003.クエスト:アーチ橋のカワウソ討伐 【挿絵アリ】
今回の時系列は「ログイン二日目:夕方」になります
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――観測者である“あなた”に未帰還者ザラメ・トリスマギストスは事の次第を語る。
なぜ、今に至るのか。
これは未曾有の大規模電脳災害の真っ只中にいたザラメのこれまで。
幼き少女はどこか恋しく懐かしむように、気丈に語ってくれた。
◇
[Lv.5]弁慶カワウソ。
港はずれのアーチに陣取っているこのボスモンスターは、自分でも勝ち目のある弱そうな相手を見つけては武器や荷物を奪い取ってしまう。
一見してかわいいと侮るなかれ。
カワウソはイタチ科の肉食動物である。
エサではない人間を自ら襲うことはなくとも、必死に反撃するときは犬や猫がとても獰猛であるように脅威になりえるもの。もし水中に引きずり込まれたら泳げない人間は溺死してもおかしくはない。
ゲーム上の弁慶カワウソも同じくして、そのかわいげのあるルックスと裏腹に序盤の難敵として初心者に立ち塞がるボスモンスターのひとつだ。
「ワニを倒せるらしいですよ、カワウソ」
――といった魔物知識を、なぜか知る由もないはずのザラメはすらすら喋っていた。
クマのように大きく、奪った防具と薙刀らしき武器を纏い、さらに数匹の子分である盗賊カワウソを侍らせている弁慶カワウソにビビった四人はアーチ橋そばの木陰に隠れていた。
そして弁慶カワウソの情報を披露したザラメにシローミオシオリンの三人は拍手する。
「よ、カワウソ博士!」
「なになに? 夢は水族館でイルカショー?」
「ふぉっふぉっふぉっ、ザラメはすごいじゃろー」
「……いやいや、この“修正補助”怖いでしょ? リアルの私が知らない知識を、この“ザラメ”は知ってるってのは……」
テストのカンニングじみた後ろめたさ。
そこを割り切ってしまえる仲間たちの気楽さがザラメはうらやましくなる。
「んなこと言ってもよ、オレらはゲームの異世界語を読み書きできるし、習ったわけでもないのに剣術がわかるんだぜ? これがなきゃゲームになんねーよ」
「……正論」
「心桜はホムホムクルルンって知力すごすご系にしたせいで通知うるさいんじゃない?」
「……浅潜水中は通知ポップ多くてめんどいです」
仮想世界への接続方式には大きく分けて四段階がある。
『全潜水式』《フルダイブ》
『半潜水式』《ハーフダイブ》
『浅潜水式』《セーフダイブ》
『無潜水式』《ゼロダイブ》
これらは仮想世界への同調と没入を潜水行為に例えて、その深さを言い表している。
『無潜水式』は一切の意識接続を行わず、モニターとスピーカで音と映像のみに触れる状態だ。旧来通りにメディア機器を使っているだけともいえる。
『全潜水式』は五感すべてを仮想空間に委ねている状態である。“味覚”“痛覚”などが働くのはこの状態のみ。また“修正補助”も最大限に発揮される。
「0」と「100」は単純明快。問題は中間だ。
『半潜水式』は仮想空間と現実どちらにも意識を残している状態だ。一昔前でいえば、VRゴーグル装着時のように目と耳を塞いでいる状態に近い。肩を叩けば気づくし、ゲーム内の料理の味だってちっともわからない。
『浅潜水式』は「0」と「50」の中間という定義。最小限の意識接続を行い、考えるだけでゲームを操作できる。コントローラーなどが不要になる、という程度の感覚であって、映像や音声は視覚や聴覚を占有しない。
集中せずに済む軽作業くらいならば、日常生活と並行できる『浅潜水式』はとても便利で気軽なためにVRMMOに限らず、幅広くネット社会で活用されている。
……が、『浅潜水式』では“修正補助”によって得られた情報は蓄積されて通知される。未読メッセージが溜まっていくSNSのように、あるいは山積みの宿題のように、それはめんどくさい。
ザラメは後悔している。
