蜘蛛の糸
「あなたのやるべきことは蜘蛛の糸ですよ」
「なんで!?」
「そうでなければ何故その恐るべき二振りの剣を有することを許されたと思いますか?」
雪原を通り越して荒涼とした場を歩いていくと、そこには見違えるほど豊かな草原が広がっていた。
多様な生き物たちが生を謳歌し、ゆったりとした時間が流れていた。
「お待ちしておりました」
「・・・・観音は?」
「すでにお待ちです」
不機嫌な意思を隠そうともせず、警備の者達に身につけている剣を差し出した。
「お、お持ちください!
我らではお預かりすることはできかねます・・・」
「なんでだ、ここでは武装解除の筈だろう・・・・と言っても無理か、お前達では」
仏頂面の上に不機嫌を露わにして、己の身分を示す剣を再び身につけた。
「まったく、なんだってこんなにところに呼び出しやがんだ、観音に持国天の奴は・・・」
ブツブツと文句を言いながら、先に歩き出した。
しばらく歩いていくと、にこにこと柔和な笑みを浮かべた二つの存在と、穂先が鋭く光る槍と剣を身に帯びて、鈍く鋭く輝く鎧に身を包んだ武神が立っていた。
「遅い!」
「仕事の真っ最中だぞ、呼び出す方が悪い」
不機嫌を通り越して怒りさえ滲む声で言い返した。
「観音様方がお呼び出しになったのになぜもっと早く来ない!」
「・・・・じゃあてめえはそうするのだな?
仕事を放り出して真っ先に来るのだな、どんなことがあっても」
「・・・・そうは言ってない」
気圧されたように答えた。
「二人とも、よしなさい」
「あなたもですよ、そんなに急いでいませんからね」
にこにこと笑いながら、それぞれ窘めた。
「は、申し訳ございません、このような者に声を荒げてしまい・・・」
「・・・・このようなものだと、てめえは喧嘩を売っているのか?
買ってやるぞ」
「望むところだ、一度お前はその減らず口を叩き直してやろうと思っていたのだ、天(帝釈天)に窘められているから我慢していたが・・・・」
「望むところだ・・・徹底的にやってやるよ」
腰に佩いている剣に手をかけると、僅かに抜いた。
居抜きの要領で剣を構えた。
「・・・二人とも、おやめなさい」
半眼結跏趺坐で周囲を威圧をする存在が言葉を発した。
「は、はっ、申し訳ございません・・・」
「大日如来のおっちゃんまで臨座か、何事だぃ、一体全体」
「あなたに話しておくことがありましてね・・・」
すうっと、目を開けると力のこもった目でまっすぐ見つめた。
「・・・・話を聞くよ、なんだい」
「臨座なさい、まずはそれからです」
再び半眼になると、手で位置を示した。
「・・・やれやれ」
剣を鞘ごと抜くと、胡坐をかいて座った。
「・・・・お茶」
「はいはい」
にこにこと笑って、入れたばかりの茶のはいった茶器を差し置いた。
「・・・・ありがとう」
それまでの荒々しい気配とは全く違い、優しい穏やかな笑顔だった。
「はっ、はい!」
茶器を置いた小僧が驚いたように飛び跳ねて、嬉しそうに去って行った。
「・・・・相変わらずですね、あなたは誰よりも優しいですね」
「・・・喧嘩売っているのか」
一転して、不機嫌な上目使いで睨みつけた。
「今日はあなたのお役目について話をすることがあります」
ぴりっとした空気が流れた。
「・・・それで?」
半眼結跏趺坐でいる存在の一言で場が引き締まった。
「あなたのお役目について、何か聞き及んでいることはありませんか?」
「どさ回り、体の良い厄介払い、どうでも良いことを押し付けることのできる、体の良い道具」
辛辣ともいえる言葉がいくつも出てきた。
「天が何を考えられているのか知らんし、御上がどんなことを考えているのか?についても全く興味はない。
私自身はいま言ったことがお役目だと考えているぞ?」
「・・・お前!」
色めき立って武神が抗議の声を上げた。
それをすっと、軽く手を動かして止めた。
「・・・文殊菩薩殿?」
