001.焼き栗タルトの約束 【挿絵アリ】
文頭記号「◇」はザラメ視点 「■」は観測者視点 です
“▽「セリフ」”は観測者コメントです
◇
VRMMO『Draco Magia Online』はサービス開始3.5周年の秋イベント開催中だった。
初心者向けエリア『はじまりの港』は混雑中。
新規ユーザー向けのスタートダッシュキャンペーンの甲斐もあって活気に溢れていた。
(……人酔いしそう)
ザラメはなかよし四人組パーティの最後尾をのそのそと重い足取りで歩いていた。
白髪獣耳の錬金術師少女。
ホムンクルスという種族を“選ばされた”結果、そのふさふさした獣耳に起因する聴力の修正補助のせいで少々雑音や会話を拾いすぎるのだ。
とかく、ゲームはうんざりするほど活況なご様子。
潮風薫る港町。
市場には彩り豊かな南国果実に屋台菓子、武器や防具の露天商まで所狭しの品揃え。
「さぁさ、初心者におすすめ! シルバーソードはここでしか買えないよ!」
流麗な刀剣に目を奪われて、なかよし四人組パーティの先頭に立つシローが足を止めた。
シローは秋の新規実装三種族の一つ『スノーマン』の少年だ。
氷雪系の半妖精種族、エルフの寒冷地亜種ともされる。シローは銀色の剣を品定めするが、高価格――32,000DM――にただでさえ白い肌を青ざめさせた。
「32000DM!? チュートリアル終わってもまだ2200DMなのにどこが初心者向けだよ!」
「わかってないわね、シローったら」
新規種族『マーメイド』の少女――ミオは、シローを小馬鹿にして一笑する。
無数の水の玉を周囲に浮かべた人魚は、あたかも水中を遊泳するかのように自在に空中浮遊している。
ちなみにマーメイドは人魚の秘薬によって一定時間は人間に擬態して陸上歩行もできる。
その優美さと高い敏捷も相まって、このはじまりの港ではちらほら見かける人気種族だ。
「バカねー、課金者向け装備でしょ? 換算レートは現金の1/10だから、えーと」
「320円?」
「3200円よ! 小学五年生にもなってこんな計算もできないの!?」
「うるせぇミオ! それなら買えるぞって願望がつい先行しちまっただけだよ!」
「ふぉっふぉっふぉ。……ふたりとも、いつも仲良しさんだね」
鉱山人ことドワーフの神官少女――シオリンは口に手を当て、物静かに微笑んでいる。
ドワーフは初期実装の基本種族の一つ。説明不要レベルのメジャーな定番。同じ基本種族の人間に比べて、身長が低くてやや横に太い。
種族としては生命や器用や精神に優れ、炎属性を無効化する耐性もついてくる。
そしてお決まりの鈍重さ。
シオリンはふんわりとした白の神官服を纏っていて、ちまっこくて可愛らしい。
ドワーフは任意でヒゲオプションがいつでも着脱でき、今この少女はサンタクロースみたいなつけヒゲをしている。素が美少女ならヒゲつきでも可愛いらしい。
「ふぉっふぉっふぉ」
「……キャラロール楽しんでるわね、シオリン」
「うん、ハロウィンの仮装みたいでいつもと違った自分になりきるのは楽しい……かな」
「ミオは魚臭くなっても完全にミオだな」
「ウラァ!!」
「くはぁっ!」
ミオの強烈な尾ひれビンタを喰らい、木樽の山に叩きつけられるシロ―。
真隣の市場の商人は大事な商売道具を壊された訳だが、しかしNPCなので「うおっ」と驚く素振りこそ見せても、これといって迷惑料だとかを求めてこない。
(……やれやれ、お子様ですね)
ザラメ・トリスマギストスは「ゲームだし」と親友らのバカ騒ぎを軽く流した。
秋の新規実装種族の一つ『ホムンクルス』を選んだザラメは、普段の自分より理知的でクールなキャラづけを楽しんでいた。
