010.天才錬金術師の片鱗 パイナップルの芯
◇
『死霊術師をさがす』
といった方向性に話がまとまった矢先のこと。
会話に夢中で安心していたザラメのすぐそばへと三匹の魔物が迫っていた。
ザラメの獣耳は聴力に優れるが、警戒を忘れきっていては役に立たない。
やはり崩落したアーチ橋の下は安全地帯ではないらしい。
「あの魔物は一体……!」
ザラメは錬金術師の杖を携えて、衣服に忍ばせたシリンダーケースに手を伸ばす。
即座に仕掛けてこず、こちらの様子を見る魔物たち。
ここで魔物知識について修正補助が働く。
【キョン[Lv2]――シカの一種。別名、四目鹿。弱点は炎、突属性。この近隣に生息】
「……キョンです!!」
▽「キョンだった」
▽「害獣きちゃった」
▽「噂をすればなんとやら」
▽「lv2? 雑魚じゃね?」
▽「残念ですけどザラメちゃんもlv3のよわよわだから……」
▽「死ぬんじゃね?」
「……え、わたしこのままキョンに殺されるんですか!?」
▽「キョン死」
▽「キョン死」
▽「だれか言うと思った」
▽「冷静に。こちらから攻撃しないで。ステ的にマジで死んでもおかしくない」
指摘にザラメはハッと我に返り、深刻さを痛感する。
ザラメはたったひとり。
キョンの群れは三匹だ。
そしてザラメのステータスは完全に後衛特化で打たれ弱くて、かなり遅い。
一匹ずつを炎弱点を突いて一撃で葬っても、残り二匹に蹂躙されかねない。
もしキョンが正確無比に理詰めで襲ってきていたら、ザラメはもう死んでいる。
女子小学生が奈良公園の鹿三匹に一斉に襲われたって現実ではとても危険なはずだ。
▽「川辺りは野生動物にとって貴重な給水源。水飲みにきたのかも」
▽「草もしゃってる」
▽「ここの肉食の魔物を倒したから天敵がいなくて我が物顔なのか……」
▽「そっと離れる?」
▽「でもシオリンの死体がさ」
▽「まずいねこれ」
観測者は戦闘指揮官ではない。
それはザラメだってわかっている。いざという時はまず自己判断が必要だ。
悩んだ末に、ザラメはそっとパイナップルの皮で作った皿やマンゴーなどの余りをランドセルから取り出した。
▽「あのゴミ捨ててなかったのか」
▽「どうするんだ?」
ザラメはそっと果実の余りを転がして、そちらに注意を引かせようとする。
狙い通り、甘い香りの果実は切れっ端でも草食獣の意識をそらすことはできた。しかし三匹相手には長持ちはしないだろう。
「いきます、アイテム錬成……!」
ザラメの有する錬金術知識が、この場を切り抜けられるかもしれないとあるアイテムの調合レシピを示唆していた。
それに従って、自分でも“まさか”と思う組み合わせの錬金術を今ここで試すのだ。
「此方は“パイナップルの芯”、彼方は“眠り草”」
杖をかざして、二つのアイテムの本質――マテリアルを抽出する。
抽出したマテリアルは一時的にカード状の魔術具に格納され、アイテムカード化する。
このアイテムカード二種を重ね合わせて、調合用のフラスコかシリンダーで融合させる。
「縦糸、横糸、交えて紡げ! 練りて金糸の螺旋を紡げ! 調合錬金!!」
魔術とも科学ともつかない儀式の果てに。
調合フラスコの中で融和した二つのマテリアルが小さく光り輝いて、ぽふっという水蒸気を筒口から拭き上げながら一枚の新たなアイテムカードを排出する。
その絵柄には日向に眠るドラゴンが描かれていた。
「調合完了です」
▽「錬金術はじめてみた」
▽「どやってる」
▽「会心の一枚」
▽「あのゴミ素材じゃ調合失敗するかと思ったのに」
▽「なるほど、“nap"か」
▽「居眠りってこと?」
▽「パイナップルの芯だけ残してあったから“ナップ”ってこと?」
▽「どういうことなの……」
混乱する観測者のみなさん。
ザラメ自身どうしてこれで錬金が成立するか法則性がイマイチわからない。
けれど、実験成功してしまったのだから天才錬金術師キャラメイクは伊達じゃなかった。
