33.黒騎士、獅子奮迅す
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観測者であるあなたはザッピングを駆使して船内の状況を探っていた。
船内には公開状態の冒険者が十五名。
ザラメ、ユキチ、黒騎士を除いて、五人組パーティが二つ、そして二人組が一つ、これで合計十五人だ。
黒騎士が救援に向かったのは二人組のPTで残る五人組どちらも甲板に布陣していた。
総勢十名からなる冒険者は軒並みレベル5から6で構成され、善戦している。
しかし善戦できている最大の理由は、こちらの総戦力が優位だからではない。
船幽霊――シーゴーストは船内に分散して、甲板上には十数体どまり、総力をぶつけるような挙動をしなかったのだ。
もし冒険者を皆殺しにしたいのであればこれは愚策だ。
いや、そもそも船幽霊が衝動にまかせて手当たり次第に犠牲者を求めているのだとしたら作為はなくて当然だ。
しかし無策だとした場合、それはより最悪な挙動だった。
つまり、戦う術を持たない弱者を見つけだしては無作為に襲いかかるという殺戮行為を率先してやるのが船幽霊の目的ということになる。
この場合、甲板上の冒険者は足止めを食らっているに過ぎず、自分たちの身を守っている間に刻一刻と船内の乗客や船員を殺害されていくことになる。
地獄絵図だ。
観測者は冒険者のそばを大きく離れることができない。
しかしその周囲を見回せば、甲板上だけでも応戦した船員のNPCが死亡しているのを容易く発見することができた。惨状はそこかしこに広がっている。
ある男は絞殺されていた。どす黒い痣を首に刻まれて、真後ろに首が垂れ下がる。
ある男は溺死していた。その喉奥から絶え間なくどす黒い海水が湧き出している。
ある女は自殺していた。惨死の恐怖に耐えられず、自ら刃で命を断っていた。
冒険者は原則として死ぬことがない。
HPが0になっても戦闘不能状態に陥るにすぎず、再起が可能だ。
しかしNPCは原則として死ねば死ぬ。
所詮はゲームと割り切るにしても、なんの罪もない一般人が惨たらしく死ぬ様は見るに堪えないものがある――。
「悲鳴が聞こえた! 助けに行かないと!」
「よせ! NPCだ! 生きた人間じゃない!! まず自分の身を守れ!」
冒険者らの判断は冷徹だが致し方ないことだ。
むしろ甲板上だけでも亡霊の群れに応戦している分、NPCを間接的に助けている。
この地獄絵図の船内において、亡霊と戦いもせず隠れているのはたった二人だけ。
ザラメとユキチだけだった。
レベル的に最弱のザラメは致し方ない。それでも黒騎士を応戦させる選択をしたのだから戦況を上向かせようという意志がある。
では、ユキチはどうか。
彼はたった一人、船内を逃げ回っていた。
少々、不可解な行動だ。
もし自分の身を守りたければ、戦うつもりがなくとも大所帯の甲板組に合流するのが最善だ。自らの観測者から容易にその情報を得ることもできたはずだ。
そういう合理的判断がつかず恐怖によって敵前逃亡してしまったか、あるいは甲板組に合流することができない事情があったのか。
――もし彼がXシフターだったら。
あの銀剣の殺人鬼か、別個体のXシフターが正体だとすればどうか。
その場合、まだザラメが無事であることの説明がつかない。ザラメの殺害が目的であれば、自己回復を行う前に仕留めるべきであきらかに機を逸している。
あなたは疑惑を抱きつつ、観測を黒騎士にスイッチする。
獅子奮迅。
黒騎士は今まさに窮地の二人組の冒険者の眼前に躍り出て、亡霊を薙ぎ払っていた。
「無事か? ああ、怪我の有無は言わなくていいぞ。今のうちに自分らで治せ」
船幽霊が呪詛の叫びをあげる。
呪い属性の束縛咆哮を、黒騎士は【防御術S】のSPを活用して黒塗りの盾により弾き返し、完全ガードによる無効化によって攻撃チャンスに転換する。
そしてEXSP【必殺攻撃】によってクリティカル率と命中精度を上乗せして強烈な一撃を浴びせ、格下とはいえたったの一撃でシーゴースト[lv6]をまた一体、撃破した。
