015.漆黒の重騎士
「小賢しいメスガキにわからせてやれ、だってさ。わかる? 結局みんな他人の暴力と不幸が大好きなのよ。その“需要”に応えてあげるのが人気者になる秘訣さ」
徐々に、少しずつ。
殺人鬼の纏っている黒い闇色の小妖精が増えていく。
ザラメの側にいてくれる白光よりもそれが桁違いに多いのだから無慈悲この上ない。
悪意だ。
悪意の集合体だ。
ザラメのちっぽけなカラダとココロを少数の声援が支えているように、この悪鬼はより絶大な声援を意志の原動力にしている。
(……なんでですか)
もう死んだふりだって意味がない。
ザラメは傷口から濁濁と血をこぼしながら義体を起こして、睨みつける。
「おかしいですよ」
戦う体力も気力もない。
一矢報いるだけのチャンスもない。
ザラメが反撃の所作を見せた瞬間、より素早く致命の一撃を与えてくるはずだ。
「そんなの、絶対に間違ってる」
「死んじゃえ」
銀剣が閃く。
何も、為す術もない。
万策尽き、ザラメひとりではもうどうしようもなかった。
あまりにも理不尽だ。
理不尽なことの連続すぎた。
その理不尽ぶりを嘆き悲しんだって何にもならないから――。
せめて、ザラメは理不尽に立ち向かってやろうと悪あがきに道連れを覚悟した。
至近距離で、自分諸共に火竜の挨拶を――。
「……は?」
予想外の出来事。
銀の剣閃によって斬り伏せられたのはザラメではなかった。
無論、救援が間一髪に助けてくれたわけでもない。
「……詩織!?」
動く死体。
シオリンが“ひとりで”に割って入って、ザラメの身代わりになった。革鎧を着込んだ神官服の頑健なドワーフ、そして【亡骸の過保護】も手伝って、シオリンは強烈な衝撃に弾き飛ばされこそすれど、一刀両断にはならず、また立ち上がったのだ。
「ふーん、ウザいね」
銀剣の殺人鬼はしかし冷静に対処する。
シオリンは動く死体。その動作は遅く、側方からザラメを狙おうと弧を描いて疾走した殺人鬼の初動に対して、予測軌道上にどうにか自分を盾にしようとすることしかできない。
逆側へのサイドステップ。巧妙なフェイントを食らった。
「っ! 【小火の術式】!」
「ぬるい」
剣先ひとつで迎撃の火炎弾を防がれて、今度こそ、完全に終わった。
――かに思えた。
ザラメのちいさなカラダを、誰かが後方に引っ張り投げて退避させる。
上下逆さまの宙空の視界でザラメが目撃したのは純黒の盾と鎧だ。
純黒の重騎士。
それはまさしくかねてより観測者が告げていた救援に他ならなかった。
(この鎧……市場で会った黒髪の男の人の……)
今は鉄仮面の下に素顔が隠れているが、はじまりの港で、すっ転んだザラメを助け起こしてくれたあの美男子であることは雰囲気や装備の一致から明白だった。
「ぎゃんっ」
あまりの出来事に、ザラメは見惚れているうちに受け身に失敗してしまった。
(しまった……!)
「……鈍臭いな、お前」
凶気の銀剣を、重厚な金属盾が軽々と防ぐ。
純黒の重騎士は見掛け倒しでない鉄壁ぶりを示した。まさに威風堂々だ。
その一合によって力量を見極めたのか、悪鬼は捨て台詞のひとつもなく闇に消えようとする。
重装備を相手にして不利を悟り、すぐに退く。移動速度では言うまでもなく重装備は仇となる。狂気的な言動と裏腹に、冷静に引き際を見極めてくるのは意外だ。
(弱いものを一方的にイジメておいて、尻尾巻いて逃げるの……?)
その瞬間、ザラメを支配していた恐怖心が反骨心へと裏返った。
「卑怯者っ!!」
それはまさしく嫌がらせだった。
ザラメの撃ち放った一条の火矢が、殺人鬼の逃げる背中に突き刺さる。
ダメージは軽微だろう。衝撃に転倒しかけるが受け身をとって前転で対処された。
やはり逃走阻止には至らず、防具耐久値を削るのがせいぜいだろう。
「雑魚モブの分際で……!」
ザラメを睨みつける野獣の眼光は怒りを帯びていた。
挑発ひとつで立ち止まるほど直情的ではなくても、格下の雑魚ごときに刻まれた屈辱は浅くなかったようだ。
ちょっとした負けず嫌いの悪癖があるザラメは余計な恨みを買ってしまった可能性にすこしだけ後悔しつつ、一矢報いたことでにまりと微笑を見せつけた。
「そこまでにしておけ、どんくさぎつね」
「どんくさぎつね!?」
黒騎士は凛とした中性的な声音でザラメを制した。
銀剣の殺人鬼と純黒の重騎士。
そして自ら動いて庇ってくれたシオリンの不可思議な行動――。
ザラメは大の字になったまま、戦闘不能で微塵も動かないカラダを横たえている。
▽「いきてる?」
「なんとか」
観測者への返答を最後に、ザラメの意識は今度こそ途絶えた。
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