第51話 曝かれたのは……?(前編)
「いやぁー、なかなかやるじゃない! ばにらちゃん、うみちゃん! 僕を相手に格闘ゲームで勝つなんて! おめでとう!」
「ありがとうございます! ぶっちゃけ、勝てると思ってませんでした! 今回の勝利は――ばにらと私の愛が起こした軌跡です!」
「気持ち悪いこと言うんじゃねえ! けど、本当に勝ててよかったバニです! 負けたら、どんな罰ゲームをさせられたかと思うと――!」
「罰ゲーム? そんなものはないよ?」
「「……はい?」」
「今日は可愛い後輩とずんさんで楽しくゲームするだけの配信だから。別に『負けた方が罰ゲームね?』とか約束してないでしょ?」
「いやけど、ほら、お約束的に」
「ばにらちゃん? お約束は……破るから面白いんじゃないか!(満面の笑み)」
「……こんの泥棒猫!!!!」
「にゃはははははは!!!!」
こんだけの熱戦を繰り広げて罰ゲームなし。
まさかの「ただゲームして終わり」というオチで『初代スマブラ対決コラボ』は幕を閉じた。
リスナーから文句を言われると思ったが、「負けて罰ゲームを言い出さないのがりんごらしい」「勝ってたら言ってた」「詐欺のテクニックよ」と好評であった。
解せぬ。
釈然としないものがあったが、まぁ実害がないならそれでよし。
まったく活躍できなかった美月さんを軽く元気づけて、「またこの四人でコラボしようね!」と約束すると配信を終えた。
りんご先輩の配信終了画面が液晶テレビに流れる。
サブPCでライブ配信が終了になったのを確認し、私たちは揃って溜息を吐いた。
手に汗握る激闘に疲労困憊だ。
こうなると甘い物で栄養補給がしたい。
うみが買って来たチーズケーキをりんご先輩が切るというので、配信終了後の反省会も兼ねて軽いお茶会をすることになった。
りんご先輩と一緒に私もキッチンに立つ。
彼女がチーズケーキを器用に切り分ける横で、私は美月さん愛用のティーポットで四人分の紅茶を淹れた。
「へぇ、ばにらちゃん、紅茶淹れるの上手だね? どこで習ったの?」
「紅茶なんて習うもんじゃないでしょ? バカにしてます?」
「してないしてない! も~、なんでそんなにツンケンするの? 僕はただ、ばにらちゃんともっと仲良くなりたいだけなのに~!」
仲良くなりたい相手を自分の土俵でボコろうとします?
どうにも信用ならない先輩を私は睨む。すると、銀髪の王子様は「まいったな」と手を挙げて降参のポーズをとった。ただ、顔は相変わらず満面の笑顔で。
本当にうさんくさい先輩だ。
今日のコラボも何が目的だったんだ。
配信終了しても彼女の腹の内はさっぱり分からない。
ケーキを4皿と紅茶を4カップ。
私とりんご先輩でダイニングキッチンのテーブルへと運ぶ。
うみが気を利かして配信機材を片づけてくれたので、すぐに私たちは彼女の手土産に向かって手を合わせた。
「あ、美味しい。素朴な味でいいわね、このチーズケーキ」
「大阪の味ですからね。委員長は関西に行ったら『りくろーおじさんの焼きたてチーズケーキ』と『551の肉まん』は必ず買って帰りますね」
「いいねー! 『551の肉まん』! そっちはなんで買って来なかったの?」
「いや、なんでって……ずんだ先輩には似合わないでしょ『551の肉まん』!」
「そんなことないよね~? ねぇ、ずんさん?」
「私は肉まんよりあんまんの方が好きかなぁ……」
美月さんてばまた見栄を張ってる。
ロカボダイエットとか言って甘い物を控えてるくせに。
そのくせ「コンビニでするめやカルパスって買いづらいのよね。花楓が買って来てくれるからほんと助かるわ」って、宅呑みのたびに私におつまみ頼むくせに。
ほんとこの世は嘘ばかり。
私のじとっとした視線に『氷の女王』が、ほんのり顔を赤らめた。
「あら、これ底にレーズンが入ってるのね。ばにら、レーズン食べられたっけ?」
「……本当だ!」
「仕方ないわねぇ。ほら、食べてあげるから寄こしなさい」
「すみません。それじゃお言葉に甘えて……」
言われてチーズケーキの底にレーズンが入っていることに気づく。
あの独特の渋みが苦手な私は、おつまみやお菓子に出てくると、美月さんに食べてもらっている。食べる前に気が付いてよかった。
私はケーキの底をスプーンでこそぎ、レーズンを美月さんのお皿に移す――。
すると、なぜかうみが青い顔をした。
逆にりんご先輩は、によによと笑顔を浮かべている。
なに?
