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025. ラムネクター つぶつぶピーチ味[500G]

 依頼書にはこう記されている。


『破損した風魔船の修理を依頼する。魔法に精通する技術者を求める』


 黒騎士の案内でやってきたのは乾式の船渠ドックだ。

 船舶の製造や整備を行う船渠なしには大きな港町は成立しない。災害の影響で破損したもののまだ使えそうな大小の船舶がそこに格納されていた。


「現代船に比べるとちょっと小さいんですね」


「豪華客船やタンカーみたいな鋼鉄の巨大造船はドラマギにはないらしい。設定上内燃機関……つまり石炭やガソリンを燃やして動く乗り物はあってもレアものだ」


「じゃあ大海賊時代みたいな風力で動く船ですか?」


「大航海時代な、テストに出るぞ」


「ぐっ。そ、それより、もしかして風魔船って聞き慣れない単語はつまり魔法で風力をコントロールするってことですよね。この知識はすぐ“修正補助”でわかりました」


「便利だな。知力特化型の恩恵か。俺は地力で調べさせられたってのに」


「えっへん」


「どやがおぎつね、自慢げにするのは修理依頼をこなしてからだ。クエストを達成すれば【成長の鍵】や基礎経験値だけじゃなくて報酬もある。俺は第二帝都への移動手段が確保できるよう依頼人に掛け合ってくるから、修理作業をはじめてくれ」


「あの、確実にこなせる自信はないんですけど……」


「別に、ダメならダメでいいさ。その時はまた別の手段を考えるし、失敗して叱られそうなら俺が頭を下げる。とにかく試してみろ」


「は、はい」


 ザラメは黒騎士を見送って、船渠にいるNPCに説明を受けながら修理作業をはじめた。


 まずは点検だ。

 数百人は乗船できずとも数十人規模を載せる中型船だ。リアルでは小学五年生のザラメには無茶な話だが、しかし知力に特化したホムンクルスの種族恩恵や技能配分のおかげで船内で目にするものの大半はそれがなんであるかを理解できた。


