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013.シンギュラリティと孤独の道

 はじまりの港の高台にある噴水広場では音楽家によって楽しげな音色が奏でられていた。

 それに炊き出しの料理も振る舞われているではないか。

 事前情報通り、広場には避難者らが集い、テントを張って懸命に助け合っていた。


「……すごい」


 ザラメは想像してもみなかった。

 あの活気に溢れていた市場があれほどめちゃくちゃになったのに、避難所は陰惨極まるどころかお互いを励まし合い、元気づけていたのだ。


 怪我人に包帯を巻いてあげたり、老人に粥を運んであげたり。

 同じく未帰還者であろう冒険の書を腰に下げた者たちが手伝っている様子だった。


 なんてたくましいのだろう。

 なんてまぶしいのだろう。


 なんて“おぞましい”のだろう。


「すごい、気持ち悪い……です」


 ザラメはこの異常さを直感的に理解してしまい、めまいを起こしてよろめく。

 この心温かにみえる光景を額面通りに受け取るほど、ザラメは幼稚ではなかった。


「移動します。ここはダメです」


▽「え、と、どうしたの?」


「危険です、ここを離れます」


▽「そっか、ごめんね」


▽「どうしたのかな」


「説明は後でします。すみません」


 ザラメは動揺を隠して、随伴するシオリンがついてこれる程度の早歩きで去った。

 路地裏に隠れて、深呼吸する。

 白い獣耳を立ててしきりに周囲を警戒して、安全を確認するさまは異様にみえたろうか。


「……説明します」


▽「ゆっくりでいいよ、落ち着いて」


「はい……、はい」


 ザラメは時間をかけて直感したことを自分なりに言語化してみせた。


「この人達はゲームのNPCです。昨日、わたしが市場で会話したNPCたちは自然にみえる会話を心がけていても、どこかでゲームを遊ぶ都合の産物でした。他のアイテムや背景、モンスターと同じです。会話はループするし、木箱を壊したって怒りません」


 一連のやりとりを思い出す。

 青果店も武器屋も単なるアトラクションの一部に過ぎなかったことは記憶に新しい。


「アレは、ゲームとして不自然すぎます」


 希望。善意。優しさ。思いやり。

 今ここに働いているのは受難に耐えようとする明るく力強い生きる意志だ。

 そう、まるで生きている。


「AIに意思が宿る――。まるで教科書に載っていたシンギュラリティ問題です」


▽「……マジか」


▽「十年くらい前に問題になってたAI特異点か。アレはあと五十年後って予測じゃあ」


「なにか、噂になってたりはしませんか?」


▽「……調べてみたけど、ザラメちゃんと同じこと言ってる人はけっこういるね」


「やっぱり……」


 同じ考えに至る人が多数いるということにすこし、ザラメは安堵する。

 それならば、AI特異点の問題について別にザラメがなにか行動する必要はないはずだ。


 ――AI特異点。


 シンギュラリティとは、AIの進化が人間を追い越してしまうということ。


 “情報”の科目で習っている限りでは、ザラメの生まれる前の時代にはAI絡みの大きな事件がいくつかあったらしい。

 その教訓もあって、現世代のAIは安全措置がとられている。

 あくまでも人工知能というのは人間にとって便利な道具に留まるべきという話だ。


 ザラメのような小学生にも常識だ。古い映画でも新しいアニメでも度々、暴走したAIに支配した未来だなんてSF作品はザラにでてくるものでなじみのある発想だ。

 はじまりの港のNPCはその前兆を見せていたので、ザラメは恐怖をおぼえてしまった。


「……気づいてたんです。この世界はリアルすぎるって」


▽「まだ結論の出そうにない話だ。やめとこう」


「……そうですね」


 遠巻きに眺めている分には平穏といってもいい。

 すっかり馴染んでいる広場のプレイヤーは適応力が高いのか、とても素直なのか。

 どこか子供らしさに欠ける警戒心の強いザラメは、助け合いの輪には入れなかった。


「……どうしよう」


 正直、ただ救助を待つために避難生活をしようというつもりなら避難者たちの仲間になってもよかったのだ。冷静になれば、NPCは善良そうに思える。

 しかしだ。

 ザラメは死者蘇生の秘法を探さなくてはいけない。


 シオリンは動く死体であって、それを見つかるとNPCに不気味がられるかもしれない。

 もし理解が得られても、このはじまりの港に留まって寝食の保証された安全な避難所でだらだらすごしていたらあっという間に二週間のタイムリミットがきてしまう。


『新月の審判日ごとに観測順位下位1%の“選ばれなかった”冒険者は削除される』


 運営の意図がすこしわかった気がする。

 冒険をあきらめ、救助を待つだけのプレイヤーに競争を強いる。

 その意図がある以上、ここで炊き出しの粥を食んでいることをザラメは選べない。

 この善意の輪は、NPC当人らも意図せぬ甘き死の罠だ。


「どうしよう、どうしよう……」


 潤沢とはいえないアイテム。貧弱というほかない戦力。二週間という刻限。


 ザラメには何もかもたりない。

 シオリンを見捨てて生存だけを考えるならば事足りるが、それは絶対にイヤだ。

 かといって自分一人だけでは目標の実現は不可能だともわかってしまう。


 広場にいる冒険者らはザラメと似たりよったりの初心者プレイヤー揃いで即戦力にもならないし、この命懸けの状況下でザラメひとりのわがままに付き合わせる道理もない。


 冒険者とは名ばかりの、みんなゲームを遊びにきてただけの一般人だ。

 そして等しく苦境にある、悲劇の被災者だ。


「高望みだったのでしょうか」


 ああ、楽しげだ。

 演奏している数名の冒険者を、ここまで観たこともない数百という光点が照らす。

 どうやらボーイズバンドのようだ。

 戦闘技能のひとつに“音楽家”があるので、ここぞとばかりに活用しているのだろう。


「こんなトラブルに負けちゃいらんねーぜ! 元気だせよ! 俺らの歌で!!」


 声援と熱気――。

 ここで足を止めて、聴き惚れてしまってもいいかもしれない。

 きっと弱った心には心地よい刺激になるはずだ。


 けれど、その先に待っているのはきっと聴衆のひとりとして埋没する自分のはずだ。

 ここに留まっては彼らの冒険の脇役に成り下がりかねない。


「……行こう」


 後ろ髪を引かれる思いで、ザラメは孤独の道を選んだ。


▽「次はどこに行く?」


「食事、できるとこですかね」

 炊き出しの粥だけでも食べておけばよかったと後悔しつつ、ザラメは港町を探索する。

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。

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