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026.漆黒の重騎士、口止め料を渡す

 風魔船の修理作業に集中していたザラメはノルマを終えると仮眠をはじめた。

 フラスコの中にすっぽり小狐の姿で収まると黒騎士の背嚢の中で寝ている。二本目の回復飲料だけではEPを全快するには不十分だったそうだ。


 観測者であるあなたは昼食の席につきつつ、ザラメとシオリンを携えた黒騎士の行動をゆっくり観察しているところだ。

 黒騎士は依頼人に完了報告をすると、その仕事ぶりをザラメに代わって褒められていた。


「素晴らしい! 午前中のうちにすべて終えてしまうとは信じられない速さだよ! うち専属の魔法技師たちだけでは五日間は掛かる見通しだったというのに……」


「……五日間? なぜそんなに」


「壊れた部品を検査員に見つけさせ、新しい部品を工作技師に発注して、さらに魔法技師に外注するわけですから時間が掛かるのは当然です。しかもこの災害の影響で各方面てんやわんや、発注品も後回しにされても致し方ない状況下です。いやぁーまさか、たったひとりでこなしてしまうだなんて! まさに天才ですなぁ」


 ドックの長はいたく上機嫌でザラメのことをべた褒めする。

 実際、三時間たらずで大小六隻の船舶を直してまわったのはおどろきだ。


「依頼達成おめでとうございます! あの難題をこうもあっさり解決なされるだなんて」


 冒険者ギルドに報告にきた黒騎士はまたかと少しうんざりした様子だ。

 受付嬢の説明を聞くに、どうもこの依頼はレベル6以上の魔法使い数名で一日がかり程度の想定だったらしい。それをレベル3の新米冒険者であるザラメひとりで解決したということでむしろ褒めない方が不自然なくらいだった。


「ザラメ、起きろ。お前の報酬だ、自分で受け取っておけ」


「むにゃもにゃ……」


 人間態に寝ぼけながら擬態したザラメは、いつも獣耳くらいで獣度10%くらいのところを70%くらい動物めいたファンシーでファーリーな姿で報酬を受け取り、必要最低限の受領だけ行うとまたフラスコの中に戻ってしまった。


「……なんだ今の着ぐるみ」


「ふふっ、へんてこなライカンさんですね」


「……ああ、そうだな」


 黒騎士の同意に含みがあった。察するに、世界観設定上『ホムンクルスはしばしばライカンを装う。もし擬態にミスがあっても、同じ動物がらみのライカンだと言い張ればごまかしやすい』といった背景を踏まえて黙っておいたのだろう。

