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011.涙の川

 “はじまりの港”ことルートリネ―港は山々から流れ出ずる大小の河川の終着点である。


 文明は川に興る。

 貿易は海に興る。


 港町ルートリネ―は日夜、川と海と陸路を駆使して物流の中心地となっている。

 人と物が絶えず流動しつづけるのだから、自然と旅人も訪れることになる。

 それゆえに冒険のはじまりの地として港町ルートリネ―が選ばれたのであろう。

 小舟で下れば、川沿いの平地には田園風景が広がっている。


「……平常運転」


 ザラメは黙々とさびしさをまぎらわすようにオールを漕ぐ。

 昨日、この川沿いをのんびりと他愛ないことを喋りつつ四人で歩いたことを思い出す。


 ミオ、シロー、シオリン、ザラメ。

 まるで登下校のような軽いノリでアーチ橋まで小さな冒険に赴いたのだ。

 午前十時頃になると観測者にも各々私生活でやることがあるのか、小妖精が語りかけてくることは稀になってきた。


(……まぁ他の未帰還者のことだって、気になるでしょうし)


 約一万二千人という推定の未帰還者。

 そのうち一部には現実世界における著名人なども含まれている。

 もし凡百の小学生と大人気配信者、どっちの被災模様を見たいか問われたら後者を選んでしまうのは仕方ない。


『新月の審判日ごとに観測順位上位1%の“選ばれし”冒険者は脱出の機会を与えられる』


 この1%に選ばれそうな実力者や有名人にやはり観測者の人気は集中するだろう。

 ザラメはこの上位1%にたった二週間後に到達できるとはかけらも思っていない。

 とにかく脱出より生存することが最優先だ。

 そしてもうひとつ……。



『新月の審判日ごとに観測順位下位1%の“選ばれなかった”冒険者は削除される』


 この下位1%にザラメが選ばれるかといえば、おそらくギリギリセーフだろう。

 今の観測者登録は八人。

 ありがたいことに、最底辺ラインよりは上らしい。


 問題なのはザラメではなくて、シオリンの方だ。

 “死亡状態”であるシオリンは観測可能状態に自分で設定変更ができない。

 どうやっても登録0人のまま二週間後を迎えてしまう。

 “削除”が“現実世界での死亡”を意味するかはまだわからない。


 けれども、このまま死亡状態が継続したまま最初の新月を乗り越えることは不可能。

 ――ということを、ザラメは観測者らに入れ知恵してもらった。


「タイムリミットは二週間後の、新月……すこし、短すぎます」


 すいすいと小舟は進む。

 新米錬金術師と友の亡骸を載せて。




 大震災の凄惨さを目の当たりにして、ザラメはどこか醒めていた。

 はじまりの港は深刻な有様だった。

 あの堅牢な石造りのアーチが崩落したのだ。港町にも地震の被害があるとはザラメも予想していたし、観測者も酷い有様らしいと話していた。

 それでも、魔物のうろつく野外よりはマシだと思ってルートリネ―港に帰ってきた。


 淡い期待は見事に失望と落胆に変わった。

 港町の1/3が津波の浸水被害を受けて、残る建物も崩れたりひび割れたりしている。

 あれだけ活気づいていた市場はほとんど閉まっている。

 なにより、人酔いしそうなほど多かったゲームプレイヤーらしき人影が一切といっていいほど見受けられなかった。


 まるでこの都市にはもうザラメ以外だれもプレイヤーがいないかのようだ。

 ――あらかじめ推察してなければ、きっと絶望していたことだろう。


「……ひどい」


 港町の被害状況に同情したのではない。

 ザラメは思わず、自分の境遇を嘆いてしまった。


 これらの港の損害、困っている町民はあくまでゲームの舞台背景とNPCに過ぎない。

 そう割り切った時、この災害状況は運営からプレイヤーへの過酷な仕打ちに他ならず、意図してこの惨状にザラメを縛りつける悪意というものを感じさせられた。


「……何も、売ってない」


 昨日、食料と調合用を兼ねてアイテムを購入した青果店も閉まっている。


 そして――。

 ふたりいっしょに。


 ザラメとシオリンのふたりで訪れようと約束した焼き栗タルトの菓子屋さんは――。


 二階部分が崩落して、完全に廃墟と化していた。


「こんなの、ひどいですよ……」


 ザラメは急に気分が悪くなって、めまいからふらりとよろめいた。

 とさっ。

 と偶然に受け止め、転倒せずに済んだのは動く死体のシオリンが随伴していたからだ。


 あの焼き栗の香ばしい薫りに胸ときめかせて。

 気軽に、甘酸っぱい約束をしたのはつい昨日のことだ。


「ごめんなさい。すこし、泣きたいので……またあとで」


 ザラメはそっと観測設定を、不許可に切り替えた。



 ザラメ・トリスマギストスの観測が不許可に切り替わってしまった。

 なぜ市場で急に泣き出してしまったのか。


 この少女のすべてを知る由のないあなたには推し量ることしかできなかった。


 ――何か。

 何か、もうすこしだけ彼女の力になってあげられないだろうか。

 きっとあなたはそう考えたことだろう。

 

『仲間』


 もし、ザラメに新しい仲間ができれば状況は改善しないだろうか。

 死霊術師の件は流れたにせよ、元々、ザラメの現状最大の課題は戦力不足のはずだ。


 この『Draco Magia Online』はパーティ制のVRMMORPGだ。

 後衛特化型PCのザラメはゲームバランス上どうあがいても単独での活動が難しい。

 四人の時にはなにも問題がなかった野良モンスターにも苦戦する状況は、早急に解決してあげなくてはいけない。


 そのために必要な情報収集は、ザラメ本人だけでは難しそうだ。

 運営は何故か、プレイヤー同士のチャット機能を封鎖している。

 その一方、観測者によって情報がもたらされることまでは禁じていない。


 完全に情報を遮断したいわけではなくて、観測者を主体とした情報交換ネットワークをなぜか作りたがっている、という考察がネットでなされている。

 あるいは情報管理を徹底する余力がなく、観測者が抜け穴になってしまっているのか。


 いずれにせよ、だ。

 あなたは望むならば、ザラメの仲間となりうる冒険者を探してあげるのもよいだろう。

毎度お読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、感想、評価、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。

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