第6話 この後、ばにらのゲーム配信は18時から!(前編)
2階中ほどの6人掛けの席に私たちは移動した。
壁に接したテーブル。すず先輩とずんだ先輩が壁側に、ぽめら先輩がすず先輩の隣に座る。必然、通路側に私とうみが座った。
分かりやすい宴会の席順だ。
問題があるとすれば――。
「ねぇ、なんで真ん中を空けるの?」
「え、いや。通路側の方がいろいろ動きやすいかな、と」
「まるで私たちが仲が悪いみたいじゃない。やめてよ」
(どうしろっていうんですか……)
私とずんだ先輩が横並びということ。
親友のすず先輩とぽめら先輩が隣り合うのは分かる。
騒がしいのが苦手っぽいずんだ先輩が壁側に座ったのも分かる。
だが、うみ――お前がしれっとぽめら先輩の隣に座ったのは分からない。
こんな裏切りないバニじゃん。
さきほどの「百合営業」の件もあり気まずくて椅子を一つ空けたらこの状況。
距離を置いた私を、心底不愉快そうにずんだ先輩がにらんできた。
すげえ「圧」バニ。
これ、もしかして配信中だったりするバニ?
今回はドッキリ企画バニか?
「ちょっと、ずんだ。ばにらが困ってるでしょ」
「ぽめら先輩!!!!」
「気にしなくていいよ、ばにら。そこは荷物置きにすればいいから」
助けてくれたのはDStarsメンバー最年長。
人生経験豊富で苦労人。元個人勢VTuber。にじみ出る圧倒的な母性(既婚&子供あり)でグループのママと言われている、ぽめら先輩だった。
彼女の母力にはずんだ先輩も逆らえない。
反抗期の娘のように彼女はぷいと顔を背けた。
「というか、ぽめら先輩はどうしてここに?」
「ずんだとすずが事務所に来てたからね。せっかくだしゲームチームでミーティングしようかって話になったのよ」
ぽめら先輩の言う「ゲームチーム」とは、「ゲームの公式大会への参加」を目的にDStars所属のVTuberで編成されたチームのこと。
リーダーに「1期生」の「生駒すず」。
メンバーに「特待生」の「秋田ぽめら」「青葉ずんだ」「津軽りんご」。
すず先輩がつき合いのある「ゲームが得意」な個人勢VTuberを、ヘッドハンティングして結成されたドリームチームだ。
メンバー3人が揃って「特待生」なのもそのため。
DStarsからデビューしていないため「○期生」という呼び方ができず、便宜的に「特待生」と呼んでいるのだ。
まぁ、名前負けしない実力を持っているんだけど。
ちなみに「津軽りんご」先輩は、声帯結節の治療のため現在休業中。
最近、ちょっとチームで活動できてなかったりする。
なのに会議とはいったい――?
首をひねる私に、ぺかーと笑顔を向けたのは、年下の先輩こと「生駒すず」だ。
「実はねばにらちゃん! りんごの休業が明けるまで、代わりにゲームチームに入ってくれる代打メンバーを決めようと思ってるんだ!」
「へぇ、なるほど」
「生駒としてはやっぱりゲームが上手な人がいいいんだけれど――そうだ、せっかくだし、ばにらちゃんはどうかな⁉」
「はい⁉」
突然のオファーにたまげて私は肩を竦めた。
「却下」
「ばにらはダメでしょ。うちのトップで配信忙しいし」
私があれこれ言う間もなく、ずんだ先輩たちからツッコミが飛ぶ。
はたして「川崎ばにら」のゲームチーム入りは却下され、リーダーのすず先輩は「そんなぁ」と力なく肩を落とした。
「えー、良い案だと思ったんだけれどなぁ。ばにらちゃんはゲーム配信上手だから、ゲームチームに来れば絶対にシナジーあるよ」
「……確かに、配信は上手よね」
「ばにらは結構ゲームはゴリ押しだからなぁ」
ひどい。
なんでいきなりディスられてるの。
事実だけれど。
「……というか、3人でも活動はできるよね?」
「やれることをやってから言おうよ、すず?」
「……あい、とぅいまてぇん」
「「絶対反省してない」」
「そんなぁ! 生駒だって、一生懸命考えてるんだよ!」
「「本当に?」」
「うみー! 助けてー! チームメンバーが辛辣だよー!」
うみに抱きつくすず先輩。
一番年下で、一番先輩で、一番配信を頑張ってるのに、どこか抜けてる。
そんな所がなんとも愛くるしい。
相変わらず良いキャラしてるなぁ。
(DStarsに入った当初は、私、すず先輩に憧れてたっけ)
その時、店員さんがテーブルにやってきた。
手には先輩たちが頼んだメニュー。彼はテキパキと注文された料理と飲み物を、注文した当人たちの前に置いていく。
抹茶ラテとスイートポテトがすず先輩の前に。
