31.ビームorチキン
◇
白布を纏った船幽霊二体は客室の扉をすりぬけて侵入してきた。
物質透過というべき所業を、ザラメはシーゴースト[lv.6]の特性である【通常攻撃無効】の応用だと理解する。
いわゆる幽霊に実体はない、といった類いのものでシーゴーストは純粋な物理打撃や斬撃をすりぬけてくる。もし対処法がない場合、これは致命的だ。
しかし黒騎士は当然のように斬り捨てていた。高位冒険者の武器ともなれば、ごく当然のように魔法が施されている為、有効なのだ。因縁の武器シルバーソードとて銀製武器なので通じるとされる。
重要なのは、霊性のない単なる木製の扉ではシーゴーストの障害にならないことだ。
客室の中に侵入してきた二体は虚ろな眼差しで生きている人間を探し回る。
しかしザラメやユキチを発見できず、小妖精にも反応しないために数分とせず客室を立ち去っていってしまった。
「た、助かったぁ~……!」
「作戦成功、ですね」
ザラメとユキチは船幽霊の白布を纏い、ベッドの上でじっと隠れていたのだ。
それは人間の目や耳をごまかせる擬態ではないが、幸いにも幽霊には効果があった。
◇「なるほど。ハロウィンの仮装は元々、悪霊を騙して仲間のふりをすることで魔除けにする目的だからね。同じシーゴーストの布ならごまかせるのか」
◇「なんか魔法も使ってたしね」
ユキチの行使した魔法は【ごまかしの呪符】だ。付与した対象に対する疑念や違和感をごまかすことができる認識阻害の呪詛を、護符に刻んで白布に施したのだ。
もし白布を纏うだけではバレるかは五分五分だっただろう。
(本当に妙案を閃いてくれるとは、思いがけず青汁の使い道が増えてしまいました……)
「あ、あのさ、もう離れてもいいかな……距離がさ」
「はい? 距離?」
「狭くて近くて、ちょっと窮屈かなぁって」
ユキチの白肌のほっぺはほんのり赤く色づいていたが、無理もない。
船幽霊の白布は三体分をあわせてもふたりの全身を覆い隠すにはギリギリの面積だった。
そこでザラメは有無を言わさず「いっしょに隠れますよ!」とベッドの上にユキチを引きずり込み、約三分間くらい密着状態でやりすごしていたのだ。
ザラメ自身は生きるか死ぬかの瀬戸際という意味のドキドキで幽霊が去るのを冷静に見極めるのに必死、ユキチとて怖がる一方、危険が去るまではソレを意識していなかった。
(あ、そっか、ユキチくんだって男の子ですっけ)
改めて考えてみれば、思春期の男子には刺激が強いシチュエーションかもしれない。
ユキチの白い吐息がいかに冷たいかをザラメは鼻先と頬で感じるほどに近いのだ。
そして世にいう吊り橋効果というやつで幽霊が過ぎ去るのをドキドキと待っていた緊張の余韻を錯覚して、ユキチ少年にそうした意識を抱かせてしまったとして無理はない。
無論、ザラメは冷静だ。
このシチュエーションに胸が高鳴るとしても吊り橋効果というやるだとよーく理解しているので、これが恋愛的なドキドキでないと確信がある。
(別に、ユキチくんを特別に気に入るような理由もまだないはずですし……)
なにより、ザラメは出会ってすぐの見知らぬ相手には多少の警戒心がある。
ここは少々釘を差しておくことにしよう。
「わたし、小学五年生ですよ? まずくないですか? ロリコンですか?」
と、ザラメは茶化すことにする。
するとユキチは「ろ、ロリコン!? ボクまだ13歳なんだけど!?」と叫んでベッドから転がり落ちてしまった。
「あー。ユキチくん、見た目通りの二つ上の学年だったんですね」
「うう、だから変なレッテル貼らないでよ……」
「すみません。ふざけあってる状況下でもないですしね。重要なのはいつまた船幽霊がやってくるかわからないのに、この窮屈な布切れをずっと被ってるわけにはいかないということです。改良を施しましょう」
「か、改良ってどうやって」
「ここは錬金術の出番です」
ザラメは杖を用い、錬成陣を床に描いていく。
そして紫色のランドセル型の携行アイテムボックスから今朝方ウォーターローブを作成した時の素材アイテムのあまりを取り出して、調合レシピを思案し。
ひらめいたものを早速、錬成することにした。
「我が希望を紡績せよ! 縦糸、横糸、交えて紡げ! 練りて金糸の螺旋を紡げ! 調合錬金! 【創出錬成】!!」
「うわっ、今バチバチって明滅が……っ!」
錬成の演出にビビり散らすユキチの臆病さときたら、さては前世ウサギかな。
完成したアイテムはこちら。
【ゴーストショール[2400DM]】
【分類:装飾品】【効果:アンデッド系の魔物から認識されづらくなる死者の白布】
【品質:★★★★☆】
これをつづけざまに三着分、ザラメは錬成しては早速、お互いに装備させた。
肩掛け布であるショールの形状に仕上がった為、着用しても頭から布を被るのと違い、手足も視界も自由である。反面、物理的に全身を隠せているわけではないが、船幽霊は五感で物事を判断しないので仲間と誤認させる要素があれば十分というわけだ。
「ユキチくん、これにさっきの呪符をおねがいします。それで完璧なはずです」
「わかったよ、トリスマギストスさん」
「長いのでザラメと呼び捨てでも」
「こ、今度からそうする」
ユキチはゴーストショールにごまかしの呪符をつけ強化してくれた。実証できるまでは不安も残るが、ザラメの見立ててではこれでもう船幽霊に襲撃されないはずだ。