私たち、なにかしました?
「え、ばにらさんちょっと?」
「どうしたのうみ? そんなドン引きするような顔して?」
「いやいやいや! なにをずんだ先輩に、ナチュラルにレーズン食べさせてんの! お前それ、仲の良いカップルの『無自覚イチャコラ』やぞ?」
「なに言ってるバニか。これくらい別に普通じゃないバニか。ねぇ、ずんだ先輩?」
すぐ、美月さんに同意を求めたが返事がない。
りんご先輩に睨まれた彼女は、額から汗を流して白目を剥いている。
その表情でようやく私も自覚した。
やっちまった――!
たしかにうみの言う通り。
これ、カップルの『無自覚イチャコラ』だ。
「ふーん、ずんさんてば、ばにらちゃんの嫌いなものまで知ってるんだ? 随分と仲がいいんだね? しかも、代わりにたべてあげるなんて……や~さ~し~い~!」
「違うの! いただいたお土産を残すのは勿体ないから!」
「打ち上げでもいろいろお世話してたよね? からあげにレモンかけないとか、たこ焼きにはマヨネーズかけるとか? 随分ばにらちゃんに詳しいよね? いつの間に、ばにらちゃん博士になっちゃたのかなぁ?」
「ほ、本当にこれはその……!」
助けを求める視線が美月さんから飛んでくる。
求められても困るけど、涙目テンパり状態の先輩を放っておけない。
というか、これ普通にまずい奴では?
百合営業以上のお付き合いがバレちゃう奴では?
あと、美月さんとの関係について相談しているうみが、ドン引きしているってことは、「ちょっと仲良い先輩・後輩」では説明つかない内容なのでは?
嫌いな食べ物を食べてあげくるくらい普通じゃないの?
百合的にガチな行為だったの?
教えて――百合に詳しい人!
どんどんと緊迫するダイニングキッチンの空気。
青ざめていくずんだ先輩の顔色。
今は狼狽えている場合じゃない。
必死に言い訳を考えた私は――。
「ま、前にばにらが配信で言ってたのを覚えていてくれたんバニな! 流石はずんだ先輩! 百合営業相手のことをちゃんと把握してる!」
「そ、そうそう! そうだったよね! 前に自己紹介番組だったか、三期生のクイズ番組で言ってたものね! それを思い出して――ついやちゃったのよ!」
百合営業相手のプロフィールくらい当然知っていると誤魔化そうとした。
「いや! そうじゃないんだワ! 『嫌いなものを食べてあげる』っていう行動が、ガチ百合なんだワ! てぇてぇなんだわ!」
「百合営業相手でも――嫌いなものを食べてあげるなんてしないと思うなぁ~?」
違った。
本当に誤魔化さなくちゃいけないのはそっちじゃなかった。
ナチュラルに「嫌いなものを相手にゆずった&もらった」方だった。
これほんと、どうやって誤魔化すんだ?
詰んだんじゃねぇ?
背筋を冷たいものが走る中、りんご先輩が私に向かって微笑んだ――気がした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
うみの前で曝かれたずんだとの関係。
ビジネス百合ということにして、ちょっと重ための感情をほのめかしてきましたが、ここまで百合が進行していたとは――と絶句する、センシティブ委員長。
そしてほくそえむ泥棒猫。
しかしまだこれ前編なのよね。まだまだ、DStarsの黒幕がしかけた罠がばにらたちを襲う――「ばにら、強く生きて!」と思った方は、ぜひぜひ評価のほどよろしくお願いいたします。m(__)m