018.”あの”ガルト・シュヴァルツヴァルト様
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純黒の重騎士の正体は水も滴るいい男、黒髪のイケメンだった。
――というシンプルな話ではないらしい。
端正な顔立ちこそ中性的ながら長身痩躯でまぎれもなく男の人にみえるが、仕草の随所にどこかしら女らしい艶や恥じらいが垣間見えるのが黒騎士の不可思議さだ。
ザラメは正座して神妙に黒騎士の叱責を待つ。
「……俺の名はガルト・シュヴァルツヴァルト。お察しの通り“あの”ガルトだ」
「どのガルト?」
「あのガルト以外にガルトはいない。ああ、アニメ版じゃなくて原作準拠のガルトだが」
「……わかりゃん!」
ザラメは大いに困惑した。ドラマギ内の知識として修正補助も働かない。黒騎士の言葉するガルトとは何なのか。
逆に、黒騎士はなぜザラメがわかってないかを不思議そうにする。
「……まさか、え、ご存知ない……?」
「一切ちっとも全然わかりゃんません」
「あの“冥想のブラックギルド”のガルト様を知らない……? 作品名もわからない?」
「ん、んー……」
言い方を鑑みるに、有名なアニメ化もされた作品の登場人物が“あのガルト”らしい。
どこかで名前だけは聞いたことある気もするが、ザラメの守備範囲外っぽい。
「それ、いつのやつです?」
「え、完結したのはたった五年前なんだけど」
「その頃わたし幼稚園生ですから、そういう古いアニメはちょっとわかりゃんです」
「古い!? 冥想のブラックギルドが!?」
純黒の重騎士は金ダライでも天井から降ってきたかのような衝撃を受けている。
口から魂がぽわわと抜け出すようなダメージ具合だ。
堅牢鉄壁の重騎士にとって深刻なメンタルダメージになってしまった様子だが、それほど“古いアニメ”扱いは堪えたらしい。
「はっ。じゃあお前、この姿を見てもなにも気づいてなかったのか!?」
「自爆ですか?」
「自爆だよ、悪いかよ! 余計なことを言わなきゃよかった、私のバカ!」
不安定に“俺”と“私”がいったりきたりする。
ここにきて、ザラメはようやく違和感の正体に気づくことができた。
「結論としては黒騎士さんは冥想のブラックギルドのコスプレPCってことですか?」
「……そうだ。この俺、ガルトは創作上の登場人物。この私はその“なりきり”勢だってバレたかと焦って、こうしてお前を口止めしてる訳だ。……ああ、七面倒だ」
「七面鳥?」
「七面倒!」
叫んだ直後ぼそっと黒騎士は「このやりとり原作でもあった気がする」と独りごちる。
とかく情緒不安定な黒騎士さん。
ザラメは困惑させられたが、しかしなんだか親しみやすさをおぼえてもいた。
(……なんだ。このひと、べつに怖い人でもなんでもない。普通の人なんだ)
威圧感のある重武装のせいでザラメは少々、黒騎士を警戒していたのは事実だ。
こっそり正座を崩して、ザラメもぺたん座りで楽にする。
不慣れな正座をずっとつづけるとVRMMOであっても足が痺れてくるのはひとつ発見だ。
「俺が“あのガルト”だってことを他人にはナイショにしてほしい。お仲間の観測者にもだ。コスプレごっこ中に電脳災害で閉じ込められたとか、バカっぽくて恥ずかしい……」
黒騎士はうつむき、頬を赤らめて乙女のように可憐に恥じらう。
中性的な美男子の造形なために、少々ちぐはぐな印象こそあるが、ある種のギャップめいた魅力たっぷりでザラメはドキッとさせられる。
(か、かわいい……)
カッコよく自分を助けてくれた黒騎士の第一印象がきっと“あのガルト”で、ザラメに今見せているかわいい“このガルト”が素の黒騎士なのだろうか。
――面白い。
ザラメは素直にそう思い、興味がさらに高まるのを自覚した。
そして面白がるだけでなく、すこし冷静に考えてみて、その悲劇と苦悩に理解を示す。
「バカっぽくていいじゃないですか。好きなキャラになりきって楽しむのは普通のゲームプレイです。だってこれ、ロールプレイングゲームですから。他人がだれに迷惑かけるでもなく遊んでるのをいちゃもんつけてくる方がどーかしてるんです。わたしだってたったレベル3のごみよわレッサーパンダのクセに自称“天才錬金術師”ですからね」
「……ごみよわレッサーパンダ」
すかさず、がおーと猛獣のポーズをしてみせるザラメ。
フッと黒騎士は笑った。
「――決めた。子守はやめだ。お前の仲間になってやるよ、どんくさぎつね」
急にカッコつけた黒騎士はキザに芝居がかりながらそう宣言した。
――仲間。
薄々とは期待していたが、不意にそう告げられてザラメは心の準備ができていなかった。
と同時に、その“どんくさぎつね”という言い回しに少しイラッとする。
(……あ、でも、これってキャラロールなのかな。たぶん、親しみを込めてる気がする)
黒騎士は“ガルト様”と憧れていた。きっと大好きなキャラなのだろう。
察するに、こういうちょっと口の悪い男の子ながら本当は優しくて良いやつだとか、そういうところが魅力なキャラづけなのだろう。演じたいほど大好きになれる人物像なのだから、いいとこなしの悪口野郎ってことはないはずだ。
だとすれば、ここで無粋に「そういうのやめてください」なんて塩対応は選べない。
ザラメは熟慮の末、こう返答した。
「歓迎します、ウスノロオオカミさん」
クールな天才錬金術師少女らしく、皮肉には皮肉で返してやることにする。
一瞬、黒騎士は眉根をしかめる。銀剣の殺人鬼をみすみす逃走させたことを指摘されたのだから本来は機嫌を損ねてもおかしくはない。
しかし黒騎士はまたフッと笑って、ザラメの真意を理解したのか晴れ晴れしい顔つきで。
「俺のハダカ覗いて何言ってやがるんだかな、このむっつりメスガキどんぎつね」
「なっ!」
「イヤならナイショにしてやるからナイショにしろ。ふたりだけの秘密の約束だ」
「……い、いいでしょう」
ザラメは“弱み”を互いに握り合う中、冒険の書を介してパーティ契約を結ぶ。
“二人目の仲間”
純黒の重騎士ことガルト・シュヴァルツヴァルトがこうして仲間となった。
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