030.操霊術師ユキチくん
◇
操霊術師。
このVRMMO『Draco Magia Online』においては主要な魔法技能の一つである。
狭義には死霊術師ともよばれるが、それは一つの側面にすぎない。
操霊術師は呪術や心霊に長じており、不気味でおぞましい印象がある。死者を操る魔法も含まれるため、特に舞台上の住人は畏怖を以て死霊術師と呼ぶことがある。
雪人の少年は、その操霊術師を主技能としてレベル5まで取得している。
シーゴーストに対抗しうる本職の専門家という意味ではザラメや観測者らの期待がかかるも、その眼差しに雪人の少年は耐えかねて居心地悪そうにしていた。
「せ、専門家と言われたって、ボクにそんなこといわれても……」
「過度の期待はしてません。さっきまで逃げ惑ってたわけですしね」
「キミ、ずいぶん冷静だね……」
「わたしはザラメ・トリスマギストス。レベル3の錬金術師です。あなたもまずは自己紹介をどうぞ。それと緊急時こそ落ち着いて行動しろ、と小学校でよく言い聞かせられてますから。VR防災訓練で火災現場の体験させられたりしませんでした?」
小学生に焼け落ちそうなマンションから救助される訓練をやらせるとか、軽いトラウマとして語り草になるやつだ。痛覚軽減してあるとはいえ、仮想現実上で最悪ミスると煙に巻かれて苦しみながら死ぬのは薬が効きすぎている。
もっとも、ザラメは冷静そうにみえるよう頑張っているにすぎず、火災訓練していれば亡霊に取り殺される危機的状況のマニュアルがわかるわけではない。
雪人の少年は「したけど、焼け落ちた天井の下敷きになって死んだかな……」と答えて。
「僕はユキチ。ユキチ・フリシキル。レベル5の騒霊術師……。役立たずのね」
雪人の少年――ユキチは深くため息をつき、体育座りして落ち込んでいる。
なにか事情があるらしいが、ゆっくり相談に乗る暇はないので単刀直入に「なにか亡霊対策に心当たりありませんか?」とザラメは尋ねた。
ユキチはふぅと重苦しく吐息を吐く。ひやっと冷たく白い吐息はほんのり室温を下げた。
「【魔除けの呪符】は術者のレベルより低い格下の魔物にしか意味がないんだよ」
とユキチは懐から白紙の呪符を取り出して示した。
「ああ! この呪符が通用しないあいつらはレベルがボクより高いはずなわけで……!」
「……はず?」
「あんな正体のわからない幽霊なんて対策のしようがないじゃないか!」
「え、正体わかってますけど?」
「は?! え、なんで!?」
困惑するユキチの冒険の書を対象にして、ザラメは自分の冒険の書からモンスターデータを送付する。ユキチは驚愕した。レベル3のザラメが魔物知識で上回っているからだ。
「私、知力特化型種族らしくて。こういの得意なんです」
「え、え、ちょ、ステ見せて!?」
「どぞ」
ザラメに送付されたデータをひと目見て、ユキチは強烈な衝撃を受けた様子だった。
それこそ雪だるま相手にメジャーリーガーの時速160kmの豪速球をぶつけて砕くが如く。
「【知力S+】!? 超最高水準じゃないか、ボク【知力A】なのに負けてる……」
「レベル補正を含めると実数値は僅差でわたしが上回る程度だと思いますけど」
「はうう、やっぱりボクは役立たずなんだぁーっ!!」
「しっ、大声を出さないでください、見つかっちゃいますから」
「ごご、ごめん!」
ユキチは意気消沈して黙りこくる。体育座りして床に「の」の字を描く始末だ。
ザラメはなんだかなにか悪いことをしてしまった気分でちょっと気まずくなる。
▽「ザラメちゃん知力S+って最強じゃね?」
▽「素質はね。ホムンクルスは魔法職の適性が最高クラスなのは間違いない」
▽「ザラメちゃん本人の個性値とホムンクルスの種族値、レベリングの成長値の三値を合計してステータスは決まるんだけど、初心者にみえてガチ構築だよコレ」
▽「個性値は“中の人”で決まるからなぁ……。地頭悪いと一部の魔法職はきついよ」