もっとも、こちら側から意図して攻撃したりすればバレるだろうからそこは注意。
「あとは……HPの回復が完了するまでにレベルアップ処理をしておこうかと」
▽「レベル3のままだったもんね、なにか成長方針に悩みでも?」
「間違えると基礎経験値を余計に消費してやりなおす必要がありますから、慎重に考えたくて悩んでる間にずるずると……。すみませんが、相談に乗ってもらっても」
▽「俺らでよければ」
▽「あたしに任せて! 今攻略サイト読んでる! えーなになにドラマギは大人気VRMMORPGであり今年3.5周年を」
▽「そこから!? いや自分も詳しくねーけど」
▽「とにかく何を迷ってるか話してみて」
観測者らに促されて、ザラメは冒険の書を操作してキャラクターシートを開く。
プロフィールやステータスをはじめとしたプレイヤーキャラのすべてが集約されたキャラクターシートでのレベルアップ処理のために、ザラメは仮想電子ペンを出現させる。
紙と筆。
伝統的なRPGの基本形を踏襲した雰囲気作りを意識したユーザーインターフェースだ。
キャラクターシートの外観も古風な羊皮紙が基本形となっていたりして、空中に固定できるデジタルウィンドウのくせにさわればゴワゴワとした手触りが楽しめる。電子ペンは羽ペンに早変わりして、インクの臭いまで漂わせた。
それでいて“見て考えるだけで操作できる”今時の操作も併用できる。
【Name:ザラメ・トリスマギストス】【Race:ホムンクルス】【Lv:3】といった表記が羊皮紙上に並ぶ中、ザラメは【主技能】と【副技能】の項目を拡大表示する。
「私の主技能は錬金術師です。この主技能は必ず冒険者レベルの最大値にするべきなので、必要な基礎経験値をコストとして支払って今、レベル4にしました。問題は、主技能のレベルアップごとに選択方式の特技(SP)取得があることで……。ビームorチキン的な」
▽「ビーム」
▽「ビーフでは」
▽「ビームカレー食いたくなってきた」
ザラメは些細な言い間違えに小っ恥ずかしい思いをするが、つとめて平静に聞き流し。
「だ、誰にでも言い間違えはあるよ」
「ぬがっ」
ザラメがスルーして続けようとしたタイミングでユキチの無駄なフォローが入り、傷口に塩を塗られながらも懸命に説明をつづける。
「SPの選択取得は重要です。黒騎士さんはSPで【重装防具A】と【重装防具S】を取得してるおかげで重たい鎧を着こなしてます。この特技がないと重たい防具を装備して戦えないわけです。逆に黒騎士さんは【軽装防具S】がないので装備制限のある身軽な防具は使いこなせない、といった感じで……」
▽「それがビームorチキン、選択ってことね」
「ぐぬっ……、と、とにかく、何をどうするかは今後の育成方針次第で決めかねてて」
ザラメは今現在のSP構成を示す。
【SP1:精密射撃】【概要:正確に敵味方を区別して遠隔攻撃ができ、誤射しない】
【SP2:学識A】 【概要:一部の知力系判定を強化する】
【SP3:魔力回復】【概要:魔法使用時の消費EPが一定量還元、常にEP回復量が増加】
精密射撃は魔法アタッカーの必須SPに近いので特別なものと言い難い。
とはいえアタッカー運用を考えない場合、この枠を他に差し替えるので、ザラメが魔法攻撃担当であることはプレイヤーなら誰でもわかることだろう。それほど基礎だ。
学識Aはパーティにひとりは欲しい必須スキルのひとつで、一部の知力系判定といいつつ広範囲に影響する。ザラメが必ず初見で魔物のデータがわかり船の修理まで可能だったのは元々の高い知力をさらにこのSPで強化した結果といえる。
魔力回復は魔法職全般で優先される準必須スキルでこれまた鉄板チョイスだ。
魔法をメインにして多用する場合、魔法の使用コストになるEPの枯渇が問題になりやすい。とりわけザラメのように魔法が使えないとなにもできない構築では必須といえる。
つまるところは意外とザラメの初心者ビルドはセオリー通りでまだ個性は薄い。
「ちなみにユキチくんはどうしてます? 参考までに教えてください」
「え、僕? 【学識A】【魔力回復】【軽装防具A】【回避術A】【降霊術】だけど」
「……え? 回避術?」
▽「回避型前衛向きの特技構成だね」
▽「二つ被ってらぁ」
▽「魔法使い? 戦士? どっち?」
▽「いわゆる魔法戦士的な両立型じゃないかな」
ザラメはユキチの技能構成を再確認する。
主技能【操霊術師:lv5】だけでなく副技能【軽戦士:lv4】の記載が示すのは、ユキチは本職としては魔法を主体としつつ物理戦闘もこなせる両立型ということだ。
よく考えてみれば、船幽霊から走って逃げて追いつかれないだけの優れた敏捷を最初に示していた。勇敢さがかけらもみえないせいで先入観から気づかなかったのだ。
「ユキチくん、チャンバラ得意なんですか?」
「いや、あんまり……。でも自分の身を守りながら魔法で援護できる堅実な支援ポジションだったら僕でもできるかなって……」
「理由が後ろ向き」
しかしこれは本当に、ザラメには参考になる構築例だった。
「……“打たれ弱さ”を、短所を補うべきか、それとも長所を伸ばすべきか、です」
長期的な成長戦略は今後を大きく左右する。
これは短期的なその場その場の戦術よりもザラメにとって重大な選択になりうる。
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