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第42話 ライブ打ち上げで、先輩たちに挟まれるタイプの百合(後編)

「ゆきち、からあげ頼みすぎじゃねえ? 何個、頼んだの?」


「一人10個は食べると思って、100個頼んだで!」


「……ダメぐゎぁ、ゆきちに幹事を任せたのは失敗だったぐゎぁ」


 UberEatsが持って来た『明らかに異常な量のからあげ』を前に、あひる先輩が青い顔をする。一方、やらかしたゆき先輩は、ストロングゼロを手にけらけらと笑っている。いや、笑いごとじゃないんだわアンタ。


 これに加えてLサイズのピザ5枚+パーティ用の揚げ物セット。

 いくらライブ後で疲れてるからってそんなに入る訳ないでしょ。

 食べ盛りのJKじゃないんだから。


 なんてツッコミを心の中でしながら、私はオレンジジュースを啜る。

 レンタルスペースのドリンクバーに入っていたのはなっちゃん。

 懐かしい味になんだかほっとした。


 ここ最近は美月さんの家で100%オレンジジュースばかり飲んでいたけれど、こういう味も悪くないなと思う。


「からあげと言えば、ぽめらのからあげをまた食べたいなぁ……」


「え? ぽめらちゃんのからあげってそんなに美味しいの?」


「生駒的には人生で一番美味しいからあげだと思ってるよ」


「すずってば、おおげさだよ。べつに普通のからあげだから、変な期待しないでくださいね、もみじ先輩。あ、グラス空ですけれど、次は何を呑まれます?」


「う~ん、それじゃ八海山で!」


 からあげ談義で盛り上がる、すず先輩、もみじ先輩、ぽめら先輩。

 すず先輩の好物は「ぽめら先輩のからあげ」なのだが――このご時世で、ぽめら先輩の家にすず先輩も遊びに行けてないみたいだ。


 ぽめら先輩に小さなお子さんがいるので遠慮しているのだろう。

 現役JKなのに、ちゃんと気を使えるのに感心した。

 私の女子校生時代とはえらい違いだ。

 一流VTuberは気遣いも一流ってことなんだろうな。


 さて、三人の間に挟まっていたはずの、いく先輩はと言えば――。


「いくたん、なんでそんな端っこにいるの? ねぇ、みんなとテーブルで楽しく呑もうよ? 委員長が隣にいてあげるからさぁ?」


「む、むりむり、無理無理、ムリムリぃ~……」


「そんなに怯えなくていいのよ? 大丈夫、みんないくたんのこと大好きだから! だから委員長と一緒に楽しくお酒飲もう? いくたん、いくたん……ハァハァ!」


「委員長の鼻息が荒いぃ……だ、誰か助けてぇ……」


 あわれ。うみにセクハ――捕まっていた。

 前々からいく先輩に母性を抱いていることを、配信内でうみは吐露していた。

 彼女のことだからきっと口からでまかせ、配信を盛り上げるネタだろうと思っていたけど、どうやらガチのようだ。


 どんどん部屋の隅で縮こまれるいく先輩。

 そんな彼女を追い詰めるうみ。


 普通こういうのって逆じゃね?

 先輩が後輩を追い詰めるもんじゃね?


 いく先輩に「強く生きて」と私は願った。

 

 宴もたけなわ。

 乾杯から一時間が経過していた。

 この頃になると、全体でライブの振り返り・反省というのもなくなって、各々仲の良いグループで集まって、興味のある話で盛り上がっていた。

 かくいう私はといえばずんだ先輩と同じグループ。


 話題はやっぱり――。


「しかし、先日発表されたDStarsUSのビジュアル、なかなか粒ぞろいだったわね。あとは中身が問題だけれど、場合によってはトップ交代もあり得るわよ」


「怖いこと言わないでくださいよずんだ先輩! けど、実際すごいですよね……」


「クトゥルフがモチーフの娘なんか、英語圏でも日本語圏でもすごくウケそうよね。今、クトゥルフTRPGブームのおかげで需要があるし。ガワも、そこそこエッチな感じの仕上がりだし。あの娘は要注意よ」