錬金術の申し子といえる知力特化型種族のホムンクルスに相応しき、クールさ。
フッとバカどもを鼻で笑いつつ、どのフルーツを買うか品定めすることに集中する。
くんくんと鼻を鳴らせば、バナナやライチ、マンゴーにパイン、それにゲーム内のみに存在する幻想的な架空のフルーツの甘酸っぱい薫りに胸が高鳴る。
「悩ましき」
食品アイテムの価格は安い。シルバーサーベルの32,000DMに比べて、バナナ一房たった200DMだ。現実世界の課金額に置き換えても20円しかしない。
しかしこのVRMMO『Draco Magia Online』の全潜水式状態では、高精細な幻想世界を視覚と聴覚以外でも堪能することができる。
痛覚はオート軽減が働く一方、嗅覚や味覚は不快感を与えかねないものについて軽減するフィルター設定こそあるものの、美味しさや香しさは100%体感することができる。
つまり、このVRMMOでは“美食”が一大コンテンツとして大好評を博していた。
『ドラマギで秋のスイーツを食べ尽くしちゃおう☆』
少女雑誌の特集記事を見かけて、ザラメが仲良し四人組に提案したのが事のきっかけだ。
ザラメと親友のシオリンのふたりで教室で相談して盛り上がってたところを、今年から同じクラスになったミオとシロ―も興味を抱いて四人パーティ結成という流れだ。
基本プレイ無料のドラマギは10歳以上なら遊べるので、小学生の間でも流行っている。
むしろ高校受験で忙しくなることを鑑みれば、小学五年生から中学二年生の四年間こそが一番こうしたゲームに夢中になってみんなで遊べる時期だとザラメは考える。
高校生はどうなのかと問われても、ザラメにはまだ五年も先のことで想像がつかない。
とかく、ここは遊園地みたいですこぶる楽しい。
「あの、バナナ2とパイン1とマンゴー1とキウイ4とライチ8、あと金剛パインと救命ライチも」
「2500DMだね、解毒アロエも一切れおまけしとくよ」
「解毒アロエ? ああ、毒消し草ですか、まずそう」
「まずいよ」
「じゃあいいです」
「そう言いなさんな、これを錬金素材にしてポーションを錬成するんだよお嬢さん」
「でもまずそう」
「まずいよ」
「じゃあいいです」
「そう言いなさんな、これを錬金素材にしてポーションを錬成するんだよお嬢さん」
「会話がループした……! 強制ですか! これだからNPCは……!」
時々よくある。
VRMMO『Draco Magia Online』のNPCは自然な会話を行うようAI制御されるが、優先命令が設定してあれば、その履行を自律思考より優先する条件づけがされている、らしい。
つまり、ここで初心者のアイテム購入にあたって先々のために役立つ支給品アイテムをそれとなく渡しておくことは優先事項なのだ。
チュートリアルでも教えられたが、錬金術師はポーションのようなアイテム作成ができる生産職でもあるらしい。
「……でも、解毒はシオリンいるもんなぁ」
解毒ポーションの作成には素材だけでなく費用と手間がかかる。
無課金勢の小学生初心者の潤沢といえない初期資金をどう割り振るかを考えた時、いつ役立つかもわからない解毒ポーションより確実に使いそうな攻撃系錬金アイテムを優先したい。
そして何より、甘くて美味しい秋スイーツを堪能したい。
「……あ、ドラゴンフルーツと火薬草と予備のフラスコとシリンダー買わなきゃ、出費がひどい」
「フラスコ? 心桜ちゃん何作るの?」
「ザラメです。ザラメ・トリスマギストスです。詩織だって、今はシオリン・タビノでしょ」
「えへへ、しっけーしっけー」
てへっと舌ぺろ照れ笑い。ヒゲロリドワでも妙にかわいいのはもう天性の才能だ。
造形美は人魚姫のミオだって負けてない。
