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016.観測者の計らい

『 』

 あなたは黒騎士へお礼の言葉を述べた。

 純黒の重騎士を一時的に観測登録しておいたことで妖精契約語での会話が成立する。


 黒騎士はガチャンガチャンと金属音を立てつつ、あなたの見守る冒険者の幼い少女――ザラメ・トリスマギストス――のフラスコと親友シオリンを安全なところへ運ぶ。

 道すがら、話を聞く。


「……悪いが、こいつの仲間になってやるつもりはない。事情が変わったんだ。あのプレイヤーキラーがはじまりの港に潜む間は、ここを離れて何の手掛かりもない死者蘇生の秘法探しになんて付き合っていられない」


 黒騎士はザラメの事情を聞き及んで、仲間になるかどうか会って考えると答えていた。

 弱者の苦境に耳を傾け、強者として盾となる。


 そういう人物だからこそ、今この状況下で自由には動けないのだろう。

 しかし、あきらめるにはまだ早い。


『 』


「……あのどんくさぎつねが狙われる? あの余計な嫌がらせで恨みを買った可能性は……確かに否定できない、か」


 どんくさぎつね。

 受け身を取り損ねてたことを言わしめて、フラスコで眠る白キツネのザラメをどんくさぎつねと呼んだのか。

 ザラメは愚鈍でこそないが、鈍足ではあるから的を射た蔑称だ。


「このまま見殺しにするのは確かに寝覚めは悪い……。全く、考えなしのお子様め」


 銀剣の殺人鬼は何者なのか。

 それは推測の域を出ないが、ザラメに執着する理由として逃げる背中を撃たれた屈辱は十分に考えられる。


 一度狙った獲物をあきらめるのは敗北感の伴うことだ。

 最優先目標にならずとも、チャンスがあれば優先して狙ってくるだろう。

 そうなった時、今度はもう死んだふりは通用しない。


「仕方ない。しばらくはこのどんくさぎつねの子守をしてやるか。……お前に熱弁されてなきゃ、おとなしく拠点に引きこもってろと言えたってのに、七面倒なことを」


 文句を零しつつ、渋々と純黒の重騎士は護衛を承諾する。

 鉄仮面の向こう側の内心をあなたは覗くことができないものの、想像がつく。

 彼女はきっとやさしい人だと。







 はじまりの港の高台側に、黒騎士の滞在先である冒険者向けの宿屋があった。


 「Draco Magiaドラコマギア Onlineオンライン」の仕様では安全に宿泊さえできれば、回復拠点としての役割は一見どこも同じようにみえる。

 それこそ安全でさえあれば野宿だって回復できそうなものである。


 しかし四つの点において、有料の宿泊施設を利用することに大きなメリットがある。


 第一に【VR睡眠】が利用できる。

 仮想体験を、睡眠にも適用することで快適な眠りを現実にもたらすというものだ。

 立派な天蓋つきのベッドでふかふかの羽毛布団であったかく眠る、といった睡眠体験を手軽に味わうことができ、寝不足の解消手段として睡眠薬より安全だとされている。

 さらに起床時間もコントロールしやすく、空き時間の仮眠にも便利ときている。


 ドラマギのユーザー層には『美食体験』に並んで『快眠体験』を求める需要があり、冒険をせず観光客のように食事と寝泊まりを楽しむ層が少なくない。

 反面、野宿のしんどさも眠りに反映されてしまうので野外宿泊は非常手段とされる。


 第二に【EPの回復】だ。


 HPの回復手段は多いが、魔法や武技のリソースになるEPは回復手段が少ない。

 不眠不休や野宿など睡眠ペナルティが生じると弱体化が働き、逆にとてもよい睡眠がとれると全回復どころか一時的な強化ボーナスまで働く。


 第三に【寝床の過保護】がある。


 早い話がリスポーン地点の登録だ。本来このゲームでは戦闘不能に陥った場合、有効な復活手段がなければ任意の復活地点から復帰することができた。

 設定上は宿泊施設ごとに『寝床の標石』というマーカーがあり、冒険者の所持する冒険の書の機能によってマーカーを頼りにして魔法によって緊急離脱する仕組みだ。

 しかし異変後はこれが作動しないケースが多発している――。


 第四に【レンタル倉庫】だ。


 このゲームではアイテムを携行所持できる量に限度がある。それを越える所持品を管理保持したければ、宿屋ごとのレンタル倉庫を利用することになる。

 その他あれこれとゲームに欠かせない便利要素が詰まっている為、なるべく有料でも宿泊施設を活用することが推奨される。


「……店主、こいつらの宿代は必要か?」


「ぬお、こ、こいつは……」


 宿屋の店主は驚嘆する。

 厳つい純黒の鎧を纏った騎士が肩に担いでいるのは死体だ。

 ドワーフの神官と思わしき幼い少女の死体に、なにかフラスコに入った小動物が一匹だ。


 黒騎士に随伴する観測者であるあなた達は当然ながら宿泊数に含まれないとして、プレイヤーキャラの冒険者ふたりに代金請求があるかは不明瞭だった。

 ので、単刀直入に死体とフラスコを見せて聞いてしまったわけだ。


「あわわわわ……! こ、これをどちらで」


「――道で拾った」


「さ、ささ、左様で」


 宿屋の店主はNPCだ。しかし異変後のNPC達の反応は以前とやや違って、より“生きている”ように応対するように変化している。


 であるからして、この災害に見舞われて情勢不安な中、重武装の真っ黒騎士が少女の死体を担いできた今、店主は機械的に三人分の宿泊費請求などできなかった。

 口答えすれば首を刎ねられかねないとでも思ったのか、恐怖に声が震えていた。


「お、お一人様の宿代でけっこうでございます! いえ、なんでしたら無料でも!」


「では本日分、520DM確かにここに置いていくぞ」


「ま、まいどあり! どうぞおくつろぎを!」


 ふぅと胸を撫で下ろして、命の危機が去ったことに安堵する店主。

 黒騎士は「……どんくさぎつねめ、つくづく七面倒くさい」とため息をつく。


 原因の六割くらいは死体でなく威圧感の強い真っ黒な全身甲冑のせいだと思えても、あなたは言わないでおくことにした。


「悪いが、シャワーを浴びたいので公開はここまでだ。冒険者にもプライベートはある」


 ここで一旦、観測は非公開に切り替わった。

新年明けましておめでとうございます!

とちょうど年越しのタイミングだったのでこの場でご挨拶を。

どうぞよいお年をー。


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