「あなたはそのようにお考えかもしれませんね、ですが違いますよ」
にこっと笑うと、唖然とする一言を放った。
「あなたのお役目は罪人であった者達を救うことです」
「はあっ!」
「正式にはかつての生において罪を犯し、罪業を成して獄において監視下にあった者達に対する最後の機会といったものです」
「ますます訳がわからん・・・・わかるように説明してくれ」
本当に困ったかのように問い質した。
「これからあなたの元にやってくるものは二つに分かれます。
1つは今生において苦しみ逃げ惑い、悪しき者達によってその運命を変えられようとするもの」
「もう一つはかつての生において罪業を経て、今の世に戻されし者達です」
「・・・・ていうことはなんだ、やっぱりどさ回りじゃあないか」
自虐的に笑う者に対して、
「違いますよ」
半眼結跏趺坐でいる者が、鋭い声で否定した。
「あなたのお役目は血の道よりなお辛きことかもしれません、それは修羅の道よりなお険しきものです」
「道なき道を斬り開き、以て人の道を正すこと。
かつてのあなたが望み、未だに叶うことのない約束を果たすことにも繋がっていくでしょう」
「・・・・」
「そうでなければ何故あなたに神剣を有することが許されると思いますか?」
にっこりと笑って問いかけた。
「そりゃあ、言いたいことはわかるけど・・・もっとわかりやすく言ってくれないか?
菩薩と観音の言葉は禅問答を求められているようでわかりにくい」
困ったように後頭部をかき分けた。
「あなたのやるべきことは蜘蛛の糸ですよ」
「なんで!?」
「そうでなければ何故その恐るべき二振りの剣を有することを許されたと思いますか?」
にっこりと微笑んで問いかけた。
「そりゃあ、そうだけどさあ・・・それでもなんで?」
「かつてのあなたの誓願、どんなことがあったとしても人を救いたい、悲しみ苦しみに惑う者達に一条の輝きを示したいと言っていたことをお忘れですか?」
にっこりと微笑んだ。
「そりゃあ、そうだけどさぁ・・・・それにしたって!」
「そうでなければ私や文殊殿、如来様を斬り殺せるほどの剣を持つことを許されると思いますか」
温和な笑みの中、別の存在かと思うほどの目の輝きだった。
「まあ良いけどさぁ・・・蜘蛛の糸か、わたしゃ~」
「そうですよ、道に迷う者達に対する一筋の蜘蛛の糸。
そして心なき者達によって運命を変えられようとする者達に対する最後の道しるべとなるでしょうね」
「・・・・随分と重い仕事を押し付けたな~だから今回転生するにあたって伸ばした訳?」
「それだけではありませんよ」
そっと、茶器を口元に運んだ。
「あなたはこれから多くの者達に出会い、かつても悲しみと口惜しさ、思いを終わらせていくでしょう。
かの方との思いもまた・・・」
「○○○○のことか・・・」
殺気が噴き出していた。
触れれば切れるほどの、強い憎しみと怒りがそこには渦巻いていた。
「あの野郎との間にあるのは怒りしかない、斬り捨てて終わらせる。
それだけが私の望みだ」
「それについてもいずれわかるでしょう」
涼やかな顔で殺気が渦巻く場で茶を口に含んだ。
「ではそろそろ行きなさい、やるべきことが残っているでしょう?」
「なあ大日如来のおっちゃん、文殊菩薩殿、観音」
「なんでしょうか」
「試みに聞きたい、幸など求めるべきではないよな」
「それはあなたが決めることです」
「・・・・」
「あなたを慕い、思い、数百年の時の彼方をただひたすらに待ち続けた娘たちの想いにあなたがどう応えるか?
そしてあなたがあなたで居続けるか?
それは私達が決めるみことではありません」
「・・・・」
「道を示す為ならば我が身を削り、何があろうとも支えると誓約したその想い、違えるあなたではないと『知って』いますよ」
言うとにっこりと笑った。
「・・・・文殊菩薩殿には敵わないな、仕方がない、乗ってやるよ」
「期待しておりますよ、○○〇殿」