しかしシローとミオの夫婦漫才ぶりは儚く泡と消える悲劇の童話ヒロイン像と程遠い。
ケモミミ天才錬金術師というキャラメイクのザラメだって造形は負けていない。
シオリンのご指名で選ばされたこの美少女然とした造形を気に入っているものの、いわゆる中の人であるザラメ――心桜の表情や仕草のせいか、やや愛らしさに欠けている。
凛としたクールな面構えと言い張りたいが、無愛想な野良猫みたいでもある。
遊園地の着ぐるみバイトをやったら半日でクビになるだろうとザラメは自己評価する。
(……さて、参謀役らしく、準備だ準備だぞっと)
ザラメは必要なアイテムを渋々買っては紫色のランドセルに入れていく。
携行できるアイテムには限度がある。携行アイテムBOXは見た目よりは収納できて重量も半ば無視できても、『格納量:中』のランドセルはもう八割が埋まってしまっている。
「錬金アイテムは高くて使い捨てで強力らしいですよ。いざって時のために今から貸し工房で錬金釜を借りて、初級レシピの“火竜の挨拶”を作っておくんです」
「わぁ……! さっすが三倍えらい錬金術師様! だね!」
「ふっふっふっ、いずれ世界の頂点に立つ天才錬金術師の誕生の瞬間を目にしてしまいましたね」
「すごいすごい! ……あ、焼き栗タルトもうすぐ売り切れだって」
五軒隣の菓子屋の呼び込みにめざとく気づいたシオリン。
ザラメはあわてて予備のフラスコ数個をランドセルに詰め、手をつないで走り出した。
「急ぎましょう!」
「うん、売り切れちゃうもんね!」
ザラメは全速力で走ろうとした。秋の運動会ではかけっこで六人中二位の脚力でだ。
しかし残念なことに、ホムンクルスとドワーフは双方とも『敏捷』の値が低い。現実世界における女子小学生の自分たちよりもずっと遅い足取りに、ザラメはびっくりさせられる。
「あっ!」
荒い石畳の段差につまづき、ザラメは前のめりに転倒しそうになる。
なぜわざわざ路面の損耗度まで無駄に設定されているのかと言いたいが、その間もなく石の地面に顔から激突――せずに済んだ。
だれかがザラメのことを抱き止めてくれて事なきを得たのだ。
「お前、怪我はないか?」
力強さのある、男の腕だ。漆黒の鎧の美男子。硬くて冷たい金属鎧の片腕に収まっているというのに、不思議と、ザラメに不快感はなかった。
やさしい言葉か、痛覚軽減設定のおかげか。
ザラメはその小さな体を、黒い騎士の懐中にしばし預けることをよしとした。
「……無事そうだな。全く、どんくさいな、お前」
「ぬっ」
ザラメは少々ムッとするが、腕を振り払うほどは反発しなかった。
つい見つめてしまっていたその男の美顔はほんのりと微笑を浮かべていたからだ。
辛辣に聴こえてどこか甘い声色の軽い罵倒は、むしろ心地よくさえあった。
『完売! 本日の焼き栗タルトは完売になります!』
「あ、ちょ、あああっ!」
ぽけっとしている間に悲報が届く。
ザラメは「ありがとうございました! 失礼します!」とあわてて黒い鎧の騎士から離れて、お菓子屋さんの前で呆然とするシオリンの元へ駆け寄った。
「か、買われちゃったね、最後の焼き栗タルト……」
残念無念また明日。
不慣れな種族の短所に翻弄され、うっかり焼き栗タルトを買い逃すだなんて。
ぜぇはぁと短い距離を走っただけでバテる『生命』の値が低いホムンクルスのザラメ。
一方、ドワーフのシオリンは『生命』が高いおかげか同じ鈍足でも余力があるようだ。
「なんでゲームなのに売り切れるんですかぁ~! がるるる」
「さー? でも明日があるる!」
「じゃあ約束です。明日またふたりで焼き栗タルトを買いにいきましょう」
「うん。……あれ? ふたりでいいの?」