▽「スノーマンの種族で知力Aランクは優秀な方だからね?」
観測者のコメントを聞くに、ユキチは当人が言うほどダメではないらしい。
むしろ実力以上に自信がない、ネガティブメンタルの持ち主なのが問題そうだ。
(……まぁ、私は望んで天才錬金術師アセンを引き当てたわけですが)
個性値。
リアルプレイヤーの素質をゲームに反映させる要素であり、これにより『Draco Magia Online』のキャラクターメイクには個人差が必ず生じるようにできている。
シンプルな話、運動が得意ならば物理系、学問が得意ならば魔法系、という訳だ。
ただしゲーム的な都合もあって、文武両道の天才ならば各ステータスが最高の個性値になるわけではなくて、個性値の合計は一定水準に収まる。
仮に50を一定水準とした場合、得意分野と苦手分野があり長所短所はあれど合計値は45-55の範囲に収まる、といった具合だ。
キャラクターメイク時、この個性値に基づいておすすめの種族や技能をゲーム側がいくつかプランを掲示してくれるので、大半は適切な仕上がりになってくれる。
【あなたのオススメは、ホムンクルスの錬金術師です】
といった提案に載った結果で、むしろ変態的構築というより模範的構築である。
ただし、ホムンクルスの実装は3.5周年記念アップデート以降でごく最近である上、ユーザー全数が約1,2000人に激減した今、同じ構築例のPCは皆無のはずだ。
仮にホムンクルスがいたとしても、別の魔法職であるとか、個体値が異なっているとか、サブ技能の取得が異なるといった形で差が出ていることだろう。
「……いいですか、ユキチくん」
ザラメは気落ちしているユキチの目をじっと真剣に見つけて、こう発した。
「六十秒以内に妙案が出なかった場合、さっきの青汁ポーションを口にぶちこみます」
「!!?!??!?」
「くそ苦い薬草をロクに調味せず素材の味しかしない青汁ポーションをあなたの口にぶちこみます。さらに三分間が経過したら虫汁ポーションをもぶちこみますので」
「ちょ、ちょっと待って!? さっき散々苦しんでたアレを!?」
「いーち、にーい、さーん」
「うぎゃああああっ!? か、考える! 今考えるからちょっと待って! ねぇ!」
「じゅうに、にじゅうに、さんじゅうに、よんじゅうに」
「一秒間に十秒刻みで数えてるんですけど!?」
ザラメはポーションの蓋を開け、青汁薬草ポーションの臭いを漂わせながら脅迫する。
ユキチは涙目になりながら死にものぐるいであーでもないこーでもないとつぶやく。
▽「JS5に脅迫されてらぁ」
▽「死のカウントダウン」
▽「ザラメちゃんさでずむ」
▽「やっぱり罰ゲームだった」
観測者らに憐れまれる中、ユキチはあとすこしで口にポーションぶちこまれる寸前で。
「は、ハロウィン! ハロウィンでいこう!!」
と奇妙なことを叫んだ。
苦し紛れのでまかせなら今すぐ青汁を、と構えたザラメにユキチは涙目で弁明する。
「ストップ! すたぁっぷ! ちゃんとこれでうまくいくはずだから!」
「ほほう、ではいかにして?」
▽「大変だ! またシーゴーストが二体この部屋に近づいてきてる! 急いで!」
観測者の警告に緊張が走る。
猶予はない。
ザラメはユキチと協力して、船幽霊の襲撃を生き残る一策を講じようと急いだ。
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ドラマギの基礎ステータスは【個性値】【種族値】【成長値】の合算で決まります。
基礎ステータスには一定のバランスがあり、原則的にすべてが最高水準にはなりえません。
必ず長所と短所が出やすくなっており、ザラメの極端な知力のステータスは他の部分で帳尻合わせがなされています。
とりわけ敏捷値がドワーフ並み、全種族中ワーストを争いますし、さらに生命値も低いので避けない上に打たれ弱いのはご存知の通りですね。