027.涙目の死霊術師 【挿絵アリ】
◇
一等客室でザラメは目覚めたのは騒々しく駆け回る足跡や飛び交う怒号のせいだった。
ベッドの傍らで見守っていたらしい黒騎士は鉄仮面を着け、臨戦態勢だ。
――なにかトラブルらしい。
「黒騎士さん、一体なにが……!」
「気にするな。単なる敵襲だ」
「単なる!?」
「想定範囲内の通常戦闘ということだ。陸路でも海路でも、これが冒険ファンタジーRPGなら敵と一切でくわさない方がどうかしている。今頃、甲板で他の冒険者連中が戦っているはずだが、戦力に不安がないうちは救援要請もないだろう。だから待機でいい」
黒騎士はずっとそばで見守ってくれていた様子だ。
物事には優先順位がある。
黒騎士の判断基準において、船内全体の安全より、ザラメ個人の安全を重視していることは明白だ。
それはザラメの脆弱さ、一人では安心しかねる無力さによって黒騎士を縛りつけ、足手まといになっているということで心苦しさをおぼえるものの――。
ザラメは多少の迷惑をかけることは覚悟の上で今ここにいるので気負わないことにした。
「黒騎士さん、私を気遣ってくれてるんですね」
「不満か? 成長効率を優先するなら叩き起こしてでも戦わせるべきだったか」
「過保護すぎず、適度にやさしい今のやり方でおねがいします」
「注文の多いお子様だな」
「有効活用ですよ、頼りがいのある保護者がそばにいてくれますからね」
「こいつ、終いには塩もみこんでカラッと揚げるぞ」
「なんてしょっぱい塩対応ですか」
ふっ、と黒騎士が軽口を叩き合うのは楽しいらしくて微笑をたたえた。
重ねていうが、ザラメは鉄仮面の下の素顔を知っているから見えずとも想像がつくのだ。
そういう風に、敵襲にも関わらず和んでいる二人。
しかし敵襲が他人事でなくなったのは客室前の廊下から「わぎゃあああん!」と情けなさそうな男子の悲鳴が響くと共に、ドタドタとこちらへ走る足音が近づいてきたからだ。
「ひゃわう! あ、開けてぇ~! 助けてぇ~っ! ボクを中に入れてぇっ!!」
ドンドンと少年は扉を叩いてくるが施錠された上、よく見ると黒騎士は鳴子トラップをロープと木片を組み合わせて設置している。さらに寝室への通路上の足元にロープを張り、引っ掛けると頭上から毛布が落ちてくる罠までしかけている。
(……さりげに過剰な防衛すぎません?)
もし敵以外に罠が作動したら――。その場合は一応、ガラガラと音が鳴りながら毛布の下で被害者がもがくだけになるし、客室にノックもなく無断入室する時点で問題アリということまで考えればわかるが。
何にしても、この黒騎士のプチ要塞になぜ情けない悲鳴の男は入りたがってるのやら。
「おねがい早く! 敵が追っかけて来てるの! 他に逃げ場がもうないんだよぅ!!」
扉を叩く音はすれど、男を追いかけてくる足音を黒騎士は確認できない様子だ。
いや、あったとしても男がうるさくて聞き取りづらいわけだが……。
黒騎士とザラメはそれぞれ獣耳のおかげで聴力がよい。しかしそれでも他の足音や騒音が近くに聴こえず、助けを求める男の言葉は信用しかねるものだったが、しかし。
▽「本当だ! シーゴーストが左右から迫ってきてる!」
▽「幽霊だから足音がしないのかな」
▽「後衛魔法職! 操霊術師! レベル5!」
▽「敵きてるきてる!」
観測者の小妖精がすかさず扉を叩く男に随伴設定を切り替えることで、扉の向こう側の様子をチェックしてくれたのだ。
観測対象のステータスや周囲の状況をカメラチェックできる以上、複数の観測者のコメントがあれば過剰に警戒する必要はないとみていいだろう。
それより、すぐそばにシーゴーストが複数迫っているという緊急状況が問題だ。
「面倒事を……、ちっ」
「わわわ! あ、ありがとうーっ!! 恩に着るよぉっ!」
黒騎士は扉の鍵を開け、室内へと操霊術師の男を引っ張り込んでやる。
すると八の字眉で涙目うるうるの男は「うわぁーい! ありがとーよぅっ!」と幽霊モンスターから逃げ果せた安堵と狂喜を爆発させ、黒騎士へ抱きついたではないか。
「おばけ怖いおばけ怖いめっちゃ怖いっ! キミは命の恩人だぁっ!」
「ぬわっ、この、離れろ……!」
物理的なダメージではなく気色悪さから黒騎士は大きく後ろに後ずさる。
(なにこの人……)
ザラメが呆気にとられてる間にジリジリと黒騎士は後退をつづけ、あの毛布トラップのロープにかかとを引っ掛けてしまった。
バサッ!
二重に重ねた毛布が黒騎士と操霊術師にいきなり覆いかぶさった。
「うぎゃあああああああっ!! やだ暗い硬い冷たい痛いもふもふしてるぅっ!!」
「やめろバカ暴れるな! 何なんだこいつは……!」
(なにこれ面白いです)
ザラメはとりあえず横ピースしながら二人の醜態をいっしょに撮影して冒険写真広場に投稿しておく。
タイトルは「毛布おばけ」。
ところがその写真にばっちり幽霊が映っている。心霊写真、いや室内に幽霊モンスターまで入ってきてしまっている。操霊術師の男のせいで扉を閉め損ねていたせいだ。
【[lv.6]シーゴースト:海難事故の死者の彷徨う霊魂。生者を海の底へ引きずり込む】
「洒落にならない設定!?」
レベル3のザラメの二倍差、それが三体。
黒騎士は操霊術師と自作の罠のせいですぐさまに動けそうになく、乱入してきた三体の白布を纏った恐ろしい船幽霊は猛然とザラメに襲いかかってきた。
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新たな主要キャラクター登場……?
はて、一体どんな子なのやら。