 それでも、心細さは否めなかったが――。


▽「ザラメちゃん船大工になるの巻」


▽「修理がんばえー」


 等と小妖精との語らいで緊張の糸はほぐれてくれた。


「ありがとうございます。おかげでなんだか社会科見学の時みたいな気分です」


▽「あー、みかん工場の見学したなぁー」


▽「ザラメちゃんおやつは3000DMまでだよ」


「ランドセルぜんぶお菓子で埋め尽くせそうでいいですね」


▽「たべすぎつね」


▽「重くなりすぎて船を沈めないようにね」


「なんて言い草……!」


 ぐぬぬと悔しがるザラメ。

 ふとした拍子に、だれかがくすりと笑った気がして後ろを振り返った。

 そこには空虚な眼差しの、歩く死体のシオリンが何も言わずついてきてるだけだった。


「……ですよね」


 本当ならば、シオリンはこの他愛ないやりとりを楽しげに微笑んで見守っていたはずだ。

 シオリンは死んでいる。

 けれど本当は生きているはずだ。死亡というゲーム上の状態異常に陥っているだけだ。

 そうだとするならば、このやりとりも少しでもシオリンに届いているのかもしれない。


「さーて、テキパキ仕事をしましょうか」


 ザラメは船内の風力制御機関室で点検と修理をはじめることにした。

 異世界の技術体系なれど、どうも“クエストイベントのひとつ”としての意図したを感じさせる課題になっていた。


 はじめっから、この船舶修理のトラブルはゲームプレイヤーが解決することを前提に世界観に組み込まれている、というべきか。

 専属のNPC魔法技師が諸事情でいないところに、これが魔物退治やダンジョン探索のようなプレイヤーに異世界を遊ばせる仕掛けのひとつだとわかる。


 であるからして、“はじまりの港”という初級者向けエリアのクエストなだけに、知力特化型のザラメには自分でもびっくりするほど簡単に作業が進んでしまった。

 すらすらと数式やパズルを解いている気分だ。


「次は、この破損した魔力伝導ケーブルを新品に交換して、風の魔石をチューニングしてリチャージすれば……うん、最後にこれを……」


 ザラメは交換部品のない破損パーツと風の属性を補える調合素材を錬成陣に並べて。


「我が希望を紡績せよ! 縦糸、横糸、交えて紡げ! 練りて金糸の螺旋を紡げ! 調合錬金! 【創出錬成クリエイトアルケミー】!!」


 バチバチと紫色の電光が走り、船内を強風が吹き抜けていく。


【風魔の回転羽根】


【分類:その他。風魔船用のプロペラ。原動力を効率よく推力に変換できる】


【品質:★★★★★】


 上出来だ。取り付け作業がすこし面倒な高い位置へ登らないといけない上、金属製でかなり重いので、最後そこをどうするか悩んでいると。


「貸せ」


 黒騎士がひょいと風魔の回転羽根を奪い、あの重厚な鎧を纏ったまま楽々と高所での済ませてしまった。身のこなしと力強さのどちらもザラメとは比較にならない。


▽「黒騎士さんかっけーす」


▽「電球とりかえみたいなノリだった」


▽「男手たすかる」


(……あれ? 最後おいしいところ持ってかれてません?)


「これでよかったか」


「あ、ありがとうございます」


 素直に感謝しておくが、ちょっと悔しいザラメを見透かしたように、黒騎士は「どんくさぎつねが怪我しそうだったんでな」と煽られた。

 一瞬ムカッとするが、かえって軽口を叩かれたおかげで自分の短所をさておいて。


「よかったですね黒騎士さん、最後にちょっとだけでも見せ場があって」


 と皮肉で返すことでもやもやした気持ちが軽くなった。

 黒騎士はフッと笑う。


「何を言ってる? まだ一隻目だぞ。あと何隻あると思ってる。昼までに出港するためには遊んでいる暇はないぞ」


 と酷いことを言ってきた。

 ザラメには楽々とした仕事だったとはいえ、あと何隻もやるのは激務だ。


「あ、朝から錬成つづけて消耗してるんですけど……」


「休憩は船出してからだ。EPが足りなきゃコレでも飲んでおけ」


 黒騎士が取り出したのはラムネ瓶そっくりの薄桃色のポーションだった。


【ラムネクター つぶつぶピーチ味[500G]】


【分類:消費/飲料/回復アイテム。効果:HP・EP持続回復(小)】


【説明:果実を炭酸割りにした魔法薬。フレッシュピーチの果肉を砕いてあり、つぶつぶ食感と甘酸っぱさがたまらない。炭酸の清涼感で薬特有の飲みづらさも緩和されている】


【品質:★★★☆☆】


 ぴたっとほっぺにくっつけられ、思わず「冷たっ!」とザラメは叫ばされる。


「うう、栄養ドリンクで無理やり働かせようだなんて発想がブラック的ですよ……」


 試しにのんでみる。

 すると説明通りの濃厚かつ爽やかな甘みに一発でザラメはメロメロになった。


(あ、これダメなやつだ……! 美味しすぎます……!)


 疲労感も手伝って、すごくカラダが求めているものが染み渡っていく感覚がある。

 戦闘中に使うには即効性に欠けるらしいが、しかしEPが枯渇しかけていたザラメには乾いた器をとぷとぷと満たすような充足感があった。


 そもそもザラメは甘党である。

 それにまぁ、黒騎士が労い元気づけるためにくれたのも気分が良い。

 こくこく、くぴくぴとのどをならして一気飲みするザラメ。


「ぷはぁ……! これ、まだあります!?」


「今はやらんぞ。それで十分だろ」


「作業がぜーんぶ終わったらワンモアください! 約束ですよ!」


 目を輝かせて迫るザラメ。

 しいたけの切れ込みみたいな星型に輝く眼差しに黒騎士は圧倒される。


「エサもっとくれ! って迫る駄犬かお前は! ……ちっ、七面倒だが仕方ないな」


▽「やみつきつね」


▽「ザラメちゃんエナドリ中毒はオトナになってからよ」


▽「エナジードリンクはオトナでも飲みすぎダメゼッタイだからな?」


▽「黒騎士さん飼い犬の体調管理はくれぐれも気をつけて」


 つい甘味に夢中になってしまったザラメは醜態を大いに恥じつつ叫んだ。


「駄犬っていうな! です!!」


 また、くすっと微笑む声が聴こえた気がした。

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。

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