「ふたりがいいんです」
ザラメは悪戯げに笑ってみせる。
ふたりは以心伝心の仲だから、すぐに「その方がきっとミオとシロ―の仲が深まる」といういらぬ気遣いと「親友同士のナイショのデザートにしたい」というささやかな悪戯心がわかりあえた。
「うん、約束」
シオリンは夕暮れの陽に白ヒゲを茜色に染めながら微笑み返してくれた。
まぶしくて、天使みたい。
いや、でもこの貫禄はむしろ神様ではないだろうか。
「ふぉっふぉっふぉっ。じゃあそのためにも、いよいよ最初のボス戦だね!」
「アーチ橋のボスですね! 四人の友情パワーで撃破してお菓子代を稼ぐのです!」
港町のはずれにあるアーチ橋に陣取る、最初のボスとの戦い。
推奨レベル3に推奨人数4人を満たし、ちゃんと火竜の挨拶も錬成してある。
何事もなければ、きっと楽々と勝てるはずだとザラメは計算していた。
そう、予想外の不運なトラブルでもなければ――。
■
夕刻頃、“あなた”はとあるネットニュースを目にした。
VRMMO『Draco Magia Online』にて未曾有の電脳災害が発生した。
数百万人の利用者が一斉に強制ログアウトさせられる一方、一部の利用者が全潜水式接続状態のまま意識が戻らない“未帰還者”になっているそうだ。
あなたは家族や知人に被害者がいないかと不安に感じて、今現在の確認されている未帰還者リストにざっと目を通した。
無意識に目についたのは若年の、小学生という幼い被害者の名前だった。
『白姫宮 詩織』(11)
『甘草 心桜』(11)
他にも複数の、若年層の未帰還者の名前が連なっていた。
そこに貴方の知る名前がないことに少々安堵するが、しかしそれで万事解決ではない。
見ず知らずの相手とはいえ、想定数千人を越える被災者が発生しているのだ。
ほんの少し、あるいは強く、あなたは“なにか助けになれないか”と考えただろうか。
――その時、一通の不審な招待メッセージが届く。
差出人の名は『Draco Magia Online』運営――とある。
開いてみれば、一瞬そこには文字化けしたような、あるいはそもそもこの世界に属さない言語が表示され、それがあなたの読文に適した形に修正されてゆく。
『"あなた”は観測者に選ばれた』
その一文にはじまり、謎の招待メッセージは以下のように綴られる。
『あなたは観測者に選ばれた。観測者もまた、救われるべき冒険者を選ぶことができる』
『新月の審判日ごとに観測順位下位1%の“選ばれなかった”冒険者は削除される』
『新月の審判日ごとに観測順位上位1%の“選ばれし”冒険者は脱出の機会を与えられる』
『観測者は、冒険者に“存在する力”を与える』
あなたはこれよりはじまる物語に介入する、無数の観測者たちの一人となることができる。
それ以外の何者であるかを、■■は知らない。
あなたは招待メッセージを破棄して自らの日常に戻っても構わない。
それもひとつの結末だ。
しかし観測者であることを望むならば、同封された数点の救難メッセージを一つ読んでほしい。
『未帰還者になりました。
だれか助けてください。
初心者錬金術師PCです、どうか観測と攻略のご協力おねがいします。』
差出人の名は、ザラメ・トリスマギストス。
それは無人島の漂流者が波に託すボトルメッセージのように訴えて。
“あなた”の観測を求めている。
これより“あなた”は、被観測者ザラメ・トリスマギストスを見守る観測者の一人として――。
『Draco Magia Online』の閉ざされた幻想世界へと導かれることになる。
さぁ観測をはじめよう。
閉ざされた箱庭の世界を覗け。
死と冒険の舞台を目撃せよ、無色透明なる観測者よ。