第58話 インドネシアから来た少女(後編)
気まずい沈黙が私とニーナちゃんの間に流れた。
そりゃそうでしょう。
テスト配信に挨拶もしていない先輩が乱入してきたんだから。
しかも外国人。言葉の通じない相手。
言うに事欠いて「hey! neena!」である。
こんなん、どうしていいか分からないよ。(白目)
一方で、挨拶をした私もこれ以上どうしていいか分からない。
配信中ということもあり、逃げるのも失礼と挨拶したが――こんな気まずい沈黙が訪れるくらいなら、何も言わなければよかった。
というか、そもそも地下室から出る方法が分からないから逃げようがない。
地下室に落ちた時点で詰んでた。
いや、この城に足を踏み入れた瞬間に、私は終っていたのだ。
川崎ばにら完。
『neena: vanira senpai? why are you here?』
そんな諦めムードの私に、ニーナちゃんの方から話しかけてきてくれた。
これくらいは中学レベルの英語力しかない私でも分かる。
けど、どう答えていいか分からない!
こういう時って、どこから説明するのが正しいの!
配信終ろうとして城を見つけた所から?
それとも、隠し通路に落ちた所から?
教えて英語に詳しい人――!
テンパった私は唸った末にテキストチャットでこう返した――。
『vanira: vanira is hole in one!』
なんだホールインワンって!
ゴルフでもしてるんか!
けど、穴に落ちたってどう言えばいいの!
義務教育で教えておいてよ! 「これはペンです」より使うでしょ!
終った。
完全に終った。
英語力が死んでいることが全世界にバレた。
さらに後輩と『まともにコミュニケーションが取れない』と思われた――。
『neena: OK!』
『vanira: OK!?』
「嘘だろ⁉ 英語伝わってるんだが⁉」
嘆いた矢先、ニーナちゃんが返信してきた。
どうやら何が言いたいか把握してくれたみたいだ。
この子、うみとは違うタイプのコミュ力おばけか?
すぐにニーナちゃんは『come on!』と、小学生でも分かるテキストチャットを送ると、私に背中を向けて歩き出した。
「ついて来いってことで、いいバニですよね?」
一応、リスナーに確認をとる。「それでいい」「あってる」「むしろそれ以外の何があるのか」「ばにら、英語の勉強しような」というコメントが溢れたので、どうやらばにーら翻訳は間違ってはいないみたいだ。
上の階と同じシラカバの床を歩いて、私はニーナちゃんの背中を追いかけた。
やって来たのは――ちょうど倉庫の中央にある広間。
シラカバの葉を使った観葉植物のようなモニュメント。
その前でニーナちゃんがアイテムを投げた。下にホッパー(上に落ちたアイテムを収拾する機能のあるブロック)があるらしく、アイテムが瞬時に吸い込まれる。
そして――!
「うわぁっ! なになになに! 何が起こってるの!」
急にピストンの音がしたかと思うと、天井が割れて床が盛り上がる。
目の前に現れたのはシラカバの階段。
上の階の階段と接続するように現れたそれに、私は素っ頓狂な悲鳴を上げた。
回路式の隠し階段だ。
動画で作り方を見たことがある。
けど、かなり複雑な構造で、まったく仕組みが理解できなかった。
こんなものまで作り上げてしまうだなんて――。
「もしかして、ニーナちゃんって天才なのでは?」
間違いない。
彼女はマイクラの申し子だ。
私やゆき先輩なんかじゃ逆立ちしたって敵わない。
天性のセンスを持っている。
少しマイクラの知識がある程度で天狗になっていた。
私は心からの賞賛をニーナちゃんに伝えようとして――。
『vanira: oh! neena! you are geeneus!』
スペル間違いまくりのテキストチャットを送ってしまうのだった。
いや、使いませんやん。
天才(genius)なんて。
響きを覚えてただけえらいですやん。
ただ、言語の壁を向こうから越えてくるニーナちゃん。
彼女は、私のパッションイングリッシュ(勢いだけの英語)にもう慣れたしたらしく、ぴょんぴょんとその場で跳ねるのだった。
『neena: thx!』
『vanira: oh! very very thx! I love you neena!』
調子に乗ってさらにテキストチャットオを送る私。
まぁけど、これは流石に大丈夫。
私の感謝は伝わったはずだ。
すると――。
「はにゃん? どうしたのニーナちゃん、そんなもじもじして?」
私の思惑とは裏腹に、これまでで一番長い沈黙が私たちを襲った。
もじもじして後ろに下がるニーナちゃんのアバター。
あれ?
なんか間違ってた?
『neena: vanira senpai ... we are girls ... OK?』
『vanira: OK! OK! I'm very very cute rabit girl!』
『neena: umm...OK! what should i call you?』
(なんて呼べば良いって聞かれたんだろうなこれ。ここは、親しみをこめて名前で呼んでもらった方がいいよね……)
『vanira: vanira is OK!』
『neena: NO! NONONO! I'm afraid!』
(なんか嫌がってる? まぁ、先輩を呼び捨てにするのは気が引けるか?)
先輩から後輩の呼び方は自由だけれど、後輩から先輩への呼び方は難しい。
美月さんとの百合営業でさんざん弄られてるから分かる。
それだけに気負わずに使える、呼び方を提示してあげたい。
あだ名呼びや「さん」や「ちゃん」、「先輩」付けというのはなんか嫌だ。
せっかく仲良くなっただの、特別感がありつつ、気負わないのがいい。
なにかいい愛称はないだろうか?
その時、私の頭に稲妻のようにアイデアが降ってきた。
マイクラの天才を囲い込み、呼称問題も解決する、画期的なアイデアが――。
『vanira: neena! do you join vanira kensetsu?』
『neena: vanira kensetsu? What is that?』
『vanira: vanira kensetsu is building company! many many house make and show!』
『neena: wow...I just wanted to do it too!』
『vanira: hey neena! vanira kensetsu syacho is vanira! OK?』
『neena: OK!』
『vanira: you call me "syacho!"』
『neena: OK! vanira syacho!』
マイクラ内で建築会社を設立するのだ。
そして、その社長にばにーらが就任してしまえばいい。
そうすればニーナちゃんは私のことを「社長!」と役職で呼べるようになる。
まさに悪魔的発想!
冴えに冴えた自分の知恵に恐ろしくなる!
おまけにニーナちゃんに仕事と称してコラボができる!
ついでに、便利なお洒落な施設も建ててもらえる!
素晴らしいアイデアに、私は心の中で自分に拍手を送った。
そして、DStars公式マイクラサーバーの覇権を握ったと確信した。
『neena: syacho! syacho! syacho!』
『vanira: OK OK neena I am syacho vanira kawasaki.』
『neena: vanira syacho! I Love you too!』
「ただ、面と向かって好きっていわれるのは、ちょっと照れるバニな」
かくして、私は頼もしい外国人後輩とのコネを手に入れたのだった――。
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英語できないと本当にたいへんですよね。(白目)
高専出ているので英語と独語は習ったはずなのですが、Google先生(翻訳)に頼りっぱなしの僕です。ちなみに上の会話は、まぁノリで分かるやろと書いてます。
分かるよね……?(バニラが無自覚に、ニーナに告白しちゃってるのとか)
後輩に対して無自覚ハーレムムーブをするばにら、そういう所やぞ――と、思った方は、感想&評価のほどよろしくお願いいたします。m(__)m