知力特化型PCとはつまり、半強制的に山ほどの知識を押しつけられる上、周囲にその知識を頼られるというめんどくさいものだったのだ。
(で、どうするかなぁ)
弁慶カワウソの弱点属性は炎、雷、斬撃。弱点部位は頭と足ずね。
危険行動は水中への道連れ落下。
橋から川に落とされると高確率でこっちだけ死ぬ。不利だと川へ逃げるのも要注意だ。
こういうのがひと目見てわかってしまうのは便利この上ない。
「開幕、まず火竜の挨拶を狙いましょう。有効範囲に無差別全体ダメージらしいので必ず最初にやらないと味方を巻き込みます。シローくんはスノーマンだから絶対に突っ走っちゃだめですよ」
「もし巻き込まれたらどーなるんだ?」
「雪だもん。炎で溶けます」
「ひぇ」
シローは顔面蒼白となる。いや、氷雪系のスノーマンは色白なのは元からだったか。
「斬撃を足すねに与えると大ダメージ狙えるそうですよ。大活躍のチャンスですね」
「ふっ、オレの剣技で凍えさせてやるぜ!」
「あ、氷雪ダメージ半減の耐性あるので物理でどうぞ」
「不利属性ぃぃぃぃ!!」
「カワウソス」
マーメイドのミオに背中をポンと叩かれ、同情されるスノーマンのシロー。
しかしザラメちゃんは知っている。
「弁慶カワウソに水ダメージ無効の耐性と水棲系特攻ついてるんでマーメイドのミオちゃんは即死しないよう頑張ってください」
「あたしまで不利属性ぃぃぃぃ!? なんで!?」
「カワウソの主食、魚ですから」
「カワウソス」
スノーマンのシローに背中をポンと叩かれ、同情され返されてしまうマーメイドのミオ。
うるさいうるさい! とじゃれ合うように喧嘩する不利属性コンビは微笑ましいやら騒々しいやら。
そのあと「でも水中適性あるからもし川に逃げたら有利ですよ」とフォローして。
「シオリン、いざという時ドワーフは火炎無効ですから“火竜の挨拶”に巻き込みます」
「こ、怖いけどがんばる」
「水中への道連れ落下攻撃にだけは気をつけて。拘束された時は、これを使って」
ザラメは赤い液体入りのガラスシリンダーを手渡す。
ロリドワーフのシオリンは『知力』数値が低いゆえか技能構成の差か、“修正補助”がアイテムの情報を教えてはくれないようだった。
「これは……?」
「“暴君のくしゃみ”です。激辛トウガラシスプレーとも。至近距離で顔に当てれば身悶えるはずです」
「……心桜ちゃん、これ、わたしも巻き込まれるんじゃ……」
「ドワーフは激辛耐性アリなので五割の確率で無効になるはずです」
「……ああ、神よ」
神官らしく神に祈る白ひげロリドワーフのシオリン。赤ひげにならないといいけれど。
そういうわけで準備は万端――。
夕方空の下、ついに四人は“夕飯までにかたづけよう”と意気込んで。
火竜の挨拶によって初めてのボス戦の火蓋を切った。
毎度お読みいただきありがとうございます。
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弁慶を引き連れる盗賊カワウソは、はじまりの港近隣でよくみかけるモンスターです。
立ち位置的にはいわゆるゴブリンに近いものの、lv3ですので現時点では油断できない相手です。
カワウソは独自の集落で暮らす獣人系異民族にあたり、すべてが敵ではありません。
現時点ではゲーム内フレーバーにすぎませんが、クエスト依頼人は同じくカワウソ族だったり。
はじまりの港ももどると人混みにまぎれて一般通過カワウソがいたり、鮮魚を売りにくる魚屋カワウソがNPCとしてします。
なお、このドラマギのレベルは設定上最大15まで、現段階11まで開放されています。
レベル1が一般人並み、レベル2が初陣の冒険者、レベル3が駆け出し冒険者、レベル5で一人前の冒険者といった基準目安です。
ログイン二日目にしてレベル3のザラメ達はスタートダッシュキャンペーンやチュートリアル等の特典と初期段階のレベリングでちょっと早めな進行ペースだったりします。