「ばにーらは、サメの娘に親近感を覚えてます。エッチなのもいいですけど、やっぱりかわいいのが……」


「バニーガールが言っても説得力ないっての」


「あいて! でこピンしなくてもいいじゃないですか! さては酔ってますね!」


「そりゃもう。やっと長いこと準備してきた生誕祭ライブが終ったんだもの。これが呑まずにいられるかって話よ。はい、ばにら、お代わり。ソルティドッグで」


「くっそー! 塩いっぱい入れてやるバニ!」


 VTuberについて。


 せっかくの飲み会だというのに、話がお仕事に行っちゃうのはもはや職業病。根っからのVTuberである私たちが肩を並べれば、当然そういう話になるのだった。


 というか、いつもの晩酌と変わらない。

 美月さんと私の日常という感じだ。


 唯一違うのは、私がお酒を呑んでないということくらい。

 あと――。


「で、りんごはどう思う? アンタもチェックしたでしょ、USのメンバー」


「んー、二人ほどは気にしてないけど……。僕は、やっぱり探偵の娘が気になるな。僕の怪盗キャラとシナジーありそうで」


「あの娘もよさそうよね。けどアンタ、コラボできるの? 英語喋れたっけ?」


「アイキャントスピークジャパニーズ! オー、イェー!」


「ひどすぎでしょ。学校行かないでゲーセン通いしてるからそうなるのよ」


「それはずんさんに言われたくないなぁ」


 美月さんを挟んで向こう側にりんご先輩がいるってことだけ。


 ウーロン茶を飲んでいたりんご先輩は、私たちの会話に自然な感じで紛れ混む。

 美月さんとプライベートでも長い付き合いの彼女に、私の心はさっきからずっとざわついていた。別に、ただの打ち上げの席での雑談なのに。


 美月さんがりんご先輩に話すたび、どうして胸が締め付けられるのだろう。


 私と美月さんは仲の良い先輩と後輩。

 だったら美月さんの親友のりんご先輩とも仲良くした方がいい。

 それに、りんご先輩が休業するまで、こんな刺々しい感情を抱くことはなかった。


 いったい私はどうしたんだろう――。


「私はちゃんと学校にも通ってたし、大学もちゃんと出てるから」


「ひどーい! ばにらちゃん、ちょっといまの聞いた? ずんさんってば、学歴差別してくるんだよ? 信じられないよね! 差別はんたぁ~い!」


「せっかくそこそこの大学入ったのに、ゲーセン通いで単位足らずに退学したんだから、それくらい言われてもしかたないでしょ」


「あはははは、たしかにー。あ、ばにらちゃん、僕もずんさんと同じの」


「……あ、はい」


「あと、ウォッカは抜いてくれる? 僕、お酒がダメなんだ!」


「ウォッカ抜きのソルティドッグって、ただのグレープフルーツジュースじゃ?」


「いいからいいから!」


 言われるまま、私は二人分のソルティドッグを作る。

 一つは、アルコール抜き。


 からあげの数には気が回らないが、こういう所はちゃんと気が回るゆき先輩。

 本日の主役を労うため、美月さんの好みのグレープフレーツジュースとウォッカ、塩は買ってきてくれていた。それを使って、私はせっせとカクテルを作る。


 二人分のそれを美月さんに差し出すと、彼女は「ありがと」という言葉と共に私の手の甲を撫でた。彼女に撫でられた箇所が熱を持つのを感じる。

 お酒は呑んでいないはずなのにな……。


 そんな私の前で――彼女はテーブルの上を滑らすようにグラスを移動させ、その一つをりんご先輩に渡した。


 アルコール抜き。

 少し色の濃いソルティドッグ。


「んー、ばにらもお酒作るの随分うまくなったわね。ライブ後に呑む、後輩に作ってもらうカクテルは最高だわ」


「へぇ、これは確かにずんさん好みの味だ。頑張ったんだね、ばにらちゃん」


「いや、頑張ったとか、そういうんじゃなくて……」


 口ごもる私に代って美月さんが、「そりゃ、私が徹底的に仕込んだからね」と自慢げに言う。ドヤって言うことだろうかと思いつつ、私も顔のニヤケが収まらない。

 すると、おもむろに彼女が立ち上がり、あわてて私は表情を戻した。


「ごめん、お手洗いに行ってくるわ」


「いってら~」


「りんご、ばにらを虐めちゃダメだからね?」


「は~い。そんなことしないよ。ねぇ、ばにらちゃん?」


「その発言からして心配なんだけど……」


 中腰になって美月さんが私の耳に顔を近づける。

 くすぐったい感触とグレープフルーツの匂いと共に――。


「なにかあったら言いなさいよ、花楓?」


 彼女は私の名前を呼んだ。


 いつもより少し薄味のオレンジジュースを啜って私は黙る。

 そんな私を、どこか心配そうに見つめると、美月さんは部屋から出て行った。


 よかった。

 どうやら心臓の音は隠し通せたみたいだ。

 急にそんな近くで名前を呼ばないでくださいよ。


 勢いよく啜ったものだからグラスはすぐ空になる。

 四角い氷が積み上がるそれをローテーブルの上に置くと、私はお酒を呑んでもいないのに熱い溜息を吐いた。


 そんな私を、今まで美月さんの陰に隠れていたりんご先輩がまじまじと見てくる。


 ピアスのついていない方の耳に手を添えて、ローテーブルの上で頬杖を突いた彼女は、とろんとした瞳をこちらに向ける。

 首を傾げたせいで、いつもは隠れている瞳がちらりと髪の隙間から覗く。その鮮やかなエメラルドグリーンに、私の中を渦巻く熱が急に鎮まるのを感じた。


 りんご先輩がグラスの端に口をつける。


「ほんと、ずんさんが好きな味だ」


「……りんご先輩?」


「この味、知ってるのは僕だけにしときたかったんだけど」


「……あ、いえ、あの」


「ずんさんには、僕っていう大切な相棒がいるのに、手を出しちゃったの?」


 グラスの端の塩をりんご先輩の桃色をした舌先がちろりと舐める。

 舌の中央には丸い銀色のピアスが埋め込まれていた。



「悪戯ウサギだね、ばにらちゃんは」



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 宣戦布告か挑発か。いきなりバチギスな感じのばにらとりんご。

 そして無自覚に重いムーブ&メンタルを発揮するばにら。どんどんと百合の沼へと無自覚に滑り落ちている彼女に、はたして救いはあるのか……。


 りんごみたいな煽ってくる嫌な先輩キャラもいいよね(その後の展開も含めて)、と癖を抉られた方は、ぜひぜひ評価のほどよろしくお願いいたします。m(__)m

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