002.亡骸と蛍火 【挿絵アリ】
時系列について補記します。
『第一話:ザラメ』(ログイン二日目:お昼)
『第一話:観測者』(ログイン二日目:夜)
『第二話』(ログイン二日目:夜)
『第三話』(ログイン二日目:夕方)
……と「夕刻、何があったのか?」を次話以降にて一度遡って語らせていただきます。少々ややこしくてすみません。
五本目の長編連載作です! 応援の程よろしくお願いします!
◇
シオリンの死体は重くて重くてしょうがなかった。
崩落したアーチ橋のそばで、川水に濡れたザラメはせめて乾かせば軽くなるのではと思い、ずぶ濡れた神官服のシオリンの亡骸といっしょに、焚き火をしていた。
銀月は他人事のように涼しげで。
夜風はあざ笑うように寒々しい。
「……ごめんね、詩織、ごめん」
火の粉に照らされたシオリンの死に顔は綺麗なものだった。
どうして目覚めないのかと不思議になるほどだ。
ザラメは泣いても叫んでも奇跡なんて起きないということをこの数時間で学んだ。
途方に暮れた末、まず、冷静になれるまで休むことをザラメは優先した。
――静かな夜。
――凍える夜。
――孤独の夜。
極度の疲労感があるにも関わらず、何も安心することができない状況下のせいでまだザラメは睡魔に襲われてはいなかった。
異変の直前まで、ザラメ達四人はこのあたりの魔物を討伐している。川の向かい岸に打ち上げられた盗賊カワウソの死体がその証拠だ。
今から港町まで徒歩で時間をかけて帰るよりは、目につく魔物を片付けたアーチ橋周辺にとどまっている方が安全だというのがザラメの判断だ。
それが正解なのか、間違いなのか、その後の結果以外に教えてくれるものはないだろう。
(……観測者)
ザラメは腰部側面に着用したホルダーからデータパッドを手にして確認した。
このデータパッドは『Draco Magia Online』内の世界観に準じて呼べば“導きの書”といい、ユーザーの俗称では“冒険の書”と呼ばれている。
全潜水式プレイ時、各種情報管理に活用する。
あらゆるデータが集約され、本来ログアウトも冒険の書で手軽にできるはずだった。
――無論、ログアウトも通信も今はできない。
例外的に届いたのは管理運営者を名乗るよくわからないだれかのメッセージだけだ。
一方的に告げられたルール。
『それらは観測者に選ばれた。観測者もまた、救われるべき冒険者を選ぶことができる』
『新月の審判日ごとに観測順位下位1%の“選ばれなかった”冒険者は削除される』
『新月の審判日ごとに観測順位上位1%の“選ばれし”冒険者は脱出の機会を与えられる』
『観測者は、冒険者に“存在する力”を与える』
観測者とは、何者か。
ザラメの読解力が正しければ、現実世界の一般人を無作為に選出、この『Draco Magia Online』に閉じ込められてしまった被災者を支援できる善意の第三者……らしい。
ザラメは拙いなりにメッセージを書き、その観測者とやらに助けを求めていた。
けれども、まだ音沙汰はなかった。
――このまま一夜が明けても、何のメッセージも返ってこないかもしれない。
無人島発のボトルメッセージよろしく。
一縷の望みは儚く、信じて待つには頼りなかった。
「……なにか、たべなきゃ」
自己データを確認するに、やはり空腹値が行動に支障をきたすレベルにまできていた。
パラメーターを見ずとも空腹感はあきらかだったものの、親友の死体のそばで“生きる”という行動を試みることにザラメは後ろめたさをおぼえていた。
――さびしい。
――かなしい。
――くやしい。
本当は今頃、家族との楽しい夕食を過ごして、小学校の宿題をこなして、お風呂上がりにベッドで髪を乾かしながら親友とチャットしてゲームの感想でも言い合ってたはずだ。
そのはずなのに。
「……わたしがあの時、みんなを誘わなければ……」
単なる不運だとはわかっている。
一個人には予期しようもない電脳災害なのはわかっている。
きっと責めやしないだろう。
そうだとしても、それはザラメにとって都合のよい親友の言葉を妄想しているに過ぎず、もう恨み言さえも発してくれないのだという現実が淡々とそこに亡骸として存在する。
ザラメはとても疲れていた。
――静かな夜。
――凍える夜。
――孤独の夜。
焚き火の熱さでは補えないほどに、ぬくもりを求めていた。
その時だ。
銀月よりも朧げな淡い小さな光の玉が数滴、ふわふわと舞い降りてきた。
光の玉――小妖精は蛍火によく似ていた。
光球に蝶々の羽根が生えているさまは、さながら夜空の三等星のように儚い。
そしてほんのりと、ちいさな白熱電球のように微熱を帯びていた。
観測者。
その分身たる小妖精たちがそれぞれに言葉を告げる。
▽『 』
妖精契約語のささやきはとても優しいものだった。
悲嘆と後悔の涙を枯れるほど流して、目を赤く腫らしていたザラメは――。
それとは少々異なる涙を流して、ぐずつき、泣きわめいた。
小妖精らはザラメに触れることのできない実体なき幻影なれど――。
銀月より。
焚き火より。
ずっと煌々として瞬き、泣きじゃくる少女の嗚咽を優しくなぐさめた。
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