって離れ離れになったらと思うと後ろ髪が引かれる。


「どうした、急ぐんじゃなかったのか」


「……詩織を、シオリンを置いていけなくて」


「彼女は僕に任せてくれませんか?」


 不意にユキチがそう言葉して、ベッドに横たわるシオリンの死体へと手を添えた。

 青い優しげな目を細め、シオリンの額の霊符にそっと触れる。


「これもザラメが作ったの? 錬金術師なのに呪具を作るなんて、すごいね」


「あ、は、はい。やってみたらできちゃいました」


「屍竜の四ツ目――。初めてみるけど、隷属の呪符と近いみたいだ。これなら……」


 ユキチは目を閉じて、精神を集中させると屍竜の四ツ目に呪力を注いだ。

 黒く禍々しい呪いの魔力を注ぎ込んでいるというのに、そこに忌避感はなかった。


『我命ず。我命ず。急げ急げ律令の如く。我に従い、地を駆けよ』


 呪言を唱えるユキチ。

 シオリンの死体はゆるやかに立ち上がり、そして目を見開いて、口を開いた。


「我覚醒。主命有迄我待機」


 喋った。なんか喋った。

 雰囲気こそ詩織とまるで異なるが、ザラメが動かしていた時の最低限動くだけの存在とは違い、額に霊符を貼られたシオリンはあたかも生きているかのように言葉した。


 【亡骸の過保護】により遺体は完全に保全され損傷もない。

 だから本当に、見かけ上はもはや生きているのと変わりがないようにみえた。

 それがまだ死んでいる状態にすぎないとわかっているザラメは沈黙を守る。


「……ザラメ。この子は今、僕の命令を聞く。僕の呪力で動く。わかるね」


「心配せずとも、わたしはいちいち泣き喚いたりしませんよ。所詮、わたしたちのこの姿はゲームのアバターですし。そのアバターを他人が代理操作してるだけです。……それより、これで走れるんですか?」


「そうだね。ドワーフだから足が遅いのは元々のステータス通りだけど……。シオリン、僕の後ろについておいで」


「主命了解」


 ユキチの三歩後ろをついてまわる、シオリン。

 内心ザラメはユキチを「我が主」と呼ぶことにもやもやした感情を抱くが、言っても仕方ないので八つ当たりすることにします。


「黒騎士さん、わたしの後ろについてきてください」


「承知しました、我が主。……なんて言わせたいのか、お前は」


「ノリツッコミお上手ですね」


「うるさい」


 こうしてザラメ、黒騎士、ユキチ、そしてシオリンは客室を後にした。

 軽く走ってもついてくるシオリンのなめらかな挙動に、ザラメは複雑な心境だった。


 (……でもなぜカタコト?)

毎度お読みいただきありがとうございます。

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