019.美味しいクラムチャウダーのために
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夕刻、観測者であるあなたはザラメと黒騎士の公開状態の通知に気づく。
これから夕食の頃合いだったので支度しつつ様子を見る。
どうやらザラメと黒騎士は正式にパーティ契約を結ぶことになったようでお膳立てしたあなたは一安心といったところだ。
黒騎士――彼女はどこまで秘密を明かしたのだろうか。
ガルト・シュヴァルツヴァルトの元ネタにあなたはすぐに気づいていた。原作の“冥想のブラックギルド”は知名度が高く、言い回しもそれっぽいのでわかる人にはわかる。
既存キャラクターの模倣PCは稀に見かける事例なので正直、観測者の視点ではそこまで気になることではない。
現実の自分と大きく異なるキャラメイクなんて、そもそも異種族の冒険者を作って剣と魔法の世界で遊ぼうという趣旨の時点で、それはごく当たり前のことだ。
とはいえ、現実と仮想体験ゲームをごっちゃにしたり、難癖つけて罵倒したがる連中は少なからずいるだろう。
なにより、第三者視点ではさしたることでなくても、当人には大きなコンプレックスとなることだってよくある話だ。
ありきたりな悩みだって、当人には大問題だ。
そのせいで孤立してしまっていた黒騎士を、同じく孤立していたザラメと引き合わせたのはあなたの彗眼であったといえる。
――が、だ。
パーティメンバーは上限五名まで、シオリンを除いてあと二名の空き枠がある。
【五輪の過保護】
四大元素、また五大元素や五行説に基づくものでゲーム的都合もあわせてパーティを五人までにする理由になるシステムである。
全体への補助効果や回復はこの【五輪の過保護】によりパーティ契約を結んだ五人にまで有効、超過した対象には無効になるといった実利上のメリットが五人PTにはある。
もし六人で遊びたければ「3+3」「4+2」などの2パーティが同行するという合同形式を選択できるが、基本形は五人パーティだ。
たったふたりでも前衛と後衛の役割分担ができるだけ大違いだが、できれば早急に仲間集めをしておいた方が理想的進展だ。
……が、はじまりの港に滞在する初心者冒険者の大半はもうパーティ結成済みだ。
五人パーティ構成がセオリーな以上、この緊急事態ではとにかく集まって五人組を作ろうと初日の夜にはもう大半の冒険者が動いていた。
二日目の昼にはじまりの港にもどってきたザラメは、死亡状態のシオリンを含んだふたりとカウントされ、しかも開始三日目で世辞にも強そうには見えない。
しかも死者蘇生の秘法を求めるというザラメの目的は、とにかく安心安全にこの災害をやりすごしたい低レベル初心者勢には自殺行為にしかみえない。
黒騎士のようにフリーのソロ冒険者でしかも即戦力という優良物件など、もはやはじまりの港では他にいないだろう。
――なにせ、他の孤立したソロ冒険者を数名、銀剣の殺人鬼が暗殺してしまっている。
殺人者の情報が拡散した今、このはじまりの港であえてソロを継続している冒険者はもはやいるはずがなかった。
都合よく仲間が見つからない現状、しばらくはザラメと黒騎士のふたりだけで冒険しなければなるまい。
残念ながらドラマギへの決済サービスは停止措置が下されている。
現状、資金や物資の支援はゲーム外部からできないことが悔やまれる。
『黒騎士さん、料理できないんですね』
『違う。ガルト様は料理下手属性なんだ。私ができても俺がするのは解釈違いだ』
『中の人もメシマズ説』
『黙れ。食材調達はしてやったんだ。義務は果たした』
『はぁ、世話が焼ける人ですね……』
宿屋の厨房設備を借りて、ザラメは黒騎士と打ち解けた様子で料理している。
それにしても全身甲冑のまま厨房の端に突っ立っている黒騎士はどうにもシュールだ。
どうやら当分、黒騎士は鎧兜で正体を隠したいらしい。
無意識に『ガルト様』とポロッと口走ってしまっているのでバレないのは観測者がまだ少数な今のうちだけでいずれは焼け石に水になりそうだ。
なお、ドラマギは【俗称】と【本名】を使い分けができる。
ディスプレイネームには設定した【俗称】が表記され、基本は『純黒の重騎士』として他のプレイヤーやNPCは認識することになり、キャラの本名は伏せることができる。
『じゃがいもの皮むき程度はしてくださいね、それも解釈違いとは言わせませんので』
『……ちっ、面倒だがやってやるか』
『にんじんとたまねぎの下処理、あと井戸水も汲んできてください黒騎士さん』
『七面倒くさい! くそっ、どんくさぎつねめ……』
それでも渋々とやる。原作のガルトも文句を言いつつやってた気がする。
じゃがいもの皮を厚く切りすぎて怒られるのが本家だが、よくみると黒騎士は丁寧に適度な薄さで剥いている。キャラロールを徹底したいがためにわざと貴重な食材を無駄にするようなことはしないのは状況に合わせた妥協点だろう。
『美味しいクラムチャウダーのために頑張ってくださいね、ウスノロオオカミさん』
このふたり、仲良くやっていけそうだ。
あなたはそう安堵して、自分も夕食の支度に専念するのだった。
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