この船内においては間違いなく彼女が最強戦力だ。
単純にレベル9という数字上の優位だけでなく、戦闘挙動も冴えわたっている。
「あなた! 救援よ! 観測者さんのおかげね!」
「おお……っ、ありがとう! 重騎士殿、助かりました!」
ドワーフの中年夫婦はお互いに抱き合って無事を喜ぶ。レベル4の戦士と僧侶だ。
「ああ、夫婦水入らずの週末旅行のつもりで遊んでいたゲームがまさかこんな事になるとは……。夫婦で小さな食堂を営んでいるのですが、娘婿夫婦がちゃんと店を切り盛りできているか不安で不安で……」
「あなた世間話してる場合じゃないわよ! 今度は私達がだれかを助けに行く番よ!」
「いや、でもしかし、一体だれを……」
「だれでもいいのよ! 悲鳴を聞いたら駆けつける! それでいいじゃない!」
「お、おう……。やれやれ、気の強いやつめ」
夫婦のやりとりに黒騎士は鉄仮面の下でいかなる表情をしていることか。
「……わかった。敵が二匹までなら時間稼ぎにはなりそうだ。囲まれて危ない時はまた伝令を寄越してくれ。無茶はしてくれるなよ」
「かたじけない。家内はどうもゲームと現実の区別が曖昧でね」
「だってあなた、目の前で困ってる人を放っておいてお天道様に胸張って生きていけます? それにすこしは頑張らないと脱落させられちゃうんでしょう?」
「そ、それもそうだな。臆病風に吹かれて何もせんとそれこそ生きて帰れん訳か……」
ドワーフの中年戦士は重い腰を上げ、大槌を担いだ。
ドラマギでは一般に、レベル差は2程度であれば戦いが成立する。相性や腕前、戦術次第では勝ち得るのはレベル3のザラメ達がレベル5の弁慶カワウソを的確な戦術で撃破したようにやりようはある。
▽「ありがとう黒騎士! おかげで推しが無事だ……!」
「……一つ聞きたい、なぜこの夫婦がお前の推しなんだ?」
▽「うまい飯屋がこの世から一軒消えちまうんだぜ? 応援しない理由があるか?」
「……せいぜい見張りを頑張ることだな」
冒険者にはそれぞれ人生がある。
観測者にもそれぞれ人生がある。
見知らぬ他人について深く知ることは時に足枷になりかねない。
その足枷を黒騎士にハメたのは他ならぬあなただ。
黒騎士はまた夫婦の元を去り、単独で船内を駆け回りシーゴーストを殲滅してまわる。
黒騎士の行く先々には亡骸があった。
何人も、何人も。
着実に、船内のNPCが死亡させられている。
「……嫌な胸騒ぎがする」
▽「どうされました黒騎士様!?」
いつの間にかついてる熱烈な黒騎士ファンの他の観測者がたずねると黒騎士は少々鬱陶しげにしつつ「ザラメに伝えてくれ。敵を殲滅しつつそっちに戻る。それまでに状況を分析して、この襲撃の謎を解き明かせと」そう発した。
『 』
「……ああ、この襲撃、無作為には思えない。なにか意味があるはずだ。俺はとにかく敵の総数を減らし、闇雲にでも戦う。この状況下で冷静に思考してられるのはザラメとあんたらだけだ。頼む」
黒騎士がまたも会敵する。
するとシーゴーストは以前と異なり、露骨に逃げる挙動をみせた。
木製の扉や壁をすりぬける船幽霊の特殊能力を活用されると途端、圧倒的に強い黒騎士でも倒すことは困難になる。逃げ惑う相手の処理はどうしても苦手なのだ。
「俺の情報が共有されている……。戦術的な動きだ。こいつらには“黒幕”がいる」
追いすがる黒騎士の攻撃を、シーゴーストは扉をすりぬけてかわそうとする。
激烈なる刺突。
扉ごと木っ端微塵に粉砕しながら黒騎士の必殺攻撃がまた一匹を仕留めた。
黒騎士は強引に、敵の想定する以上の破壊力で小賢しい逃走を阻止した。
「これで十体か、手こずらせてくれる」
亡霊が断末魔の叫びをあげながら活動を停止する。
黒騎士は冷徹に、船室内に転がった亡霊と乗客の亡骸を気にせず立ち去った。
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