 それはどうも無駄な配慮ではないらしい。


「おい、今のガキ、ライカンの変身にしちゃ奇妙じゃなかったか……?」


「奇妙つってもじゃあ何だってんだよ、魔物かぁ?」


「導きの書を授かってるんだ、そりゃねえはずだが……」


 NPCの冒険者は早速、ひそひそ話をはじめてしまっている。

 異変以前のNPCならば起こり得ない反応なれど、もし彼らが架空の世界の住人としてハリボテや書き割りでないのだとしたら当然の反応だ。


 観測者としてあなたが調べた限りでは、3.5周年を期に実装された新規三種族のスノーマン、マーメイド、ホムンクルスは滅多に人前に現れない希少種族とされている。

 うだつの上がらないくすぶった三流どまりの冒険者という彼らの配役を考えれば、物珍しい種族に好奇心や功名心をくすぐられる要素は大いにある。


 希少種族というだけで、もし人身売買の対象になれば高値がつくことが想定できる。

 仮に彼らが人さらいを企まずとも、噂話が広まれば悪党の耳に入らないとも限らない。

 本来そのような危害がプレイヤーに及ぶはずはなかったが、異変後ならありえることだ。

 ザラメがNPCのシンギュラリティを恐れて逃げたのは、幼心に危惧を直感したのだろう。


「……おい、貴様ら」


 あなたが憂慮するのも束の間、黒騎士は噂話をしていた冒険者ふたりを威圧した。

 レベル9の黒騎士は見るからに堅牢鉄壁の防具を纏っており、三流冒険者の得物と実力では傷ひとつ負わせることも難しいことは明白だった。


「ひっ、な、なんだよあんた……」


「他言無用だ。いいな。俺の機嫌を損ねるような真似をしたら……」


 黒騎士は背嚢から一本のやや小振りな剣を取り出すと、その刀身を見せつけた。

 ぎらりと冷たい輝きに三流冒険者たちは息を呑む。


「こいつを口止め料にくれてやる。詮索するなら“イロ”つけて返してもらうぞ」


 黒騎士に凄まれて戦々恐々としつつも悪くない提案に三流冒険者は安堵する。


「わ、わかったよ。約束するぜ」


「ああ、それよりいいのか? こんな上等な武器を」


「単なる予備の一つだ。対価を受け取った以上は協力してもらうぞ」


 黒騎士はいくつか相手に言い含める。

 つまり、この酒場に今いる人員にも噂話をさせないようにする、そしてザラメについて問われたら別の噂を流して偽情報で打ち消すようにするという周到なものだ。


 まさにアメとムチである。

 黒騎士の剛柔使い分けるやり方にあなたが感心していると今度は急報が届いた。


「東門側の監視塔から敵襲の知らせがあった! 戦力が足りない! 腕に覚えのあるやつはすぐにきてくれ!」


 冒険者ギルドが一気にざわめき立ち、緊急の依頼が発行される運びになる。

 騒々しくなる中、黒騎士は我関せずと立ち去ろうとする。


「待ってください! 漆黒の重騎士さん! ひとりで戦いに行くんですか!?」


 声をあげたのはエルフの少年剣士だ。NPCではない。


「一昨日、一緒に戦ってくれましたよね! 今度もボクがいっしょに戦います!」


「……七面倒くさい」


 黒騎士は軽くため息をつく。

 鉄仮面の奥底に表情を隠したまま、勇んでいる少年剣士に気だるげに告げる。


「悪いが別件の用事だ。当分この港には帰ってこない予定だ。勘違いされては困る」


「……え? 敵がすぐそこに来てるんですよ!? 正体不明の殺人鬼だっているんです! それなのにはじまりの港にいるみんなを見捨ててどこかに行っちゃうんですか!?」


「……ああ、そうだ」


「ど、どうして……」


 エルフの少年剣士は失望と落胆と、そして不安にうちのめされた様子だった。

 あなたは過去の事情を知る由もないが、察するに、異変直後から二日目にザラメと出会うまでの間になんらかの共闘の機会があったのだろう。

 観測者であるあなたの説得によって方針転換したが、それまで黒騎士ははじまりの港では希少な高レベルプレイヤーとして奮闘し、初心者の集団避難所を守るつもりだった。


 人はなにかを決断する時、得るものと失うものを天秤にかける。

 決断の天秤にかけられたザラメに重みをつけたのは他ならぬあなただ。

 エルフの少年剣士が描いていた希望的展望を、あなたの選択が意図せず打ち砕いたのだ。


「漆黒の重騎士さん! そのホムンクルスの女の子が理由なんですか!」


「ああ」


 黒騎士は冷淡に告げる。


「俺がこいつを守ってやらなきゃ、こいつは絶望の中で野垂れ死ぬことになる。そういう過酷な運命を背負っているらしいんだ。俺をこの港に繋ぎ止め、こいつに過酷な一人旅を強いることをお前は望むのか?」


「くっ、そ、そんな無謀な旅なんてあきらめさせたらいいじゃないですか! このはじまりの港で安全にみんなで協力して! 助け合って避難してちゃダメなんですか!」


「……他言無用だ、詳しいことを話す」


 黒騎士に内密の話だといわれて、少年剣士はその細長い耳を囁きに傾ける。

 そしてザラメの悲劇と目的を知って、先程までの威勢を失ってしまった。


「……すみませんでした。ボク、何も事情を知らなくて……。まだ助かるかもしれない大事な人の命をあきらめろだなんて、ボクだって言えません……」


「刻限だ。もう行く」


 意気消沈するエルフの少年剣士は「……御武運を」と見送りの言葉を絞り出す。

 黒騎士は背嚢から先程より長大で意匠の凝った鞘の、見るからに上等な剣を差し出した。


「俺の使い古しで悪いが、まだ耐久値は十分に残っている」


「で、でも! ボクにこんな立派な武器を受け取る資格なんて……!」


「勘違いするな。これは口止め料だ。受け取れないなら敵意ありとみなすが」


「漆黒の重騎士さん……。わ、わかりました!」


 黒騎士は上等な刀剣を押しつけると今度こそと冒険者ギルドを後にする。

 その値打ち物はいかに黒騎士にとってこれが苦渋の決断であったかを象徴していた。

 去り際、エルフの少年剣士は覇気を取り戻した表情で慎み深く一礼して見送るのだった。


『 』


「お前が気に病むことじゃない。別に、私は義務感だけで仲間になってないんだから」


 黒騎士は出港準備を済ませた快速風魔船「アルフォートⅦ」号のタラップを昇る。

 その足取りはどこか軽やかにみえた。

毎度お読みいただきありがとうございます。

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