「【消失錬成】! “草竜のうたた寝”!」
英気は重々、アイテムを消費して奥義である消失錬成を解き放った。
食事中のキョン三匹を、草竜を象って舞い降りる甘い香りがふわりと翼で閉ざした。
あっという間に三匹のキョンは睡魔に屈する。
複数体への範囲高確率睡眠付与。
これがパーティ戦ならば、即座に勝利に直結するだろう強力な状態異常付与だ。
重度の睡眠状態ならば、軽い騒音や衝撃では目覚めることはない。
▽「どうする? 逃げるのかな」
▽「寝顔かわいい」
▽「そもそも草もしゃってただけだしなこいつら」
「では、殺して経験値にして素材を剥ぎます。【小火の術式】!」
一匹ずつ着実に、確実に。
ザラメは弱点の炎属性によって無防備に眠るキョンを仕留めていく。
拳銃よりも激しい反動と浅からぬ消耗を伴うこの簡易錬成術は、やはり“殺す”という感覚があるとザラメは再確認する。
一つ間違えばこちらが死んでいた以上、ザラメは生ぬるい哀れみを抱けなかった。
そう、これは生死を賭けたサバイバルなのだと自分に言い聞かせる。
▽「おにちく」
▽「殺伐してる」
▽「よし! 経験値とアイテムGET! いい調子だ!」
▽「けっこう残酷だな、これ」
▽「キョン死」
戦闘中は一時的に注目が集まるのか、妖精契約語のささやきも多かった。
当然ながら反応は十人十色だ。
ザラメは騒々しい間は気にし過ぎないようにしつつ、手早く、魔物討伐で得られる戦利品アイテムというのを回収して現在地を出立することにした。
そのためにもう一度、アイテム錬成を行う。
「此方は“キョンの亡骸”、彼方は“四目鹿の眼”。縦糸、横糸、交えて紡げ! 練りて金糸の螺旋を紡げ! 調合錬金!!」
▽「は!? どっちもキョンじゃん!?」
▽「どんなレシピだよ」
▽「なにができるのか想像つかん」
「“屍竜の四ツ目”、調合完了です」
ザラメはマテリアルカードをすぐさま【創出錬成】する。
【創出錬成】とは、アイテム作製のための非戦闘用の錬金術だ。
戦闘に用いる【簡易錬成】と【消失錬成】とは大きく異なり、とても戦闘中には行えないほど時間がかかる。
しかし成功すればアイテム作製できるというのは生産職とはいえ希少な効果といえる。
ザラメとて、この便利さと面白みに魅了されてメイン技能をこれと定めたのだ。
ここぞという時に役に立ってくれなきゃ困るったら困る。
「これでよし、と」
シオリンの額に貼りつけられた一枚の霊符――屍竜の四ツ目。
ザラメが命令文を唱えると、なんとシオリンの死体はゆっくりと立ち上がったのだ。
それはまさしく死霊術であるキョンシーを再現していた。
▽「は? え? なんで?」
▽「教えた通りのキョンシーっぽい感じだ」
▽「“キョンの死骸”だからキョンシーってこと?」
▽「素材に目を使ったのは“シー”の部分を補ったのかな」
▽「言葉遊びなのかコレ……?」
▽「ネクロマンサーフラグ圧し折れたわ」
▽「とにかくこれではじまりの港にまで戻れそうねー」
なんだか大賑わいの出発になってしまった。
やがて集っていた観測者も多くは退屈な移動の合間にどこかへ行ってしまう。
シオリンの物言わぬ死体を連れて。
一路、ザラメははじまりの港へと小舟を借りて下るのだった。
毎度お読みいただきありがとうございます。
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ザラメの錬金術は
「簡易錬成」(通常技)「消失錬成」(必殺技)「創出錬成」(アイテム作成)がやっと出揃いました。
アイテムカードを一度で使い切るか、アイテム生成するか、いずれにせよ素材とレシピが必要不可欠。
どうやらザラメには奇想天外な錬金調合レシピをひらめく才能がある様子……?
余談ですが、タイトルがわかりづらいらしいのでちまちま試行錯誤中です
見やすくなってるとよいのですが……