ぽめら先輩の前にはアップルパイとホットティー。
そして、私の後ろを通って――ずんだ先輩の前にグリーンスムージーが置かれた。
すぐに先輩たちが手を合わせる。
そんな彼女たちを眺めて、私はレモンミントのお冷やで口を湿らせた。
「けどさ、実際の所3人は具合が悪いんだよね。パーティーゲームは、基本4人プレイだし。CPUを混ぜるのも違うじゃん」
「……りんごの復帰を待てばいいじゃない」
「いやいや、りんごも気にしちゃうでしょ」
「そうだね。確かにすずの話も一理あるかも」
「……そうかしら? 勝手に代打を立てる方が気にするんじゃない?」
「ゲームチームがゲームせんわけにはいかんやんけ!」
「それよね。ただでさえウチたち、公式大会で結果を出せてないし」
「…………」
「もちろん、りんごには悪いと思うよ! けど、やっぱり仕事なわけじゃん! だから、りんごの代打を生駒も必死になって考えてるんだよ!」
「…………りんごの代わりなんて、いるわけないじゃない!」
そう言って、ずんだ先輩がグリーンスムージーを勢いよく呷る。
すず先輩とぽめら先輩が思わず食事の手を止めた。
ずんだ先輩が怒ったのは他でもない。
りんご先輩が彼女の親友だからだ。
個人勢時代からふたりにはとても強固な絆がある。
だから、すず先輩から出た代打の話を素直に受け入れられないのだろう。
ずんだ先輩は一息にスムージーを飲み干すと、プラスチックのカップをテーブルに叩きつけた。ゴンと鈍い打撃音が洋菓子店の2階に響き渡る。
「それで、話はこれでおしまい? なら、帰っていいかな?」
身体の芯まで震えるような冷たい台詞。
「私、18時から配信予定なの」
口の端についたグリーンスムージーをナプキンで拭きながら、ずんだ先輩はゲームチームのメンバーをにらんでそう言った。
確かにそう言った。
「そんな! せっかく集まったんだから、もっとお話ししようよ!」
「ゲームチームはりんごが休止中だから活動できない。結論は出た。すずとぽめらは積もる話もあるだろうけど――私にはないから」
「ちょっと、ずんだ!」
「ずんだぁ、そんな悲しいこと言うなよぉ」
「それじゃ失礼するわね――」
ナプキンを折りたたみ、プラスチックのカップの前に置くずんだ先輩。
黒髪をあわただしく揺らして彼女はその場に立ち上がった。
「待ってください!!」
そして、私も立ち上がった。
思わずテーブルを叩いて。
天板が私の台パンで激しくゆれる。
グリーンスムージーのカップが倒れ、向かいに座るすず先輩たちのお皿が跳ねた。
ずんだ先輩が「突然何を言い出すんだこいつ」という顔をこちらに向ける。
冷たい「氷の女王」の眼差しを正面から受けて――。
「ずんだ先輩、今さっきなんて言いました?」
「なにって? 私はこれで失礼するから――」
「その前です!」
「……その前?」
「18時から配信があるって言いましたよね?」
「言ったけれど、それが何?」
「今、何時ですか?」
「……17時31分ね」
「どうしましょう、ずんだ先輩」
「……なにがよ?」
「……私も、今日の配信18時からなんです!」
「「「「はぁ⁉」」」」
私は今日のスケジュールを唐突に思い出した。
社長の「百合営業」辞令に驚いて完全に忘れていたが、本日18時から川崎ばにらは配信予定が入っていた。しかも、既にTwitterで告知済みだ。
電車じゃ間に合わない。タクシーでも無理だ。
金盾凸待ち失敗から二日と経たずにまたやらかすの。
配信遅刻は凸待ち失敗よりも言いわけがきかないよ。
どうすればいいのこんなの!
あ、やばい、涙出そう!
どうして不幸ってこう続くのかな!
完全に私のポカだけれど!
「どうしましょうずんだ先輩!」
「……どうしましょうって! アンタねぇ!」
「いきなり社長から『百合営業しろ!』って言われたら、気も動転しますよ!」
「バカッ! なんでみんなの前で言うのよ!」
「だってぇ!」
再び訪れたピンチに頭が真っ白になる。
あぁ、これはもう無理だ。
全てをあきらめたその時、白目を剥いて倒れる私の腕を力強い手が引いた。
次いで、とんでもなく重たいため息が耳に届く。
腕を握っていたのはずんだ先輩。
「あぁ、もう! しょうがないわね!」
「ずんだ先輩?」
「すぐに荷物を持って!」
「持ってどうするんです?」
「いいから黙ってついてきなさい! 配信に穴を空けたくないんでしょ!」
言われるまま私は椅子に置いた自分の手提げ鞄を手に取った。
ついでに、その隣のずんだ先輩のバッグも。




